ロイヤル・ダッチ・シェル

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ロイヤル・ダッチ・シェル
Royal Dutch Shell plc
市場情報 ロンドン証券取引所: RDSA/ RDSB)
ニューヨーク証券取引所:RDS.A/ RDS.B)
本社所在地 オランダの旗 オランダ
オランダハーグ
北緯52度5分37.1秒 東経4度18分45.6秒 / 北緯52.093639度 東経4.312667度 / 52.093639; 4.312667
設立 1907年
業種 石油・ガス
事業内容 石油・天然ガスの探査、開発および生産
関連するパイプライン、輸送および加工業務
原油、石油および化学品の供給や取引、精製、販売および輸送
代表者 en:Peter Voser(CEO)
en:Jorma Ollila(Chairman)
資本金 169,517 Million US$
(2011年12月31日時点)[1]
売上高 連結:470,171 Million US$
(2011年12月期)[2]
営業利益 連結:55,660 Million US$
(2011年12月期)[3]
純利益 連結:30,918 Million US$
(2011年12月期)[4]
総資産 連結:345,257 Million US$
(2011年12月末時点)[5]
従業員数 90千人
(2011年12月末時点)[6]
決算期 12月末日
主要子会社 シェル石油会社
シェルナイジェリア
シェルカナダ
外部リンク Royal Dutch Shell Official Site(英語)
Royal Dotch Shell Official Site(日本語)
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ロイヤル・ダッチ・シェルRoyal Dutch Shell plc)は、オランダハーグに本拠を置くオランダとイギリスの企業である。

世界第2位の石油エネルギー企業であり、スーパーメジャーのうちの1社である。

概要[編集]

イギリスのシェルのガススタンドのサイン

第二次世界大戦後から1970年代まで、世界の石油の生産をほぼ独占状態に置いたセブン・シスターズ7社の内の一社である。

現在、売上高が世界2位の民間石油エネルギー会社であり、ヨーロッパ最大のエネルギーグループである。

グループ企業は145の国に広がり、世界中に47以上の製油所と、4万店舗以上のガソリンスタンドをグローバルに展開している。

ロイヤル・ダッチ・シェルの事業は、垂直統合で行っており、探鉱 、生産、輸送、精製、販売までの事業を一括でしている。また事業の多角化を早くから行っており、ロイヤル・ダッチ・シェルは石油事業、ガス事業、石炭事業、化学事業、原子力発電事業、金属事業など様々な事業を保有している。

2000年代の初めからは代替エネルギーに力を注ぎ、太陽光発電 、風力発電、水素プロジェクトなどの新規分野にも積極的に投資をしている。同社が出資するロンドンアレイは、 2006年12月に世界最大の海上風力発電所を建設すると発表した。

ロイヤル・ダッチ・シェルの評価[編集]

歴史[編集]

シェルとロイヤル・ダッチ双方の歴史[編集]

シェルの歴史[編集]

シェルの歴史は、ユダヤ人マーカス・サミュエルMarcus Samuel, 1st Viscount Bearsted、 後の初代バーステッド子爵)が来日した際に横浜近郊の三浦海岸で見つけた貝があまりにも美しく、拾い集めた貝殻を持って帰国。貝殻細工の製造販売で財をなしてロンドンに開店した小さな骨董品店に始まる。カスピ海から輸入した貝殻が人気となり、利益も大きかったため、次第に事業を拡大して輸出入業へ乗り出し、世界最初の「タンカー王」となった。

後を継いだ息子たちは、石油事業に進出し、ボルネオ島の油田開発に成功した。 これが大規模なものに成長し、1897年シェル・トランスポート&トレーディング・カンパニーを設立した。社名は、貝殻を販売していたことと、出資者の家紋ヨーロッパホタテPecten maximusホタテガイに近縁なホタテガイ属の1種)であったことにちなむ。

トレードマークは当初ムール貝であったが、1904年に現在のマークの原型となるホタテ貝に変更した。ヨーロッパホタテの貝殻をモチーフにしたペクテンマークの起源はここにある。

ロイヤル・ダッチの歴史[編集]

ロイヤル・ダッチは、オランダ領東インド(現インドネシア)を拠点に活動していたジャン・バプティスト・オーガスト=ケスラー(Jean Baptiste August Kessler)が1890年にオランダ王室からの特許状を得て、オランダ領東インド石油開発会社を設立・石油開発に着手したことに端を発する。過酷な気候や風土病に悩まされながらも1892年に操業を開始し、その際スタンダード・オイルへの対抗もありシェルに石油運搬を委託していた。

ロイヤル・ダッチ・シェルの歴史[編集]

Shell-Amsterdam.JPG Shell Centre, London, UK, June 2004.jpg
アムステルダムにあるシェル・タワー(左)とロンドンにあるシェル・センター(右)

世界各地でアメリカのロックフェラー系のスタンダード・オイル(現 エクソンモービル)との競争が熾烈になったため、シェルとロイヤル・ダッチは石油の利権を確保するため業務提携し、1907年に事業提携して「ロイヤル・ダッチ/シェルグループ」を形成した。

1960年代以降ナイジェリアでも操業し、政府系企業などと合弁でシェル・ナイジェリアとして活動している。この事業提携が事実上の単一企業と看做されて98年続いてきた。

2001年ごろから傘下の油田の埋蔵量を下方修正するなど財務上の問題が明らかになり、株主よりコーポレートガバナンス(企業統治)上の透明性向上の要求から単一法人化を求める圧力が急激に高まっていた。こうして、2005年5月、98年間続いた2社提携の状態に終止符が打たれ、両社は合併して単一の法人ロイヤル・ダッチ・シェルとなった。

ロイヤル・ダッチ・シェルは、2005年までオランダの事業親会社ロイヤル・ダッチ・ペトロリアム (正式会社名 N.V. Koninklijke Nederlandsche Petroleum Maatschappij、英名 Royal Dutch Petroleum N.V.) 、イギリスの事業親会社シェル・トランスポート&トレーディング (The Shell Transport & Trading Company plc) の2つの法人が 60:40の比率でアライアンスを組んだ状態(二元上場会社)が100年近く続いていた。一般には、「ロイヤル・ダッチ/シェル (蘭・英)」というような表示をされて、便宜的に単一の会社であるように理解されていたが、あくまでも2社の事業提携(アライアンス)であり、単一の事業法人ではなかった。報道紙面での呼称がそのように通例化されていたのはその現れであった。

2012年2月10日、近年国家戦略としてエネルギー資源の獲得に意欲を見せる中華人民共和国の中国石油天然気勘探開発公司(中国石油天然気集団子会社)が、ロイヤル・ダッチ・シェルが保有する、カナダブリティッシュコロンビア州グラウンドバーチの権益の20%を買収し、同地域の天然ガス液化工場での共同プロジェクトに参画することとなった。

事業分野[編集]

ロイヤル・ダッチ・シェル傘下の日本法人[編集]

  • 昭和シェル石油
  • シェルケミカルズジャパン
  • シェルガス&パワージャパン
  • シェル サービスインタナショナル ジャパン

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]