秘密結社

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世界的な秘密結社フリーメイソンのシンボルマーク。コンパスと定規が、かつてこの組織が石工職人のギルドであったことを物語る。

秘密結社(ひみつけっしゃ)とは、結社の一形態。一般に団体結社の存在や、組織内の活動などを外部の人間に対して秘匿しているクラブ団体を指す。政府などの組織によって組織される機関は含まれない。

概要[編集]

秘密結社とは、結社の存在そのものが構成員により秘匿される、又は、結社の存在は公になっていても、その構成員であることが、組織や構成員自身の許諾によらないで、第三者等により公開されることが禁じられている組織、あるいは、結社の活動目的や活動内容を構成員以外の第三者等に公開することが禁じられている組織などが秘密結社であると指摘される。しかしフリーメイソンのように、存在は元より、連絡先や支部などが公開されているものもあるなど、明確な定義は存在しない。

その性格から、政治的秘密結社と宗教的秘密結社に大別されるが、両方の要素を持つ場合もあるし、数は少ないが、どちらにも属さないものもあり、単なる親睦団体である結社も存在する。特定の職人同士や、特定の職種の商業者同士が自分達の技術の漏洩を防いだり、利権を守るために結成する職能・商業組合的な秘密結社も歴史的に多い。メンバーは主義、職業、趣味、嗜好などなんらかの要素を共通して有する。また、秘密の主義、信仰などを有している場合もある。結社への入会に際しては、一定の厳しい制限が設けられていることが多い。しばしば構成員の公募を行わず、非公開の通過儀礼符牒などを構成員が持つ場合もある。

秘密結社は結社の自由が存在しない体制や、結社の主張が公に認められていない状況で発生する。このような理由から、体制やそれを支持する者にとっては秘密結社は悪事を秘匿して行っているものと取られることがある。こうした理由から、中国近世以降の歴史における秘密結社や、フリーメーソンなどはしばしば当局の攻撃対象となり、弾圧されている。現在でも「陰謀論」では事象の背後にこうした秘密結社が暗躍したものであるという主張が述べられることがある。

一方で、符牒を持つような閉鎖的な組織がもたらす連帯感や、反社会的な雰囲気自体を楽しむ、娯楽としての秘密結社が組織されることもある。イギリスの「地獄の火クラブ」などはその典型であり、主として会員の娯楽のための活動しか行わなかった。

日本での法的規定及び、日本での秘密結社[編集]

古来より日本では任侠や鉱山夫など、特殊技能を有する職人などは、師弟関係を親子に凝するなどといった、擬似的な家族関係を主体にし、独自の法や儀式(親子杯など)、挨拶法(仁義を切るなど)を持ち、事実上秘密結社として機能していた。しかし近代では職能的な「結社」は労働組合などにその役割を取られ、任侠の集団である暴力団の儀式・制裁の一部にその名残を残すのみである。何らかの秘密を持ち、非公開の儀式を持つという意味では暴力団も秘密結社に類似しており、暴力団対策法等数多くの法律で規制されている。

大日本帝国憲法下、治安警察法により政治的な活動をする集団は届け出の義務があったため、村の青年会のようなものが一時的に政治的な活動をした場合でも無届けのものは全て秘密結社として取り締まりの対象となった。また、届出制とはいえ内務大臣権限でいつでも結社を禁止することができ、たとえば社会主義共産主義の結社は即日禁止されるのが常であった。そのため、共産党は結成当初から非合法であったので秘密結社であった。また神職・軍人は政治活動を禁じられていたため、昭和初期の大量の国家主義的な活動者のグループは秘密結社にあたる。しかし、当時の宗教団体への法制度は国による認可制・教師資格制だったが、公式な神職(教師)が参加しない新宗教の団体も、届出を出して許可を得ており秘密結社にはあたらなかった。学校教員・生徒の政治的集会への参加は1880年4月5日の太政官達により集会条例第7条に基づいて禁止されていた。大日本帝国憲法第29条にも結社の自由は名目上は認められていたからである。ちなみに、フリーメイソンは、日本人を入会させないことを条件に黙認されていた(しかし太平洋戦争開戦で禁止された)。

日本国憲法では結社の自由が保障されており、法的に秘密結社とされるものはない。ただし、公務員には結社への参加制限があり、厳しく法によって規制されている。したがって公務員が法を破って結社を創った場合には実質的には「秘密結社」となる。

代表的な秘密結社[編集]

秘密結社と噂されているもの、秘密結社との世評のあるものも含む。


参考文献[編集]

関連項目[編集]