ホラント王国

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ホラント王国
Koninkrijk Holland
バタヴィア共和国 1806年 - 1810年 フランス第一帝政
ホラント王国の国旗 ホラント王国の国章
(国旗) (国章)
ホラント王国の位置
公用語 オランダ語
首都 アムステルダム
ホラント王
1806年 - 1810年 ローデウェイク1世
1810年 - 1810年 ローデウェイク2世
変遷
成立 1806年
フランス帝国による併合 1810年

ホラント王国(ホラントおうこく、: Koninkrijk Holland: Royaume de Hollande: Kingdom of Holland)は、1806年から1810年まで現在のオランダに存在したフランス帝国衛星国。この王国を指してオランダ王国と呼ぶこともある。

フランス皇帝ナポレオン1世によって送り込まれた弟ルイ・ボナパルト(ローデウェイク1世)を国王とし、バタヴィア共和国に代わって成立した。国名は、かつてネーデルラント連邦共和国において中心的な存在であったホラント州に由来する。

大陸封鎖令(1806年)をルイが拒否したことや、密貿易の横行、さらにイギリス軍が1809年にゼーラントへ上陸したことなどから、1810年にフランス帝国の侵攻を受けた。侵攻前に退位したルイに代わり、息子のナポレオン・ルイ(ローデウェイク2世、後のナポレオン3世の兄)が併合される前の10日間だけ王位に就いた。

関連項目[編集]