ラプソディ・イン・ブルー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

ラプソディ・イン・ブルーRhapsody in Blue)は、アメリカ作曲家ジョージ・ガーシュウィンが作曲、ファーディ・グローフェ編曲したピアノ独奏と管弦楽のための音楽作品である。

ラプソディ・イン・ブルーというタイトルは「ジャズの語法によるラプソディ」といった程度の意味がある。ところでラプソディ(狂詩曲)とは「民族音楽風な叙事詩的な特に形式がなく、自由奔放なファンタジー風の楽曲」という意味があるので、このタイトルから、ガーシュウィンはジャズをアメリカにおけるある種の「民族音楽」と捉えていたことが伺える。

実際この曲はアメリカ的な芸術音楽の代表格とみなされている。

目次

[編集] 作曲の経緯・初演

ポール・ホワイトマンの提案を受け、1924年ニューヨークエオリアンホールで開かれた「新しい音楽の試み」と題されたコンサートに向けて作曲し、そこで初演された(同年2月12日)。

日本においては、1955年9月11日に日比谷公会堂にて、近衛秀麿の指揮、アメリカ人ピアニストのセイモア・バーンスタインにより初演された。

この曲が作られることになった発端は1924年1月3日、他の仕事で多忙だったガーシュウィンが兄のアイラビリヤード場に息抜きに行った際、新聞で『ホワイトマンがガーシュウィンに曲を発注した』という記事を見つけたことだった。翌日、抗議の為ガーシュウィンはホワイトマンに電話をかけるも、実はこの記事はホワイトマンがガーシュウィンを呼びつける為に作った偽記事だったらしく、『新聞記事になってしまったから作ってくれ』とホワイトマンに押し切られてしまった。

曲の冒頭の部分は仕事でボストンに向かう際に乗った列車の走行音から着想を得たとされる。

ガーシュウィンは、自身が弾くピアノと小編成のジャズバンド向けの曲として約2週間で一気に書き上げた。その際、当時未だ管弦楽に通じていなかったガーシュウィンに代わってファーディ・グローフェオーケストレーションを行なっている。グローフェはガーシュウィンの死後、大編成の交響楽団向けにオーケストレーションし直しており、その後は主にこの版が演奏される。

ピアノ独奏が入るため、一種のピアノ協奏曲風な雰囲気もある。ヨーロッパのクラシック音楽とアメリカのジャズを融合させたシンフォニックジャズとして高く評価された。

「この曲は青い」という言葉が題名の由来。元は『アメリカン・ラプソディー』という題名だったが、アイラが現在の題名を提案して変更した。

[編集] 曲の構成

最初はクラリネットの、低音からのグリッサンドで始まる。当初はグリッサンドでなく、17音の上昇音階で記されていたが、ホワイトマン・バンドのクラリネット奏者がふざけてグリッサンドで演奏したところ、ガーシュウィンが気に入り書き改められたと伝えられる。サクソフォーン奏者に好まれて演奏されている。曲風はジャズの要素を多く含んでいる。

[編集] 編成

[編集] 1924年版

[編集] 1926年版

[編集] 1946年版

  • 木管楽器:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、バスクラリネット1、ファゴット2、サクソフォーン3(アルト2、テナー1)
  • 金管楽器:ホルン3、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1
  • 打楽器・その他:ティンパニ、ベル、銅鑼、小太鼓、シンバル、トライアングル、独奏ピアノ
  • 弦楽器:第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、バンジョー

[編集] 使用例

[編集] 日本国内

[編集] 外部リンク


個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語