ノルウェイの森

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ノルウェイの森
著者 村上春樹
イラスト 装幀:村上春樹
発行日 1987年9月10日
発行元 講談社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 268(上巻)
260(下巻)
コード ISBN 4-06-203515-4(上巻)
ISBN 4-06-203516-2(下巻)
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ノルウェイの森』(ノルウェイのもり)は、村上春樹の5作目の長編小説。また、それを原作とした映画作品。

概要[編集]

1987年9月、講談社から書き下ろし作品として上下二分冊で刊行された。1991年4月に講談社文庫として文庫化、2004年9月に文庫改訂版が出された(なお、単行本にはあとがきが付されているが、文庫版には掲載されていない)。

第二章と第三章は、短編小説「」(『中央公論』1983年1月号初出)を下敷きにしている。また、短編小説「めくらやなぎと眠る女」も本作にまとまっていく系統の作品だが、「螢」とは違って本作との間にストーリー上の直接の関連はないという[1]

執筆はギリシャシチリアローマで行われた。そのため、引き続いてロンドンで執筆した『ダンス・ダンス・ダンス』と共に「異国の影のようなものが宿命的にしみついている」「結果として書かれるべくして書かれた小説」「もし日本で書かれていたとしたら、(中略)これほど垂直的に「入って」いかなかったろう」と村上は『遠い太鼓』に書いている。1987年3月7日、早朝から17時間休みなしで第一稿を深夜に書き上げる。直後の日記に「すごく良い」とだけ書き記した。3月26日、第二稿完成。すべてボールペンで手書き。

村上は本書についてこう述べている。「この話は基本的にカジュアルティーズ(うまい訳語を持たない。戦闘員の減損とでも言うのか)についての話なのだ。それは僕のまわりで死んでいった、あるいは失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話であり、あるいは僕自身の中で死んで失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話である」[2]

主人公の通っている「東京の私立大学」は村上の母校早稲田大学を、「主人公が入っていた寮」は入寮していた和敬塾をモデルにしている。なおこの作品は村上の実体験を基にした「自伝的小説」であるとも見られるが、本人はこれを否定している。

発行部数[編集]

単行本の発行部数は、2008年時点で上巻が238万部、下巻が211万部の計449万部、2009年8月5日時点で上下巻あわせて454万4400部。単行本・文庫本などを含めた日本における発行部数は2008年時点で計878万部[3]、2009年8月5日時点の増刷で1000万3400部[4]となり、1000万部越えを達成した。村上人気が高い中国でも100万部以上が出版されている[5]

上巻は、片山恭一の『世界の中心で、愛をさけぶ』に抜かれるまで、日本における小説単行本の発行部数歴代1位であった。

本書がベストセラーになったことについて、村上はこう述べている。「小説が十万部売れているときには、僕はとても多くの人に愛され、好まれ、支持されているように感じていた。でも『ノルウェイの森』を百何十部も売ったことで、僕は自分がひどく孤独になったように感じた。そして自分がみんなに憎まれ嫌われているように感じた」[6]

あらすじ[編集]

37歳の僕は、ハンブルク空港に到着した飛行機のBGMでビートルズの「ノルウェーの森」を聴き、激しい混乱を覚えた。そして学生時代のことを回想した。

直子とはじめて会ったのは神戸にいた高校2年のときで、直子は僕の友人キズキの恋人だった。3人でよく遊んだが、キズキは高校3年の5月に自殺してしまった。その後、僕はある女の子と付き合ったが、彼女を置いて東京の私立大学に入学し、右翼的な団体が運営する学生寮に入った。僕のやるべきことは、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くことだった。

1968年5月に偶然、直子と1年ぶりの再会をした。直子は武蔵野の女子大に通っており、国分寺のアパートでひとり暮らしをしていた。我々は休みの日に会うようになり、デートを重ねた。

10月、同じ寮の永沢さんと友だちになった。永沢さんは外務省入りを目指す2学年上の東大生だった。ハツミという恋人がいたが、ゲームのように女遊びを繰り返していた。

翌年の4月、直子の20歳の誕生日に彼女と寝た。意外なことに彼女は初体験だったという。その直後、直子は部屋を引き払い、僕の前から姿を消した。7月になって直子からの手紙が届いた。今は京都にある(精神病の)療養所に入っているという。その月の末、同室の学生が僕に、庭でつかまえた蛍をくれた。

夏休みの間に、大学に機動隊が入り、バリケードが破壊された。僕は大学教育の無意味さを悟るが、退屈さに耐える訓練期間として大学に通い続けた。ある日、小さなレストランで同じ大学のミドリから声をかけられ、演劇史のノートを貸した。それからミドリとときどき会うようになった。ミドリの家は書店だった。

直子から手紙が来て、僕は京都の山奥にある療養所まで彼女を訪ねた。そして同室のレイコさんに泊まっていくよう勧められる。直子のリクエストでレイコさんはギターで「ノルウェーの森」を弾いた。(以上、上巻)

ある日曜日、ミドリに連れられて大学病院に行った。そこには彼女の父親が脳腫瘍で入院していた。父親は数日後に亡くなった。

僕の20歳の誕生日の3日後、直子から手編みのセーターが届いた。冬休みになり、再び療養所を訪れ、直子、レイコさんと過ごした。年が明け(1970年)、学年末の試験が終わると、僕は学生寮を出て、吉祥寺郊外の一軒家を借りた。レイコさんからは、直子の病状を知らせる手紙が届いた。

6月、久しぶりにミドリに会うと、恋人と別れたと言う。ミドリは僕のことを好きだというが、直子への思いから一線は越えなかった。僕はミドリと直子の双方を愛していることをレイコさんへの手紙に書いた。

8月26日に直子は自殺し、葬儀の後で僕は行くあてもない旅を続けた。1か月経って東京に戻ると、レイコさんから手紙が届いた。レイコさんは8年過ごした療養所を出ることにしたという。東京に着いたレイコさんを自宅に迎え、直子の自殺前の様子を聞いた。レイコさんは直子の遺品の服を着ており、「ノルウェーの森」を2回弾いた。

翌日、旭川に向かうレイコさんを上野駅まで送った。僕はミドリに電話をかけ、君以外に求めるものは何もないと伝えた。

登場人物[編集]

「僕」(ワタナベトオル)
主人公。神戸の高校を卒業後、東京の私立大学文学部に進学。大学1年-2年は寮で生活。卒業後は文筆業に従事している[注 1]
キズキ
「僕」の高校時代の同級生で唯一の親友。ヤマハの125ccの赤いバイクに乗っている[8]。直子も交えて3人で遊ぶことが多かったが、17歳の時、自宅のガレージでN360の排気ガスで自殺する。
直子
キズキの幼なじみで恋人。神戸にあるミッション系の女子高校卒業後、東京の武蔵野のはずれにある女子大学に進学。キズキの死後は「僕」と会わなくなっていたが、中央線の車内で偶然再会し、交流を持つようになる。
突撃隊
「僕」が住む学生寮の同室人。国立大学で地図学を専攻しており、国土地理院への就職を希望。生真面目で潔癖症ゆえの数々のエピソードで「僕」や直子たちの心を和ませるが、予告もなく退寮する。
永沢さん
「僕」が住む学生寮の上級生。学籍は東京大学法学部。実家は名古屋で病院を経営。のちに外務省に入省。独自の人生哲学を持っている。「僕」の印象を「出会った人の中で最もまともな人間」だと語る。「僕」を誘い二人でガールハントを行う。
ハツミさん
永沢さんの恋人。学籍は「とびきりのお嬢様が通う」東京の女子大。はっと人目を引く美人ではないが、上品な装いに、理知的でユーモアがあり穏やかな人柄で、永沢さんをして「俺にはもったいない女」と言わしめる。ビリヤードが得意。
「僕」と同じ大学で同じ授業(「演劇論 II」)を受講。フルネームは「小林緑」。実家は大塚で書店を経営。
レイコさん
「阿美寮」における直子の同室人。フルネームは「石田玲子」。かつてピアニストを目指していたが挫折し、3回にわたって精神病院に入院。「阿美寮」には8年間入所しており、患者たちにピアノを教えている。ギターも得意である。横浜に別れた夫と長女がいる。

登場する文化・風俗[編集]

  • グレート・ギャツビー』 - F・スコット・フィッツジェラルドの長編小説。1925年に出版された。「十八歳の歳の僕にとって最高の書物はジョン・アップダイクの『ケンタウロス』だったが何度か読みかえすうちにそれは少しずつ最初の輝きを失って、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビイ』にベスト・ワンの地位をゆずりわたすことになった。そして『グレート・ギャツビイ』はその後ずっと僕にとっては最高の小説でありつづけた」[9]と記されている。「僕」と同じ寮に住む永沢さんは「『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな」[10]と言い、「僕」と友だちになる。
  • 「ディア・ハート」 - ヘンリー・マンシーニの1964年の作品。アンディ・ウィリアムズが歌ったバージョンも、マンシーニが「ヘンリー・マンシーニ・アンド・ヒズ・オーケストラ」名義で発表したバージョンも共にヒットした。直子の大好きな曲として登場する。「僕」は直子へのクリスマス・プレゼントに「ディア・ハート」の入ったレコードを選び、レイコさんは直子の"お葬式"で同曲を最初に弾く[11][12]
  • ハンフリー・ボガート - アメリカの映画俳優。「僕」と緑が初めて出会う場面で緑は言う。「ねえ、あなたってなんだかハンフリー・ボガートみたいなしゃべり方するのね。クールでタフで」[13]
  • グリーン・ホーネット』 - アメリカのヒーロー物のテレビ番組・ラジオ番組。映画デビュー前のブルース・リーが助演していたことで知られる。緑は高校時代の同級生の思い出話をする際、同番組をたとえに持ち出す。「車は運転手つきで、その運転手たるや『グリーン・ホーネット』に出てくる運転手みたいに帽子かぶって白い手袋はめてるのよ。なのにその子、自分のこと恥ずかしがってるのよ。信じられないわ。信じられる?」[14]
  • ライ麦畑でつかまえて』- J・D・サリンジャーの長編小説。1951年に出版された。レイコさんは「僕」と初めて会ったとき次のような感想を述べる。「あなたって何かこう不思議なしゃべり方するわねえ」「あの『ライ麦畑』の男の子の真似してるわけじゃないわよね」[15]
  • DUG - 1967年、新宿の紀伊國屋書店裏にオープンしたジャズ喫茶。「僕」と緑が入る店として数回登場する[18]
  • 「まぼろしの世界」 - アメリカのロックバンド、ザ・ドアーズが1967年に発表した曲。原題は "People Are Strange"。緑の「ジム・モリソンの歌にたしかそういうのあったわよね」という言葉を受けて、「僕」は「まぼろしの世界」の歌詞(People are strange when you are a stranger)を引用する[19]

装幀[編集]

初版本とその
重版本とその

村上自身が装幀を手がけた。赤と緑のクリスマスカラーでまとめた鮮やかなデザインが、日頃小説を読まない若い女性層の支持を呼び込み、売上に貢献したとされる[22]。最も売れた版には金色のが付けられたが、この金色の帯は村上の意図したものではなく、発売後しばらく経ってから出版社の意向で変えられたものである。もともと初版の帯は上下巻ともそれぞれのカバーとまったく同じ色(赤と緑)であり、金色の帯に変わったとき村上は日本にはおらず、もし相談されていたら断っていただろうと書いている。

帯文も注目された。村上自身が書いた「100パーセントの恋愛小説」というキャッチコピーについて本人は、「僕はそのときほんとうは『これは100パーセントのリアリズム小説です』と書きたかったのだけれど(つまり『羊』や『世界の終り』とはラインが違いますということです)、そんなことを書くわけにもいかないので、洒落っけで『恋愛小説』というちょっとレトロっぽい『死語』を引っぱり出してきたわけです」と述懐している[23]

タイトルの由来[編集]

本書は「雨の中の庭」というタイトルで書き始められた。このタイトルはドビュッシーのピアノ曲集『版画[注 4]の中の一曲「雨の庭」(Jardins sous la pluie)に由来する。しかし途中で「ノルウェイの森」というタイトルに変更される。題名に迷った村上が、妻に作品を読ませて意見を求めると、「ノルウェイの森でいいんじゃない?」という返答があったという。ビートルズの曲の題をそのまま本の題にするということで、本人は当初気が進まなかったというが、周りの「題はもう『ノルウェイの森』しかないない」という意見が多勢だったため今のタイトルとなった[25]

また、村上自身は著書の中で、「ところでビートルズの”ノルウェイの森”というタイトルが誤訳かどうかという論争が以前からあって、これについて書き出すとかなり長くなります」とだけ述べている[26]

翻訳[編集]

翻訳言語 タイトル 翻訳者 発行日 発行元
英語 Norwegian Wood アルフレッド・バーンバウム 1989年 講談社英語文庫
ジェイ・ルービン 2000年5月18日 Harvill Press(英国)
2000年9月12日 Vintage Books(米国)
フランス語 La Ballade de l'impossible Rose-Marie Makino-Fayolle 2007年 Belfond
ドイツ語 Naokos Lächeln Ursula Gräfe 2001年 DuMont Buchverlag
イタリア語 Tokyo Blues ジョルジョ・アミトラーノ 1993年 Feltrinelli
Norwegian Wood ジョルジョ・アミトラーノ 2006年5月6日 Einaudi
スペイン語 Tokio Blues, Norwegian Wood Lourdes Porta 2007年5月 Tusquest Editores
カタルーニャ語 Tòquio Blues Albert Nolla Cabellos 2005年 Edicions Empúries
ポルトガル語 Norwegian Wood Alberto Gomes 2004年 Civilização Editora (ポルトガル)
Norwegian Wood Lica Hashimoto, Neide Hissae Nagae 2005年 Estação Liberdade (ブラジル)
オランダ語 Norwegian Wood Elbrich Fennema 2008年9月 Atlas
デンマーク語 Norwegian wood Mette Holm 2005年 Klim
ノルウェー語 Norwegian wood Ika Kaminka 1998年 Pax forlag
スウェーデン語 Norwegian Wood Eiko Duke, デューク・雪子 2003年 Norstedts
フィンランド語 Norwegian Wood Aleksi Milonoff 2012年 Tammi
アイスランド語 Norwegian Wood Uggi Jónsson 2006年 Bjartur
ポーランド語 Norwegian Wood Dorota Marczewska, Anna Zielińska-Elliott 2006年 Wydawnictwo MUZA SA
チェコ語 Norské dřevo Tomáš Jurkovič 2005年 Odeon
ハンガリー語 Norvég erdő Nagy Mónika, Erdős György 2008年 Geopen Könyvkiadó Kft.
ルーマニア語 Pădurea norvegiană Angela Hondru 2002年 Polirom
スロベニア語 Norveški gozd Nika Cejan 2005年 Založba Sanje
クロアチア語 Norveška šuma Maja Tančik 2004年 Vuković & Runjić, Zagreb
ボスニア語 Norveška šuma 2009年 Šahinpašić
セルビア語 Норвешка шума Nataša Tomić 2007年 Geopoetika
ブルガリア語 Норвежка гора Людмил Люцканов 2005年 Colibri
ギリシア語 Νορβηγικό Δάσος Μαρία Αγγελίδου 2005年 Ωκεανίδα
ロシア語 Норвежский лес Андрея Замилова 2003年 Eksmo
エストニア語 Norra mets Kati Lindström 2006年3月 Varrak
リトアニア語 Norvegų giria Jūratė Nauronaitė 2005年 Baltos lankos
トルコ語 İmkansızın Şarkısı Nihal Önol 2004年 Doğan Kitap
ヘブライ語 יער נורווגי Doron B. Cohen 2000年 Keter Publishing House
中国語 (繁体字) 挪威的森林 劉惠禎黃琪玟傅伯寧黃翠娥黃鈞浩 1989年 故郷出版社
挪威的森林 頼明珠 1997年6月10日 時報文化
挪威的森林 葉蕙[27] 1991年 博益出版(香港)
中国語 (簡体字) 挪威的森林 林少華 1996年
韓国語 상실의 시대 ユ・ユジョン 1989年 文学思想社
노르웨이의 숲 金蘭周(キム・ナンジュ) 1997年 漢陽出版
노르웨이의 숲 任洪彬(イム・ホンビン) 2008年4月10日 文士メディア
노르웨이의 숲 梁億寬(ヤン・オクグァン) 2013年9月2日 民音社
タイ語 ด้วยรัก ความตาย และหัวใจสลาย นพดล เวชสวัสดิ์ 2008年8月 สำนักพิมพ์กำมะหยี่
ベトナム語 Rừng Na Uy Bùi Phụng 1997年
Rừng Na Uy Trịnh Lữ 2006年 Nhã Nam
インドネシア語 Norwegian Wood Jonjon Johana 2005年7月 KPG

映画[編集]

ノルウェイの森
Norwegian Wood
撮影地の記念碑(砥峰高原
監督 トラン・アン・ユン
脚本 トラン・アン・ユン
原作 村上春樹
製作 小川真司
製作総指揮 豊島雅郎
亀山千広
出演者 松山ケンイチ
菊地凛子
水原希子
音楽 ジョニー・グリーンウッド
主題歌 ザ・ビートルズ
ノルウェイの森
撮影 リー・ピンビン
編集 マリオ・パティステル
製作会社 アスミック・エース
フジテレビジョン
配給 日本の旗 東宝
公開 カナダの旗 2010年9月12日TIFF
日本の旗 2010年12月11日
アメリカ合衆国の旗 2012年1月3日[28]
上映時間 133分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
興行収入 14.0億円[29]
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トラン・アン・ユン脚本・監督で製作。日本では2010年12月11日に公開された。映倫PG12指定。主演は松山ケンイチ菊地凛子水原希子。キャッチコピーは「深く愛すること。強く生きること。」。

日本を舞台としてロケーション・ハンティングし、2009年2月に撮影開始、早稲田大学兵庫県神河町砥峰高原峰山高原香住町香住海岸今子浦)、上野桜木の東叡山浄名院などで撮影された。フジテレビが製作に協力している[30]。また2010年7月29日、ヴェネツィア国際映画祭最高賞である金獅子賞などの対象となるコンペティション部門に出品。ウクライナロシアノルウェーなど世界50カ国地域での配給も決定している。

公式サイトでは『ノルウェイの森 Scenes from Norwegian wood』と題した、台詞と場面写真で展開する原作世界観を表現したスペシャルコンテンツが掲載された。また映画の16のセリフと映像を再現したiPhone/iPod touch対応アプリ『てのひらノルウェイの森』も無料配信。監督とプロデューサーは原作の村上春樹から映画化の許可を得るまで4年かけた。

全国312スクリーンで公開され、2010年12月11,12日初日2日間で興収1億8,371万4,500円、動員は13万2,220人になり映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場第3位となった[31]。40代前後の世代を中心に幅広い世代から支持を受け、ぴあ初日満足度ランキング(ぴあ映画生活調べ)でも第4位となった。興行収入14億円。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

使用曲[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 現在の「僕」が文筆業を営んでいるのは以下の記述から分かる。「僕はある画家をインタヴューするためにニュー・メキシコ州サンタ・フェの町に来ていて、(中略)奇蹟のように美しい夕陽を眺めていた」[7]
  2. ^ 村上はホームページで読者からの手紙に対しこう答えている。「お気の毒ですが、失われた時は二度と戻りません。この世界にある美しいもののほとんどは、記憶の世界の中に存在しています。ブラームスの2番のピアノ協奏曲もためしてみてください。とくにチェロの独奏で始まる3楽章は素敵です。僕はあの部分を聴くと、いつも何十年も前の夏の夜を思い出します」[16]
  3. ^ 2014年9月、村上はアンソロジー『セロニアス・モンクのいた風景』(新潮社)を翻訳出版した。
  4. ^ 『版画』について、村上はエッセイの中でこう述べている。「僕は高校生のときに スヴィアトスラフ・リヒテルというピアニストのレコードでこの曲をよく聴いていた。何度も何度も何度も、レコードがぼろぼろになるまで繰り返し聴いて、隅々まで記憶した」[24]

出典[編集]

  1. ^ レキシントンの幽霊』「めくらやなぎと、眠る女」〈めくらやなぎのためのイントロダクション〉、文藝春秋、1996年
  2. ^ 『村上春樹全作品 1979~1989』第6巻、付録「自作を語る」。
  3. ^ 「ノルウェイの森」映画化 - ウェイバックマシン(2009年6月2日アーカイブ分) - 読売新聞(2008年7月31日)
  4. ^ “『ノルウェイの森』の発行部数1000万部突破”. オリコン. (2009年8月5日). http://life.oricon.co.jp/68198/full/ 
  5. ^ 中国的“村上春樹熱”「ノルウェイの森」100万部突破 - ウェイバックマシン(2009年5月18日アーカイブ分) - 読売新聞(2004年11月22日)
  6. ^ 遠い太鼓』講談社、1990年6月、353頁。
  7. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、119頁。
  8. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、189頁
  9. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、58頁。
  10. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、59頁。
  11. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、68-69頁。
  12. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、253頁。
  13. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、97頁。
  14. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、114頁。
  15. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、184頁。
  16. ^ スメルジャコフ対織田信長家臣団朝日新聞社、2001年4月、読者&村上春樹フォーラム252。
  17. ^ 本書、上巻、講談社文庫、旧版、269頁。
  18. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、42頁、135頁。
  19. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、44頁。
  20. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、47頁。
  21. ^ 本書、下巻、講談社文庫、旧版、255頁。
  22. ^ “装丁にみる出版文化 時代を映す「鏡」として高まる役割/「装丁の勝利」と喧伝された『ノルウェイの森』”. http://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/391_4.html 
  23. ^ 夢のサーフシティー』朝日新聞社、1998年7月、読者&村上春樹フォーラム93(1997年10月27日~10月30日)。
  24. ^ 村上ラヂオ新潮文庫、102頁。
  25. ^ 村上朝日堂ホームページ、読者&村上春樹フォーラム9(2006年3月24日~25日)。
  26. ^ 村上春樹『「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』朝日新聞社、2000年8月。
  27. ^ 藤井省三「村上春樹と東アジア ―都市現代化のメルクマールとしての文学―」
  28. ^ Thill, Scott (2012年1月5日). “米国公開された映画『ノルウェイの森』” (日本語). WIRED JAPANESE EDITION. WIRED.jp. 2012年1月6日閲覧。
  29. ^ 2011年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  30. ^ 村上春樹の大ベストセラー「ノルウェイの森」映画化 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分) - バラエティ・ジャパン(2008年7月31日)
  31. ^ 『ハリポタ』首位奪還!『ノルウェイの森』は初登場3位にランクイン!!シネマトゥディ 2010年12月15日

外部リンク[編集]