リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー

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Richard Coudenhove-Kalergi
リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・
クーデンホーフ=カレルギー
Coudenhove-Kalergi 1926.jpg
1926年
全名 Richard Nikolaus Eijiro Graf Coudenhove-Kalergi
身位 伯爵
出生 1894年11月16日
日本の旗 日本東京府
死去 1972年7月27日(満77歳没)
スイスの旗 スイスヴァレー州
配偶者 1人目: イダ・ローラン英語版
  2人目: アレクサンドラ・フォン・ティーレ伯爵夫人 [旧姓 バリー] Alexandra Gräfin von Tiele, [geb. Bally]
  3人目: メラニー・ベナツキー・ホフマンMelanie Benatzky Hoffmann
父親 ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー
母親 青山みつ
役職 国際汎ヨーロッパ連合会長
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受賞
1950年: アーヘン国際カール大帝賞
1965年: ソニング賞英語版
1967年: 鹿島平和賞
1972年: コンラート・アデナウアー賞ドイツ語版

リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギードイツ語: Richard Nicolaus Eijiro Coudenhove-Kalergi1894年11月16日 - 1972年7月27日)は、クーデンホーフ=カレルギー伯爵家の人物で、東京生まれのオーストリアの政治家。

汎ヨーロッパ主義(パン・ヨーロッパ主義)を提唱し、それは後世の欧州連合構想の先駆けとなった。そのため「EUの父」と呼ばれる。別名、青山栄次郎。

目次

略歴 [編集]

父はオーストリア・ハンガリー帝国駐日特命全権大使ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵、母は東京牛込出身の日本人女性青山みつ(クーデンホーフ=カレルギー・光子)。父ハインリヒが在日中に、みつ(旧名)と出会い日本で結婚。クーデンホーフ=カレルギー夫妻の7人の子の次男として1894年東京府に生まれる。一家は1896年に日本を離れ、父親の故郷オーストリア=ハンガリー帝国へ行き、ロンスペルク城で兄弟姉妹とともに育つ[1]ウィーンボーディングスクールテレジアヌム英語版を卒業した。

ウィーン大学哲学を学び、雑誌『Paneuropa』(汎ヨーロッパ)にてジャーナリスト・編集者として働く。

フリーメイソンリー [編集]

リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーはフリーメイソンである[2][3]

英書『Freemasonry, Its World View, Organization and Policies』(ベルリンF. Eher1944年[4]によると、クーデンホーフ=カレルギーはチェコスロバキア外務大臣エドヴァルド・ベネシュプラハで入会[5])と同一のグランド・オリエント・ロッジに所属する高位階級の会員である[3]

1922年、クーデンホーフ=カレルギーはフリーメイソンのロッジ英語版に参加し、その後もメイソンと接触していた[6]

1955年、フリーメイソンのクーデンホーフ=カレルギーは欧州の歌としてベートーヴェンの「歓喜の歌」を提案した[7]。それは友情の絆により結束した平等な人々の社会というメイソンの理想を描写するものであり、ドレスデンのメイソンロッジ「三振りの剣とグリーンダイヤモンド上のアストレア」(Zu den drei Schwertern und Asträa zur grünenden Raute[8]の委員団のためのクリスティアン・ゴットフリート・ケルナー英語版委員会に起因する。

思想 [編集]

汎ヨーロッパ主義 [編集]

設立当時の国際汎ヨーロッパ連合旗
クーデンホーフ公園(ウィーン

1923年に『汎ヨーロッパ主義』を著しセンセーションを起こす。1926年汎ヨーロッパ連合を設立した。同年に汎ヨーロッパ会議も開始した[9]。しかし、ドイツヒトラーにとって「汎ヨーロッパ主義」は邪魔であり、1938年オーストリア併合後、チェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴ、イタリアを経てスイスへ逃避行。さらにフランスを本拠にするも、1940年フランスがドイツの手に落ちるとスイス、ポルトガルを経てアメリカに逃げた。第二次世界大戦後、1947年にはヨーロッパ議員同盟(EPU: European Parliamentary Union)を創設するなど、ヨーロッパ共同体の進展に尽力した。

友愛の政治思想 [編集]

友愛の提唱者
汎ヨーロッパ運動主催者リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、「Brüderlichkeit」(ドイツ語。ブリューダーリッヒカイト)すなわち「友愛」を思想として提唱した。
伯爵の著作に『Totaler Staat, totaler Mensch』(ドイツ語、1937年1965年に『Totaler Mensch, totaler Staat』として再出版)があり[10]、文字通り全体主義あるいはファシズムを批判しながら、友愛にもとづく世界を構想した。日本では元首相鳩山一郎に強い影響を与えた。
国家社会の文明論
1935年、クーデンホーフ=カレルギーは、ファシズムやボルシェビズムが終わるという見通しを立てた[11]。加えて技術進歩により、階級差や貧富の差が無くなり、社会が変容すると宣言した[11]。その社会では個人が確立され、母性による友愛が、社会や国家を築くという[11]。それには、クーデンホーフ=カレルギーが自己完成を人間の最高の義務と考えているという背景がある[11]。クーデンホーフ=カレルギーは、自身の描く社会や国家になるには、教育改革により、全人類が兄弟姉妹になり、全人類が同一の」の子(「神の子」も参照)にならなければと考えた[11]。そのために必要なのは、友愛という名の、心の革命であるという[11]
心の革命
クーデンホーフ=カレルギーの友愛は、フランス革命の友愛に立脚している[11]。とはいえクーデンホーフ=カレルギーの友愛主義は、自由と平等の両立であり、フランス革命に対して高く評価していない[11]。クーデンホーフ=カレルギーによると、「自由、平等、友愛」のためのフランス革命には、自由の革命はあれど平等と友愛の革命はなく、自由と平等は依然対立しており、自由がない以上、経済的平等は無価値である[11]。そこで、友愛主義のもと、友愛革命という心の革命が必要となる[11]。さらにクーデンホーフ=カレルギーは、友愛革命が、各国の国民間および階級間の橋渡しとして、その全ての自由な人間が同胞になる福音であると強調する[11]。心の革命とは暴力や強制ではなく、相互の尊厳を尊重することであり、その権利は人間生来のものであり、その権利はあらゆる制度に優る[11]
レディとジェントルマン(淑女と紳士)
友愛思想の提唱者クーデンホーフ=カレルギーは、友愛主義のもと、友愛革命を以って、友愛社会を築くことを目標としていた[11]。クーデンホーフ=カレルギーが描いた友愛社会は、理想の社会である[11]。その社会はLadyGentlemanレディジェントルマン、または淑女紳士)で構成される[11]。クーデンホーフ=カレルギーにとってのジェントルマン像は、イギリスのジェントルマンである[11]。ジェントルマンになるための特別な才能は必要ないとし、ありふれた人間であることが人間的であり、ジェントルマンの理想である[11]。そのジェントルマンは、女性より体の強いものとして、レディを尊敬して守る道徳上の義務がある[11]
政治家批判
クーデンホーフ=カレルギーは、同時代の政治家を、卑怯で尊大、うぬぼれた輩(やから)と批判している[11]。そこで政治の世界でもレディとジェントルマンの理想が重要になってくる[11]。この理想が到来すると民主政治が確固たるものとなる[11]。出来ない約束をする政治家がいなくなる[11]。理想社会のジェントルマンに財産や子どもを任せることが出来る[11]

日本との関係 [編集]

  • ナチス・ドイツから逃れ汎ヨーロッパ運動を継続するため、クーデンホーフ=カレルギーは1940年にポルトガルのリスボンでアメリカ合衆国への亡命を図っていた。当時の日本がドイツと協力関係にあったにもかかわらず、ポルトガル公使館米澤菊二館長は亡命の査証手続きに苦労していたクーデンホーフ=カレルギーを手助けした[12]
  • リヒャルトは昭和天皇に個人として謁見したことがある[1]
  • 甥のミヒャエルによると、リヒャルトは「最高のヨーロッピアンは日本人だ」と言っていた[1]
  • 2002年、日本と欧州連合(EU)の首脳協議により、2005年に「日・EU市民交流年」として日本とEU諸国においてさまざまな催しが行われることになった[13]。その頃の出来事として、2003年、拡大するヨーロッパと日本の将来を考えるシンポジウム「ヨーロッパ統合への道 リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーのパン・ヨーロッパ構想からアテネ条約まで」が日本で開催され、リヒャルトの姪(ミヒャエルの姉)でジャーナリストのバルバラが参加した[14]。また2004年には日本でリヒャルトの展示会が開催され[12]、2005年の「日・EU市民交流年」にあたってはチェコでプラハ・アーヘン・クラブとチェコ日本協会の共催により「クーデンホフ・カレルギー家の人々」の講義が実施された[15]
  • 2013年において、「日本人の母を持つことから我が国ではクーデンホーフ=カレルギー伯爵の汎ヨーロッパ運動が有名です。」、このように言及したのは京都大学地域研究統合情報センター福田宏助教である[16]

母・クーデンホーフ=カレルギー光子 [編集]

鳩山一郎への影響 [編集]

日本の政治家鳩山一郎とクーデンホーフ=カレルギーの関係において、クーデンホーフ=カレルギーの『Totaler Staat, totaler Mensch』の英訳書である『The Totalitarian State against Man』の翻訳作業がある。本書から一郎はクーデンホーフ=カレルギーの友愛思想に影響を受けた。

クーデンホーフ=カレルギーはアメリカ合衆国への亡命を手助けしたポルトガル公使館の米澤菊二館長にその英訳書をプレゼントし、米澤はジャーナリストの松本重治にその本を貸し、松本は早稲田大学教授の市村今朝蔵に貸した[12]。市村は鳩山一郎にその本を日本語に翻訳して出版してもらおうと思い一郎のもとを訪れた[12]。既に第二次世界大戦は終焉し一郎は公職追放中にあった。

一郎は市村から手渡された英訳書を『自由と人生』と題して翻訳し、1952年に出版された[17]。本書で一郎は、英語の「Fraternity」(フラタニティ)を「友愛」と翻訳した。一郎は友愛思想を日本で提唱、出版の翌年には友愛青年同志会を結成した。クーデンホーフ=カレルギーは友愛青年同志会名誉会長を務めた[18]。この組織はのち日本友愛青年協会となり現在にいたる。鳩山由紀夫の「友愛」思想も祖父一郎を介してクーデンホーフ=カレルギーの思想から影響を受けている。

日本への帰郷 [編集]

1967年10月30日には、日本の鹿島平和財団から第1回「鹿島平和賞」を贈られた[19]。その授賞式や報道関係の取材に協力するため、鹿島平和財団とNHKの招待で10月26日から11月8日にかけて夫婦で訪日した[11][19]。この時の訪日で昭和天皇と香淳皇后に謁見し、皇太子明仁親王と美智子妃も接見し、各界の指導者と会見し、数回の講演を行った[19]。クーデンホーフ=カレルギーにとってこの訪日は、東京で生まれて以来、71年ぶりの日本への帰郷であった[19]。翌1968年鹿島守之助による日本語訳の著書『美の国 日本への帰郷』が鹿島出版会で刊行された。

2回目の訪日は1970年10月6日から10月28日にかけてであった[11]

池田大作との対話 [編集]

クーデンホーフ=カレルギーの晩年、世界は冷戦下にあった。クーデンホーフ=カレルギーは世界平和の実現のため、仏教に、創価学会に希望を抱き[20]、1967年の訪日(帰郷)に際し、当時創価学会の会長であった池田大作との会見を強く求め[21]、友愛青年同志会、NHK、鹿島の関係者一同は創価学会への接触に反対していたが構うことなく[22][23]、1967年10月30日に会談を実現した[24][25]。クーデンホーフ=カレルギーは自分より30歳以上若い池田を好人物・知性ある人物として高く評価した[22]

会見は1970年の東京都においても行われ[21]、延べ十数時間の対談となり、クーデンホーフ=カレルギーが語った日本が成すべき世界平和実現・新たな太平洋文明の発展・平和思想としての仏教の発信、それらの考えは池田に印象を残した[26]。クーデンホーフ=カレルギーと池田の対話集は『文明・西と東』として1972年に刊行されている[27]

映画「カサブランカ」 [編集]

第二次世界大戦下の1942年に公開されたアメリカ映画「カサブランカ」に登場する人物のモデルであると言われている[1]。モデルと言われている人物はポール・ヘンリードが演じた「ヴィクター・ラズロ」である。

カナダのフリーメイソンリーによると、男がヴィクター・ラズロにロレーヌ十字が装飾された指輪を見せて同士であることを証明するシーンがあり(反枢軸国シーン)、しばしばそれは高位階級のフリーメイソンのために用いられる十字と見紛うのであるという[28][29][30]

脚注 [編集]

  1. ^ a b c d 牛山貴, 三木茂樹, 中川恵, 猪俣かおる, 松本新 (2007年10月). “国際交流ニュース IHCSA Cafe vol.16 (PDF)”. 広報紙 IHCSA Cafe. 国際交流サービス協会. 2012年6月18日閲覧。
  2. ^ Joachim Berger (2010年12月3日). “European Freemasonries, 1850–1935: Networks and Transnational Movements”. European History Online. 2013年5月3日閲覧。
  3. ^ a b Jonathan Levy (2007-06-30). The Intermarium: Wilson, Madison, and East Central European Federalism. Universal-Publishers. p. 394. ISBN 9781581123692. 
  4. ^ この英書はナチスにより出版されたドイツ語の書籍『Die Freimaurerei, Weltanschauung, Organisation und Politik』(ベルリン、F. Eher、1938年) の英訳書である。著者はディーター・シュヴァルツ、序文はラインハルト・ハイドリヒ保安警察長官、エルンスト・カルテンブルンナー親衛隊上級地区司令官。
  5. ^ ウィリアム・R・デンスロウ & ハリー・S・トルーマン (2004). 10,000 Famous Freemasons From A To J Part One. Kessinger Publishing. ISBN 9781417975785. 
  6. ^ Пан-Европа Куденхове-Калерги – человек, проект (ロシア語). PANEUROPA.ru.
  7. ^ リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー (1955年8月3日). “UNION PANEUROPÉENNE” (フランス語). 欧州評議会. 2009年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月11日閲覧。
  8. ^ Zu den drei Schwertern und Asträa zur grünenden Raute
  9. ^ paneuropa.org
  10. ^ 本著作は英訳された『The Totalitarian State against Man』(1938年。原題は「人間に敵対する全体主義国家」)の他、フランス語訳(1938年)、日本語訳(洋々社1952年、乾元社1953年、洋々社新版1967年)がある。日本語の訳者は鳩山一郎。
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y
    財団法人 日本友愛青年協会 常務理事 川手正一郎 (2008年5月10日). “「友愛」理解のために (PDF)”. 概要. 一般財団法人 日本友愛協会. 2012年6月11日閲覧。
    (英語版: Yuai Association official site: “Yuai” for Understanding Origin of Yuai idea (English) - 「友愛」理解のために 1章. 『友愛の原点』に対応した英語)
  12. ^ a b c d 第471号 (PDF)”. 機関紙『友愛』. 一般財団法人 日本友愛協会 (2004年9月10日). 2013年5月3日閲覧。
  13. ^ 2005年日・EU市民交流年”. 日本国外務省 (2005年2月). 2013年5月6日閲覧。
  14. ^ シンポジウム ヨーロッパ統合への道 リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーのパン・ヨーロッパ構想からアテネ条約まで”. EU・ジャパンフェスト日本委員会. 2013年5月6日閲覧。
  15. ^ 2005年日・EU市民交流年 参加団体プロフィール”. 日本国外務省. 2013年5月6日閲覧。
  16. ^ Newsletter No. 12 (PDF)”. 京都大学地域研究統合情報センター (2013年3月). 2013年5月6日閲覧。
  17. ^ 1952年”. 沿革〜歴史紹介. 一般財団法人 日本友愛協会. 2012年6月11日閲覧。
  18. ^ 赤間剛 (1983年1月). フリーメーソンの秘密 世界最大の結社の真実. 三一書房. ISBN 978-4380832338. 
  19. ^ a b c d 第3話 鹿島平和賞授賞の舞台”. 特集:鹿島赤坂別館. 鹿島建設. 2012年6月11日閲覧。
  20. ^ 『新・人間革命』 要旨”. 小説人間革命 関連データ. 創価学会公式サイト SOKAnet. 2012年6月11日閲覧。
  21. ^ a b 科学・芸術名誉十字章勲一等(オーストリア)”. 主な顕彰. 創価学会公式サイト SOKAnet. 2012年6月11日閲覧。
  22. ^ a b クーデンホーフ・カレルギーと創価学会(1)”. 創価学会. 東北大学大学院法学研究科・法学部 戸澤英典研究室「RCK通信」. 2012年6月11日閲覧。
  23. ^ 「文明間対話」の軌跡”. 信念と行動. 創価学会公式サイト SOKAnet. 2012年6月11日閲覧。
  24. ^ 池田大作 (2004年3月). “天舞”. 新・人間革命 The New Human Revolution [第12巻]. 聖教新聞社. ISBN 978-4412012578. 
  25. ^ “今日は何の日”. 聖教新聞. (2011年10月30日) 
  26. ^ 池田大作 (1978年11月19日). “環境問題は全人類的な課題”. 聖教新聞. SEIKYO online. 2012年6月11日閲覧。
  27. ^ C・カレルギー, 池田大作 (1972年5月4日). 文明・西と東. サンケイ新聞社. 
  28. ^ a b Freemasonry in cinema: Casablanca”. Grand Lodge of British Columbia and Yukon A.F. & A.M. 2013年5月6日閲覧。
  29. ^ Obscure masonic references”. Grand Lodge of British Columbia and Yukon A.F. & A.M. 2013年5月6日閲覧。
  30. ^ Cross Lorraine”. Grand Lodge of British Columbia and Yukon A.F. & A.M. 2013年5月6日閲覧。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

  • RCK通信 (リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー通信) - 東北大学大学院法学研究科・法学部公式サイト
00リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー00
1894年11月16日 1972年7月27日
先代:
-
国際汎ヨーロッパ連合会長
1926年 - 1972年
次代:
オットー・フォン・ハプスブルク