ユリシーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ユリシーズ』(Ulysses)は、アイルランド出身の小説家ジェイムズ・ジョイスの小説。全18章からなる。1922年刊行。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』と共に20世紀を代表する小説の一つと称される。

目次

[編集] 概要

ダブリンのある1日(1904年6月16日)に起こった出来事を、様々な文体で、意識の流れなどの実験的な手法を用いて描写している。当初、猥褻な描写があるとしてイギリスアメリカでは発売禁止処分を受けた。

主人公は小説家志望のスティーヴンと広告取りのブルームで、構成はホメロスの『オデュッセイア』のパロディになっている。例えば、英雄オデュッセウスはさえない中年男ブルームに、息子テレマコスは他人のスティーヴンに、貞淑な妻ペネロペイアは浮気妻モリーに、20年にわたる辛苦の旅路はたった1日の出来事に、それぞれ置き換えられている。また、ダブリンの街を克明に記述しているため、ジョイスは「たとえダブリンが滅んでも、『ユリシーズ』があれば再現できる(One could recreate the city of Dublin, piece by piece, from Ulysses)」と語ったという。ジョイス・ファンにとって6月16日は「ブルームズデイ」である。

[編集] 登場人物

レオポルド・ブルーム
38歳。新聞社で広告取りをしている。歌手である妻のモリーとは長らく性交をしておらず、浮気をしているのではないかと悩んでいる。スティーヴンの父親とは知り合い。
スティーヴン・ディーダラス
22歳。『若い芸術家の肖像』(1916年)の主人公でもある。小学校で教えているが、自分の将来のことや金銭のことで悩みが多い。

[編集] 構成


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


  1. テーレマコス Telemachus
    海岸のマーテロ塔に住むスティーヴンと、同居の友人たちの会話(自然主義的)。
    マーテロ塔はダブリンに実在しておりジョイスの記念館になっている。元はナポレオン戦争時代にイギリスがフランス海軍の来襲に備えて築いた砦であった。
  2. ネストール Nestor
    スティーヴンの勤め先の小学校での授業風景。校長から給料を受け取り、投稿原稿を新聞社に届けるよう頼まれる(自然主義的)。
  3. プロテウス Proteus
    スティーヴンが海岸で思索にふける(内的独白)。
  4. カリュプソー Calypso
    もう1人の主人公ブルームの朝の食事。妻モリーと会話を交わす。
  5. 食蓮人たち Lotus-Eaters
    ブルームは郵便局で文通相手からの手紙を受け取る。競馬好きの知人ライアンズに会う。
  6. ハーデス Hades
    ブルームは酒の飲みすぎで死んだディグナムの埋葬に立ち会う。
  7. アイオロス Aeolus
    ブルームの新聞社での仕事ぶり。一方、スティーヴンは新聞社に校長の原稿を届ける(修辞学の実例と内的独白と新聞の見出しのパロディ)。
    このブルームの足取りを示す14枚の金属板が、新聞社から国立図書館に至るダブリン市内の路上に埋め込まれている(但し最初の1枚は道路工事で撤去されてしまった)。
  8. ライストリュゴン人 Lestrygonians
    ブルームは街に出て昔の恋人とばったり会う。その後1人で昼食を取る。
  9. スキュレーカリュブディス Scylla and Charbydis
    スティーヴンは図書館でシェイクスピアを巡る文学論を戦わせる(対話)。
  10. さまよえる岩 The Wandering Rocks
    ダブリン市内の様々な場面が描かれる。スティーヴンの家族も登場。ブルームは「罪の甘さ」という好色本を買う。
  11. セイレーン Sirens
    ボイラン(妻の浮気相手と疑っている)を見かけたブルームは後を追う。ボイランはホテルのバーに入って飲む。ブルームは苦悩しながら文通相手に返事を書く(フーガの技法による言葉の楽曲)。
  12. キュクロープス Cyclops
    ブルームは酒場へ行く。周りの客たちはブルームが競馬で大穴を当てたと誤解しており、ブルームをいびる(叙事詩、医学論、新聞記事などの文体のパロディ)。
    この章は下品な口調で書かれているが、翻訳家柳瀬尚紀は犬の視点で書かれていると主張している。
  13. ナウシカア Nausicaa
    ブルームは浜辺へ行き(白夜のため周囲はまだ明るい)、子どもたちと遊ぶ美しい少女を見かけ、妄想を抱いて自慰を行う(婦人雑誌の小説のパロディ)。
  14. 太陽神の牛 Oxen of the Sun
    ブルームは妻の友人が出産のため入院しているのを見舞う。ここで酒を飲んでいるスティーヴンに会う(古代から中世、近世、近代の様々な英語文体史のパロディ)。
  15. キルケー Circe
    スティーヴンの後を追うブルーム。泥酔したスティーヴンは娼婦宿に迷い込み、娼婦たちと騒ぎになる。ブルームはスティーヴンを連れて逃げる。現実と幻覚が交差する(『ファウスト』のワルプルギスの夜を思わせる戯曲風)。
  16. エウマイオス Eumaeus
    ブルームとスティーヴンは馭者溜まりで休む。
  17. イタケー Ithaca
    ブルームがスティーヴンを連れて帰宅し、文学談義などをする。泊まるよう勧めるがスティーヴンは帰宅する。ブルームはベッドに浮気の痕跡を見つける(カトリックの教義問答の文体)。
  18. ペネロペイア Penelope
    妻モリーがベッドの中でブルームとの思い出などを回想する(句読点のない長い内的独白が続く)。

[編集] 日本語訳書

  • 戦前の訳書は昭和6年~8年(1931~33年)に、伊藤整永松定・辻野久憲共訳『ユリシイズ』が、第一書房全2巻で出された。改訳版『ユリシーズ』は伊藤・永松により、<新潮社:現代世界文学全集 第10.11巻、1955年と世界文学全集 第21.22巻、1963年>で刊行。なお辻野は1937年に亡くなっている。伊藤整編で『20世紀英米文学案内.9 ジョイス』(研究社出版、1969年)と『ジョイス研究』(英宝社、増訂1965年)がある。<日本人による作家作品論集>
  • 『ユリシーズ』昭和7年~10年の森田草平龍口直太郎安藤一郎他3名による伏字が多い訳書である(岩波文庫全5巻)。改訳版は、1952年(昭和27年)に三笠書房で全3巻で刊行した。
    • これらの経緯は、川口喬一 『昭和初年の「ユリシーズ」』(みすず書房、2005年)が詳しい。
  • 『ユリシーズ』 丸谷才一永川玲二高松雄一訳、集英社文庫ヘリテージ全4巻
河出書房新社の世界文学全集全2巻(初版1964年)を、改訳し集英社全3巻(1996~97年)を経て文庫化(2003~04年)。丸谷は14章(太陽神の牛:古代から中世騎士物語、シェイクスピアなどの文体で書かれている)を古事記万葉集から西鶴漱石などの文体で翻訳して絶賛された。丸谷編『ジェイムズ・ジョイス  現代作家論』((編訳)早川書房、初版1974年)を出した。
  • 『ユリシーズ』 柳瀬尚紀訳、 河出書房新社(1996~97年、未完)
柳瀬は丸谷らの3人訳が日本語になっていないと痛烈に批判しているが、自身による訳は1~3章、4~6章、12章の途中3冊で、刊行が止まっている(2009年5月現在)。柳瀬は各河出で、ヴィジュアル訳本の、編訳『ユリシーズのダブリン』と評伝『肖像のジェイムズ・ジョイス』を刊行、また岩波新書で『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』を著している。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク