ガブリエル・ガルシア=マルケス

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ガブリエル・ガルシア=マルケス
Gabriel García Márquez
Gabogarciamarquez1.png
ハバナでサインをするガルシア=マルケス
誕生 1928年3月6日(83歳)
コロンビアの旗 コロンビアアラカタカ
職業 ジャーナリスト小説家
国籍 コロンビアの旗 コロンビア
文学活動 魔術的リアリズム
代表作 百年の孤独』、『族長の秋』
主な受賞歴 ノーベル文学賞
サイン Gabriel Marquez Signature.png
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ガブリエル・ガルシア=マルケス
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1982年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:現実的なものと幻想的なものとを融合させて、一つの大陸の生と葛藤の実相を反映する豊かな想像力の世界を構築した

ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケスGabriel José García Márquez, 1928年3月6日 - )は、コロンビア作家小説家。架空の都市マコンドを舞台にした作品を中心に魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与える。1982年ノーベル文学賞受賞。

百年の孤独』、『コレラの時代の愛』が2002年、ノルウェイ・ブッククラブによって「世界傑作文学100」に選ばれる。

アメリカ合衆国で活動する映画監督のロドリゴ・ガルシアは実の息子である。

目次

[編集] 略歴

マルケスは1928年、コロンビアカリブ海沿岸にある人口2000人ほどの寒村アラカタカに生まれる。事情により両親と離別し、祖父母の元に預けられて幼年期は3人の叔母と退役軍人の祖父ニコラス・コルテス、迷信や言い伝え、噂好きの祖母ランキリーナ・イグアラン・コテスと過ごした。のちにかれの代表作になる『百年の孤独』および一連の小説は、かれの祖父母が語ってくれた戦争体験や近所の噂話、土地に伝わる神話や伝承に基づくところが大きい。特に『百年の孤独』は、マルケスが17歳のときに執筆を決意した作品であるため、祖父母の影響が色濃く残っている。特にマルケスに影響を与えたのは祖父で、『落葉』の老大佐、『大佐に手紙は来ない』の退役大佐、『百年の孤独』のアウレリャーノ・ブエンディーア大佐などのモデルになったと言われている。1936年、女系家庭の中で唯一の男性であり、なんでも話せる男友達のようであった祖父がなくなる。1941年、両親の元に戻る。

高校時代からマルケスは執筆活動を始めており、『エル・エスペクダドル』紙に短編を投稿している。1947年、ボゴタ大学法学科に入学。この頃、ラテンアメリカの作家を志す若者らは、一般に法学科に入籍することが多く、マルケスと並び評されるマリオ・バルガス・リョサ、その他多くの作家が法学科に在籍していた。

1948年ボゴタ暴動が起こり、学校が閉鎖されたために家族の住むカルタヘナの大学に移るが、生活難により中退。『エル・ウニベルサル』紙の記者として働き、安アパートで貧乏暮らしをする。この頃、ジェイムズ・ジョイスフランツ・カフカウィリアム・フォークナーヴァージニア・ウルフミゲル・デ・セルバンテスなどを耽読した。特にウィリアム・フォークナーは、のちにガルシア・マルケス作品の土台を為すうえで絶大な影響を与えた作家である。後に、ノーベル賞の受賞演説の冒頭で、「フォークナーが立ったのと同じ場所に立てたことはうれしい」と語ったほどである。またフランツ・カフカについては、彼の『変身』を読んだことで大きな衝撃を受け、マルケス自身の作風を確立する上で決定的な体験の一つになると共に、文学そのものに関心を持つ大きなきっかけとなった(マルケスは後年ミラン・クンデラに「ひとが別様に書くことができると理解させてくれたのはカフカだった」と語っている)。ヴァージニア・ウルフについては、もし『ダロウェイ夫人』のある一節を読まなければ今とは違った作家になっていただろうとのコメントを残している。

1954年には『エル・スペクタドル』紙の記者としてボゴタへ戻り、翌、55年に教皇崩御を伝えるためにローマへ飛ぶ。ローマにて映画評論を本国へ送るかたわら、「映画実験センター」の映画監督コースで学ぶ。この体験によって、後年かれ自身が映画監督をつとめることにもなる。しかし、同55年、自由党派『エル・エスペクタドル』紙は当時の独裁者ロハス・ピニーリャの弾圧によって廃刊する。これにより収入のなくなったガルシア=マルケスは、安アパート「オテル・ド・フランス」で極貧生活を送ることになる。ガルシア・マルケスはこの地で『大佐に手紙は来ない』を執筆する。

1957年、友人が編集長を務める、ベネズエラの首都カラカスの雑誌『エリーテ』にヨーロッパから記事を送り生活していた。1958年に結婚するためコロンビアにいったん戻り、カラカスに移り住む。この時に使われた旅費は1955年に出版された『落葉』によるものだった。『落葉』は、マルケスがヨーロッパ滞在中にかれの友人が祖国で『落葉』の原稿を見つけて、マルケスに無断で出版社に持ち込んだ作品であった。いわば偶然世に出た作品であった。

1959年キューバに渡りフィデル・カストロを知り、キューバ革命成立とともに国営通信社「プレンサ・ラティーナ」のボゴタ支局編集長となったが、間もなく編集部の内部抗争に嫌気がさし辞職。しかしフィデル・カストロとの親交は続き、2007年3月には病床のカストロを見舞った。

1961年にメキシコに渡り映画製作に携わるかたわら、『大佐に手紙は来ない』を発表。1962年に前年から書いていた『悪い時』とカラカス時代に書き溜めた短編集『ママ・グランデの葬儀』を発表している。

1967年は『百年の孤独』が発表された年である。1965年のある日アカプルコ行きの車の中で17歳の頃から温めていた構想が一気にまとまったと言う。18ヶ月間タイプライターを叩きつづけて『百年の孤独』は完成した。『百年の孤独』は、スペイン語圏で「まるでソーセージ並によく売れた」と言われ、貧乏生活から足を洗うことになる。60年代、フリオ・コルタサルバルガス・リョサ、マルケスを中心としたラテンアメリカ文学の人気は「ブーム」と呼ばれ、日本でも例外ではなく、知識人なら読んでいなければ恥であると言われるくらいのものだった。特に『百年の孤独』は、大江健三郎筒井康隆池澤夏樹寺山修司中上健次など多くの作家に影響を与えた。

1973年チリ出身のノーベル文学賞授賞者で、ラテンアメリカの代表的詩人パブロ・ネルーダが亡くなった時、マルケスはアウグスト・ピノチェト軍事政権が消滅するまでは新しい小説を書かないと宣言したが、ネルーダ未亡人の懇望によって、1975年、政治風刺色の強い『族長の秋』を発表。ただマルケス自身は「小説家の任務は優れた小説を書くこと」として政治の舞台には一度も上がっていない。

1981年、マルケス自身が最高傑作だという『予告された殺人の記録』を発表。この作品は実際に起きた事件をモチーフにして書かれたものであるが、あまりにも描写が精緻であったために、事件の真相を知っているのでは、と当局に疑われたという逸話を持っている。

1982年10月21日、スウェーデン王立アカデミーにて、ラテンアメリカでは4番目となるノーベル文学賞受賞。受賞の理由としては、「現実的なものと幻想的なものを結び合わせて、一つの大陸の生と葛藤の実相を反映する、豊かな想像の世界」を創り出したことにあった。

1997年、メキシコに移住。

2004年10月20日、10年ぶりに新作の小説Memorias de mis putas tristesを出版する。海賊版の出回りを防ぐために出版直前に最終章を変更している。

コロンビアで何かがある度にスポークスマンのような役割を果たすこともある(シャキーラについての言及など)。

[編集] 出生の謎

上記のとおり、ガルシア=マルケスは1928年にアラカタカで生まれたとされている。しかし、彼の親兄弟の証言や出生証明書を見ると1927年生まれとする説が有力になっている。この食い違いは若かりし頃のパスポートの誤記が原因とされているが、ガルシア=マルケス本人が1928年生まれで通しているため、主な作品の作者略歴などは1928年を採用している。そのためこの項目でも1928年を一応の生年とした。

[編集] 作品一覧

小説

  • 短編集 落葉(La hojarasca)-1955年(邦訳・新潮社 1980年)
  • 大佐に手紙は来ない(El coronel no tiene quien le escriba)-1961年(邦訳・集英社「世界の文学」、1978年) 
  • 青い犬の目(Ojos de perro azul)-1962年(邦訳・福武書店 1990年/福武文庫 1994年)、短編11篇
  • 悪い時(La mala hora)-1962年(邦訳・新潮社 1982年)
  • ママ・グランデの葬儀(Los funerales de la Mamá Grande)-1962年(邦訳・国書刊行会 1979年/集英社文庫 1982年)
  • 百年の孤独Cien años de soledad)-1967年(邦訳・新潮社 1972年/改訳版 1999年)
  • 族長の秋(El otoño del patriarca)-1975年(邦訳・集英社 1983年/集英社文庫 1994年、新版2011年4月)
  • エレンディラ(La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada)-1978年(邦訳・サンリオ文庫 1983年/ちくま文庫 1988年)
  • 予告された殺人の記録Crónica de una muerte anunciada)-1981年(邦訳・新潮社 1983年/新潮文庫 1997年)
  • コレラの時代の愛El amor en los tiempos del cólera)-1985年(邦訳・新潮社 2006年)
  • 迷宮の将軍El general en su laberinto)-1989年(邦訳・新潮社 1991年)
  • 十二の遍歴の物語(Doce cuentos peregrinos)-1992年(邦訳・新潮社 1994年)
  • 愛その他の悪霊について(Del amor y otros demonios)-1994年(邦訳・新潮社 1996年)
  • わが悲しき娼婦たちの思い出 (Memorias de mis putas tristes)-2004年(邦訳・新潮社「全小説」版 2006年)
    • 2006~09年に、新潮社で『ガルシア・マルケス全小説』(全10巻)
      上記の全小説作品・自伝が、初訳も含め改訳・新装され刊行した。

ノンフィクション・エッセイなど

  • ある遭難者の物語(Relato de un náufrago)-1970年(邦訳・水声社 1992年)
  • 戒厳令下チリ潜入記-ある映画監督の冒険(La aventura de Miguel Littín clandestino en Chile)-1986年(邦訳・黄版岩波新書 1986年)
  • 物語の作り方-ガルシア=マルケスのシナリオ教室(Cómo se cuenta un cuento)-1996年(邦訳・岩波書店 2002年)
  • 誘拐(Noticia de un secuestro)-1996年(邦訳・角川春樹事務所 1997年/改題「誘拐の知らせ」、ちくま文庫、2010年)
  • 生きて、語り伝える(Vivir para contarla)-2002年(邦訳・新潮社、2009年・自伝)-『全小説』

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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