オレブ・ベーデン=パウエル

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オレブ・ベーデン=パウエル

オレブ・ベーデン=パウエルOlave St Clair Baden-Powell, Baroness Baden-Powell1889年2月22日 - 1977年6月19日)は、イギリスボーイスカウトの創始者であるロバート・ベーデン・パウエルの妻、愛称はレディB-Pオレブ・サンクレア・ソームズとしてイギリスのチェスターフィールドで生まれた。ガールスカウト創設時に貢献した一人である。

オレブは醸造家で芸術家のハロルド・ソームズの下の娘として生まれた。ハロルドは父方の地主から独立しており、母方はノッティンガムのニューアーク市長のジョセフ・ギルストラップ・ゲルソープだった。彼女は父や母のキャサリン(旧姓ヒル)、多くの家庭教師などから教育を受けた。彼女の家は父の旅につれて引っ切りなしに変わった。オレブはテニス水泳サッカースケートカヌーを含む野外スポーツに夢中になった。またバイオリンも弾いた。

1912年1月、オレブは、スカウト運動の一環として世界旅行中で、ニューヨークへ向かう途中のロバート・ベーデン=パウエル(第二次ボーア戦争の英雄・ボーイスカウトの創始者)に出会った。オレブはその時23歳、B-Pは55歳であった。2人は1912年10月30日に極秘に結婚した。

後に結婚祝いとして、イギリスのボーイスカウトとガールガイドはそれぞれ1ペニーを送り、ベーデン=パウエル夫妻は結婚プレゼントとして車を買った。

夫妻は一男二女の3人の子どもを授かった。

第一次世界大戦に際して、オレブは子ども達を残してフランスへ渡り、軍に協力した。

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