カーンプル
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| カーンプル कानपुर کان پور |
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| 座標: 北緯26度27分39秒 東経80度20分0秒 / 北緯26.46083度 東経80.33333度 | |
| 国 | |
| 州 | ウッタル・プラデーシュ州 |
| 県 | カーンプル県 |
| 行政 | |
| - 市長 | Mr Ravindra Patani |
| 面積 | |
| - 計 | 1,640km2 (633.2mi2) |
| 標高 | 126m (413ft) |
| 人口 (2001年) | |
| - 計 | 4,137,489人 |
| 等時帯 | インド標準時 (UTC+5:30) |
カーンプル (Kanpur, ヒンディー語: कानपुर, ウルドゥー語: کان پور)は、インド、ウッタル・プラデーシュ州の工業都市である。面積1040平方キロメートル、人口414万人。
産業 [編集]
ガンジス川の舟運と五幹線鉄道により農畜産物、工業製品の取引が盛ん。首都デリーとは鉄道で非常に良好に連絡されている。インドの五大財閥のひとつに数えられるスィンガーニヤー家(J.K.産業)の本拠であり、綿工業を主体に羊毛、ジュートの繊維工業やウッタル・プラデーシュ州に多いサトウキビによる精糖、皮革工業などがあり、近年は化学製品、機械工業も興っている。
教育・研究 [編集]
インドの国立教育・研究機関も多く、インド工科大学カーンプル校(IIT-Kanpur)は、インドの大学中でも超難関で、まさにインドの若き頭脳が集う大学である。農業関係では、インド国立マメ類研究所(Indian Institute of Pulses Research)があり、ヒヨコマメ、キマメ等インドの主要マメ科作物の栽培試験、育種が行われている。
歴史 [編集]
カーンプルはもともとアワド太守の領土だったが、1801年に太守サーダット・アリー・ハーン2世がイギリス東インド会社軍の駐留費の代償として、イギリスにこの地が割譲された。
英領時代はカウンポール(Cawnpore)と呼ばれ、イギリス領となった当時はまったくの寒村であったが、1818年にマラーター同盟最後の宰相バージー・ラーオ2世の領地としてあてがわれ、その後急速に発展した。
1857年のインド大反乱では、その養子ナーナー・サーヒブの軍隊がイギリス人を攻撃し、激しい戦いが繰り広げられた。