さとうふみや

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
さとうふみや
本名 佐藤 文子
(さとう ふみこ)
生誕 1965年12月22日(48歳)
日本の旗 日本埼玉県大宮市(現さいたま市
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1991年 -
ジャンル 少年漫画
推理漫画
代表作 金田一少年の事件簿
探偵学園Q
受賞 第46回週刊少年マガジン新人漫画賞入選
公式サイト http://satofzik.exblog.jp/
テンプレートを表示

さとう ふみや(本名:佐藤 文子(さとう ふみこ[1])、1965年昭和40年)12月22日 - )は、日本女性漫画家埼玉県大宮市(現さいたま市)出身。血液型はO型。主に原作者と組んで作家活動をしている。

略歴[編集]

1991年に『カーリ!』で第46回週刊少年マガジン新人漫画賞に入選、デビュー。

1992年本格推理漫画と銘打たれた『金田一少年の事件簿』を連載開始。1995年には第19回講談社漫画賞を受賞。ドラマ化・アニメ化・ゲーム化などもされ、大ヒットとなった。

『金田一少年』の連載終了から半年後の2001年から2005年にかけて、『探偵学園Q』を連載。再び、アニメ化・ドラマ化・ゲーム化がされた。

作品リスト[編集]

漫画[編集]

斜字は単行本化されていない事を示す。

講談社[編集]

幸福の科学出版[編集]

  • 降魔法輪 (ごうま ほうりん)(単行本書き下ろし『コミック・エンゼルズ』収録、2001年11月)幸福の科学出版
  • タイムラフティング (2003年)幸福の科学出版
  • 仏陀再誕 (ぶっだ さいたん)(月刊雑誌ヤング・ブッダ 2009年67号 - 71号)幸福の科学出版

青空出版[編集]

イラスト[編集]

漫画家としての逸話[編集]

  • ペンネームや自画像から男性によく間違えられるが、本名を見ての通り女性である。これは主活躍の場である講談社週刊少年マガジン』が「少年向け雑誌」であることを考慮し、編集部によってつけられたものとされている[3]
  • 声も低いらしく、電話では80%男性と思われると単行本で語っている。また仕事場の名称をペンネームの一部を冠した「フミヤプロダクション」としているため、引越し直後は出前の店員に藤井フミヤの自宅と勘違いされたこともある[4]
  • 趣味はフクロウグッズの収集。作中に出てくる自画像も一時期フクロウを模したものになっていた事もある[5]。いつの間にか趣味として意識し始め次第にフクロウ関連の雑貨が増えていったという。
  • 推理漫画を書く関係から、非常に多くの人物を描き分けており、この点を担当編集者である天樹も絶賛している。たとえば『金田一少年』の場合、長編ではだいたい8~10人程度、短編でも3~5人程度の新登場人物がいるため、これまでにのべ500人以上を描いてきた計算になる。
  • 仕事場にパソコン(ウィンドウズ)を取り入れたことを単行本で報告して以来、全てのカラーイラストがCGとなった。
  • 師匠である永野あかねは自身より年下である。
  • アシスタントたちによるとズボラらしく三年以上冷蔵庫に眠っていたマーマレードやウニをしれっと食べようとすることもあるらしい。

幸福の科学関係の逸話[編集]

  • 宗教団体幸福の科学」の会員・信者であることでも知られている。
  • 事実上の講談社専属作家であるにも関わらず、幸福の科学関係のパブリシティによく登場する。なお、1991年幸福の科学が講談社の雑誌『フライデー』の記事に対して抗議した事もあり、以来両団体の関係は極めて悪い。さとう同様に著名人の幸福の科学信者の一人として知られる景山民夫は『フライデー』との確執以降は講談社から単著の出版をしなかった。
  • さとうのデビューはフライデー抗議と同年の1991年であるが、さとうが幸福の科学に入会したのはその翌年の1992年である。担当編集者に自分が幸福の科学信者であることを伝えたが、反応は「別にどうでもいい」であったという[6]
  • 2003年春夏頃には『タイムラフティング』というタイトルの漫画を幸福の科学出版発行の無料冊子に連載し、コミックマーケット開催中の東京ビッグサイト前や書店等で配布していた。これは、同年、東映と同団体の企画・制作映画『黄金の法』のPR用漫画であった。また2006年以降、同団体の自殺予防キャンペーンイラスト・漫画を描いている。
  • 幸福の科学を母体とする政治団体幸福実現党元文化局長。2009年5月27日衆議院選挙で幸福実現党の公認候補として出馬が決定。時の総理大臣麻生太郎の地盤である福岡8区からの出馬を予定し、さとう本人が出馬にあたりYouTube等を通じて麻生批判をするなどしていた。しかし、7月18日、選挙区を比例東京ブロックに変更(名簿の順位は4番目)。また、選挙にあたり顔見せをせず[7]、選挙ポスターおよび同党ホームページには本人が描いたキャラクターを掲載しての異例の方法を採っており、学歴も「選挙戦術のため非公表」としていた。同年8月30日に選挙が実施されたが、幸福実現党からは一人の当選者も出ず、さとうも落選した。その後、同党の役職を離脱。2010年に行われた参議院選挙には出馬しなかった。
  • 幸福の科学の教義による宗教上の理由から脳死移植を否定しており、「金田一少年にドナーカード登録を」という出版社からの依頼を断ったことがある。また、同様の理由から「『DEATH NOTE』の著者は不幸になる」との評価をしているが、『聖☆おにいさん』については肯定的な評価をしている[8]

師匠[編集]

アシスタント[編集]

脚注[編集]

  1. ^ サイゾー』2011年4月号82ページより
  2. ^ 原案:天樹征丸・原作:金成陽三郎(後に一時期は天樹の単独原作となっていた)。また、天樹は連載開始時の担当編集者でもある。
  3. ^ 同様に、少年マガジンで活躍中で一見男性風のペンネームを使用している(いた)女性漫画家の事例としては、塀内夏子(旧名:塀内真人)や山本航暉久保ミツロウがいる。
  4. ^ 本人の写真は1997年頃に発行された『金田一少年の事件簿 総集編』や、1998年発行の『金田一少年の事件簿 謎ときファイル2』、2008年発行の『名探偵コナン』とのコラボ増刊号『名探偵コナン+金田一少年の事件簿 Vol.1』に掲載された。なお、髪型は『金田一少年』の主人公・金田一一にそっくり。
  5. ^ 変遷としては似顔絵→フクロウ→似顔絵→現在のもの(現在のものは『ムーミン』のニョロニョロに若干似ている)。
  6. ^ 『サイゾー』2011年4月号82ページより
  7. ^ 新聞の写真つきの立候補者一覧などでもさとうの欄は空白となっている。ただし、別記の通り『金田一少年』関連の書籍では顔出ししている。
  8. ^ 『サイゾー』2011年4月号82-83ページより

外部リンク[編集]