大罪
大罪(だいざい、grave sin,mortal sin)とは、カトリックにおいて成聖の恩恵を失わせ、霊魂に超自然的な死をもたらすとされる重大な罪のことである。 大罪の構成要件として、それ(過失)が重大な行為であること、それが道徳的に罪であるとする知識を持っていること、自由意志によって行うこと、の三点が同時に必要とされる。性質的には、大きく分けて、それ自体が重大な場合と(例えば冒涜行為など)、事情によって重大な場合(例えば、両親を殴るなど)、目的によって重大となる場合(例えば、他人の名誉を失わせる為の行為など)の三種がある。大罪の状態にあるキリスト者は、教会の中にあっては、聖寵を受けられず、聖体拝領に与ることもできない[1]。また、影響として人間を過度に被造物に執着させ、本人の人間性と社会秩序を大きく傷つけ、さらには天国に入る権利を奪われる。こうした罪は、有効な告解によってのみ、取り除くことができる。
『カトリック教会のカテキズム』によると、「神のおきてや人間の究極目的に甚だしく背くことがらを意図的に、すなわち、知りながら自由意志を持って選べば、大罪を犯します。大罪は、それなしには永遠の至福がありえない愛を私達の中で破壊します。悔い改めないならば、永遠の死を招きます」「それ自体が人間が目指す究極目的である愛徳と相反する事柄に意思が向かう時は、その対象故に大罪に値することになります。……神への愛に背く冒涜や偽証に類するもの、あるいは隣人愛に背く殺人や姦淫などがそうです」とされている[2]。万一、告解を受けずに、あるいは受けられずに、大罪の状態にありつつ死期を迎えた場合には、救われる為には「完全な痛悔」を必要とするが、これは簡単ではないとされる。
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具体例 [編集]
よく知られる罪 [編集]
上述したように能動的で積極的な神や信仰(カトリックにおいてはカトリック信仰)への冒涜、両親を殴る行為、他人の大きな被害を与える深刻な名誉棄損は大罪の要件を満たすものである[3]。
言葉による罪 [編集]
偽りの誓いを立てる行為は、無限の真理である神を嘘の証人に立てることになるので、大罪となるとされる[4][5]。
信仰に反する罪 [編集]
安息日に、止む得ない事情によらず、重い労働をすることは第三戒に反する大罪とされる。具体的に禁じられている労働とは、精神よりも肉体を使ってするもので、耕作、土木、建築、機械工作、運送などを指す。ただし、短時間の労働であれば罪は軽くなり、また止むに止まれぬ事情の場合、司祭の許可を受けることで規制は免除される、とされる[6]。また、神を試みる行為も大罪とされ、特に例えば、神を否定する目的でもし神がいるなら、と宣言したり、5分の猶予を与えるから5分以内に自分を殺してみよ、などと明白に意図的に神を試す言動などは、例外なく大罪が成立する。これほど明白にではないが、人を病や危険から救うのが神だから、などとした理由で、適切な治療を拒否したり、自らを芸当で危険に晒したりする場合も、暗黙の神を試す行為とされ、その要件が重大である場合には大罪になるとされる[7]。霊的な意味で絶望し、自分は決して許されず救われない、神の恩恵に協力できない、など神がその人を放り出したという考えに屈することも、神の慈愛に反する大罪とされる[8]。また、悪い意志をもって秘跡に与る者も、秘跡の恩恵を受けないだけでなく、涜聖行為を進んで犯すため、大罪になり[9]、大罪があると知りながら敢えて聖体拝領に与る場合や[10]、告解で大罪を故意に隠す場合も[11]、これに含まれる。
他人を傷つける罪 [編集]
人を殺す行為は、神だけが持っている人間の生命に関する崇高な権利を不当にも奪うことになる為、大罪になる。これには自分自身を殺す自殺や、堕胎(中絶)[12]、受精卵を殺す避妊薬の使用も含まれ、ただし、正しい戦争で戦う時、国家の命令で死刑を執行する時、不当な侵略者に対して正当防衛をする時はこれには当たらないとされる[13]。また、窃盗は規模や回数が大きかったり、一般的に僅かしか価値のないものでも他人に大きく損失を与えるような対象の場合には、大罪になる[14]。自明であるが、婦女暴行も大罪である[15]。
他人を躓かせる罪 [編集]
他人の霊魂に躓きを与える行為は大罪になるとされ、躓きとは、他人に罪を犯す機会を言葉、行い、怠りによって与えることを指す[16]。また、怠慢によって子供に洗礼を授けないまま死なせた場合は子供から永遠の命を奪うことになることから大罪になるとされ、洗礼を意図して遅らせる場合にも、その危険を子供にさらすことになる為、同様であるとされる[17]。
貞潔に反する罪 [編集]
貞潔に反する罪は、人間を動物と同じ状態に堕落させることになり、多くの罪や悪徳に誘い込む為に大罪になる[18][19][20]。これには、不倫や婚前交渉、同性愛、近親相姦の他に自慰も含まれ[21]、こうしたことを防ぐ為には、怠惰、悪い交際、悪書やポルノ、不節制、猥らな娯楽やいかがわしい会話など罪の機会となる行為全てを避けなくてはならない、とされる[22]。また、教会で結婚の秘跡に与らないなど、民法上は有効であっても、教会法上は無効な結婚や事実婚をする男女は常に大罪を犯し続ける状態に当たるとされ、その夫婦行為は神と教会の掟に反する行為とされる[23][24]。
不節制・怠慢の罪 [編集]
金品を賭けて賭博を行う場合、それが常習的で扶養家族に著しい不利益を与えるような場合には、大罪になることがあるとされる[25]。また、貪欲が過ぎ、それが正義や愛の義務に著しく反する時には、大罪になる[26]。過度の飲酒・酩酊も同様で、それが医学的な適切な理由なしに、理性の働きを完全に失うほど行う場合には、大罪になる[27]。
基本的な構成要件 [編集]
大罪とは、重大な事柄について、はっきりと意識し、完全に承諾して犯す罪をさし、重大な事柄とは基本的には十戒や教会の掟に著しく背くようなものを指す[28]。例えば、上述のことごとを知りつつ、意図しつつ、行う場合には、カトリック的には大罪になるが、これらは一例であり、他のケースであれ、要件によっては大罪は成立する。また『カトリック教会のカテキズム』によると、「無知を装い、心を頑なにして行われたものであれば、その人の罪はますます重いものになります」とし、偽装された無知は大罪の成立阻害には当たらないことを記している[29]。同カテキズムでは、「意図的に小罪を犯し、悔い改めないままでいると、徐々に大罪を犯す傾向へと流されていきます」と警鐘を鳴らしている[30]。
関連項目 [編集]
参考文献 [編集]
- ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年
- 日本カトリック司教議会・教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、pp.554-558
- 『聖ピオ十世公教要理詳解』632-634、951-955
脚注 [編集]
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』632-634
- ^ 日本カトリック司教議会・教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、1874、1856
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.207
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』384
- ^ 日本カトリック司教議会・教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、p.554
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』396-398
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、pp.44-45
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.196
- ^ 中央出版『公教要理』第五十四課、秘跡、393
- ^ 中央出版『公教要理』第五十九課、聖体拝領、443
- ^ 中央出版『公教要理』476
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.242
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』413-415、419
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』442-446
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.265
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』417-418
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』562-564
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』427
- ^ 中央出版『公教要理』第三十七課、第六誡
- ^ 日本カトリック司教議会・教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、p.554
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、pp.112-113
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』425-432
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』853-855
- ^ 中央出版『公教要理』526
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、pp.234-235
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.237
- ^ ジョン・ハードン編『カトリック小事典』エンデルレ書店、1986年、p.237、p.295
- ^ 『聖ピオ十世公教要理詳解』701-702
- ^ 日本カトリック司教議会教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、p.555
- ^ 日本カトリック司教議会教理委員会『カトリック教会のカテキズム』カトリック中央協議会、2002年、p.556