エクス=アン=プロヴァンス

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Aix-en-Provence
Blason ville fr Aix-en-Provence.svg
Aix-en-Provence Place Hotel de ville 1 20061228.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
(département) ブーシュ=デュ=ローヌ県
(県庁所在地)
(arrondissement) エクス=アン=プロヴァンス郡
(郡庁所在地)
小郡 (canton) 3小郡の小郡庁所在地
INSEEコード 13001
郵便番号 13100 又は 13090
市長任期 マリーズ・ジョワサン=マシニ
2008年-2014年
自治体間連合 (fr) Communauté d'agglomération du Pays d'Aix
人口動態
人口 143 404人
2007年
人口密度 766人/km²
地理
座標 北緯43度31分52秒 東経5度27分14秒 / 北緯43.531127度 東経5.454025度 / 43.531127; 5.454025座標: 北緯43度31分52秒 東経5度27分14秒 / 北緯43.531127度 東経5.454025度 / 43.531127; 5.454025
標高 平均:173 m
最低:73 m
最高:501 m
面積 186.08km² (18 608ha)
Aix-en-Provenceの位置(フランス内)
Aix-en-Provence
Aix-en-Provence
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エクス=アン=プロヴァンスまたはエクサンプロヴァンス: Aix-en-Provence[† 1])は、フランスブーシュ=デュ=ローヌ県の古都。略称はエクス: Aix)。プロヴァンス伯爵領の首都として古くから繁栄し、現在は学術・芸術都市としてプロヴァンス地方の観光の拠点となっている。

画家ポール・セザンヌの出身地として日本でも知られ、彼の出生、臨終の家、墓所とアトリエが現存する。

地理[編集]

サント=ヴィクトワール山(montagne Sainte-Victoire)の西、マルセイユの30kmほど北(北緯43度31分53秒、東経5度25分24秒)に位置する、アルク川とトルス川によって作られた盆地の中にある都市。 ロトンド大噴水に発するミラボー大通り(Cours Mirabeau)の北側が旧市街(商業地)になっている。

気候[編集]

地中海性気候に属するが、盆地のため、冬は氷点下、夏は40度以上になることもある。平均気温は、冬季は摂氏5~6度、夏季は22度、年間では17度である。年間を通して晴天の日が多く、年間の平均晴天日数は300日を数える。

交通[編集]

歴史[編集]

紀元前123年ローマコンスル、ガイウス・セクスティウス・カルウィヌス(Gaius Sextius Calvinus)によって、この地が「アクアエ・セクスティアエ」(Aquæ Sextiæ:セクスティウスの水、の意)と名づけられたのが現在のエクスの起源である(現称エクスはアクアエが転訛したもの)。紀元前102年には、エクス一帯はガイウス・マリウス指揮下のローマ軍がチュートン人たちを撃破した戦い(アクアエ・セクスティアエの戦い)の舞台となった。

4世紀にはガリア・ナルボネンシスの首都となったが、477年には西ゴート族によって占領された。その後も、フランク族ロンバルド族らの侵攻を相次いで受け、731年にはサラセン人イスラム帝国)に侵略された。12世紀になると、アンジュー家アラゴン家の下で文化的な中心地となり、とりわけプロヴァンス伯でもあったルネ・ダンジューの時代の繁栄が知られる。

1486年に、プロヴァンスの他の地域とともにフランス領となり、1501年ルイ12世がこの都市にプロヴァンスの高等法院(parlement)を設置した。

観光[編集]

  • 毎年夏に世界屈指のオペラ祭、エクサン・プロヴァンス音楽祭が開かれ、約1ヶ月にわたり世界中から多くの観光客が訪れる。エクスの3つの劇場を主会場に、市庁舎の中庭やカテドラル、政治研究学院大講堂などで数々のオペラやコンサート、イベントが演じられる。60回目の開催となった2008年には、創設者とその後継者たちを顕彰する記念開催として盛大に執り行われた。
  • ラテン語のアクア(水)から転訛したエクスの名が示すとおり、街中の至る所に大小の噴水が湧き出している。中でもミラボー大通り(Cours Mirabeau)にあるロトンド大噴水、温泉の湧く苔むした噴水、ルネ王の噴水、マザラン地区にある4頭のイルカの噴水、旧市街の市庁舎の噴水、アルベルタの噴水など一見に値するものが多々ある。また、旧市街北西部の中世の要塞跡の近くにはボルゲーゼ王妃ことポーリーヌ・ボナパルトナポレオンの妹)やピカソウィンストン・チャーチルなども訪れた、約34度の源泉を用いた温泉治療施設がある。
  • 市内には、この地出身のフランソワ・マリウス・グラネの名を冠したグラネ美術館(Musée Granet)をはじめ、陶器を展示したアルボー美術館、古きエクスの美術館(Musée du Vieil-Aix)、タピスリー美術館、自然史博物館(Muséum d'histoire naturelle)、パヴィヨン・ド・ヴァンドーム(Pavillon de Vendôme)、ヴァザルリ美術館(Fondation Vasarely)などが存在する。また郊外には古代のケルト人都市の遺跡、オッピドゥム・ダントルモン(Oppidum d'Entremont)がある。
  • ポール・セザンヌのお膝元として、市内のゆかりの地を巡る観光ルートがある。彼の生家を起点としてルート上の市内の歩道に点在しているセザンヌ(Cézanne)のCの文字が施されたブロンズ製のタイルを順に追うことによって、15ヶ所のセザンヌゆかりの地を巡ることが出来る。
  • セザンヌの作品は現在世界各所の美術館などに散っており、エクスでは前述のグラネ美術館で、一点鑑賞できるのみである。
  • リシュルム広場の常設青果朝市をはじめとして、青果、花卉、古本、家具、工芸品、衣類、雑貨、秋季限定でキノコ野禽(ジビエ)、冬季限定でサントン人形、クリスマスツリー用のモミの木など多彩な市が、ミラボー大通りやセクスティウス通り、市庁舎広場、プレシュール広場、ヴェルダン広場など市内各所で、何らかの市が毎日催されている。朝市は13時頃まで、夕市は18時頃まで開かれている。
  • セザンヌが生涯描き続けた、エクスの東約20kmに位置する標高1011mのサント=ヴィクトワール山(Montagne Sainte-Victoire)。石灰岩質の山肌の為、日中は白く輝き、夕刻には紅に染まる。幾つも登山道があるが、ヴォヴナルグとル・トロネから標高945mのプロヴァンスの十字架までの登山道が適度の難易度で人気がある。近辺には、同様にモチーフとなったシャトー・ノワールやビベミュスの石切り場(Carrières de Bibémus)、ゾラのダム(Barrage Zola)、ビモンのダム(Barrage de Bimont)が点在する。

エクスと能[編集]

1994年、エクスの芸術学校構内に日本以外の国では唯一の総舞台が日本より移築され、前述のエクス=アン=プロヴァンス国際音楽祭の一環として、この舞台で移築に尽力した喜多流狩野丹秀一門の演能が行われている。 

名産[編集]

カリソン・デクス
比較のための1ユーロ硬貨と
  • カリソン・デクス(Calissons d'Aix) 15世紀半ば以来のこの地の名を冠した特産品。昔からの特産であったアーモンドを細かく挽いたものと砂糖漬けメロンのペーストを混ぜ合わせたものを菱形の型に入れ、グラスロワイヤルと呼ばれる砂糖卵白を混ぜ合わせたもので糖衣を施したコイン大のお菓子。プロヴァンス地方のクリスマスに食べられる13のデザートの代表格である。1995年より毎年、エクス旧市街・マザラン地区にあるサン・ジャン・ド・マルト教会(マルタ騎士団教会)でカリソンの祝福が行われている。当地のカフェコーヒーを頼むと、サービスで供される店もある。

教育[編集]

エクス=アン=プロヴァンスでは、ルイ2世・ダンジューが1409年に大学設置の勅許状 (Royal charter)を発布しており、現在では多数の高等教育機関を擁する学園都市である。エクス=マルセイユ大学は、2012年に合併により発足したもので、フランス及びフランス語圏で最大の学生数を擁する。

有名人[編集]

出身[編集]

ゆかりの人物[編集]

1434年よりプロヴァンス伯、エクスで文学サロンを主宰、この地で没す
エクスで1772年結婚1783年離婚1789年に全国三部会に選出される
エクスで少年時代を過ごし、ポール・セザンヌと親交を深める

ギャラリー[編集]

姉妹都市[編集]

エクス=アン=プロヴァンスは以下の姉妹都市と提携している(提携順):

脚注[編集]

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  1. ^ フランス語発音: [ɛksɑ̃pʁɔvɑ̃ːs] エクサンプロヴァーンス

外部リンク[編集]