筋萎縮性側索硬化症

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筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、英語:amyotrophic lateral sclerosis、略称:ALS)は、重篤な筋肉萎縮筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。極めて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する(人工呼吸器の装着による延命は可能)。治癒のための有効な治療法は現在確立されていない。

MLBの国民的人気選手であったルー・ゲーリッグ1941年に死亡)がこの病気に罹患したことから別名「ルー・ゲーリッグ病 (Lou Gehrig's disease) 」とも呼ばれ[1]、彼の死後に公開された映画打撃王(原題:The Pride of the Yankees)などによって、主にアメリカ合衆国で一気に知られるようになった[2]。ゲーリッグの死は「Coal Tar Elastomeric Membranes 」(CTEM)という頭部外傷による別の疾患であったとの説も唱えられているが[3][4]、こうした説に対してもCTEMは特殊な状態の組み合わせでしか発症しない極めて稀な病気であるためにその可能性は低いという反論がされている[5]。この病気は2014年アイス・バケツ・チャレンジの広まりによって再注目されることになった。

ICD-10ではG12.21。日本国内では1974年特定疾患に認定された指定難病である。

1年間に人口10万人当たり1~2人程度が発症する。好発年齢は40代から60代で、男性が女性の2倍ほどを占める。

疫学[編集]

日本では三重県和歌山県の南部(紀南地方)に多く発症する事が報告されており[6]、近代以前は風土病として恐れられていた。一時は生活習慣の改善などで減少が期待された事もあったが、1997年の調査では依然として多発地域とされている[7]。海外ではグアムが多発地域であるが、三重県や和歌山県の場合と異なり徐々に減少傾向にある[8]

90%程度が遺伝性を認められない孤発性である。残り10%程度の遺伝性ALSでは、一部の症例に原因遺伝子が同定されている。遺伝性ALSの20%程度を占めるとされる、常染色体優性遺伝のALS1は21番染色体上のSOD1(スーパーオキシドジスムターゼ1遺伝子)に突然変異がある。

病理[編集]

初めて報告されたのは19世紀であり、長らく原因不明とされてきた。グルタミン酸が興奮性の神経伝達物質として働き、運動ニューロンを過剰刺激して細胞死を起こすという説(グルタミン酸仮説)があり、現在認可されている治療薬リルゾールはこの仮説に基づいて開発された。ヒト変異SOD1を発現するマウス(SODマウス)は筋力低下と筋萎縮を示して死亡することから、ALSのモデル動物として研究されている。現在までに次のような病態が明らかにされた。この他、環境因子の関与、神経栄養物質の欠乏説、フリーラジカル説などが考えられている。

  1. タンパク質の異常凝集
  2. 異常タンパク質の分解系の異常
  3. ミトコンドリアの異常
  4. かつて血管拡張因子と考えられていたタンパクの機能異常
  5. スーパーオキサイドの過剰産生による(周辺細胞を含む)細胞死

SOD1マウスで延命効果があった多くの治療が臨床治験に至っている。

また、近年TDP-43というタンパク質の異常蓄積によるものという説が提唱されている。SOD1遺伝子変異のない家系の中に、TDP-43遺伝子変異のある患者が見られた[9]。また、非遺伝性のほとんどのALSの患者にTDP-43が神経細胞の細胞質内に異常に凝集し蓄積していることも発見されている[10]

臨床像[編集]

運動系が広範に障害され、特に錐体路について上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方による徴候を呈する。感覚系自律神経系の障害は通常認めない(陰性徴候)。きわめて速く進行し、症例の半数ほどが発症後5年以内に呼吸筋麻痺を起こし、自力で呼吸ができなくなって死亡する。

下位ニューロンの障害による徴候は、頭頸部(脳神経による)・四肢(脊髄神経による)の筋萎縮・筋力低下・線維束性収縮が目立つ。四肢筋萎縮は上肢遠位筋に顕著である。脳神経の障害で構音障害・嚥下障害・舌萎縮(球麻痺)が現れる。腱反射は低下する。典型例では下位ニューロンの障害が上位ニューロンの障害よりも先に、しかも強く現れる。

上位ニューロンの障害による徴候は、四肢の筋萎縮(上肢よりも下肢に顕著)、球麻痺、強制号泣・強制失笑、腱反射・下顎反射亢進などである。上位ニューロンの障害が強い症例では、反射が亢進することも、下位ニューロンの障害によって消失していることもある。

古典的ALSの臨床像は典型的な場合は一側上肢遠位部の手内筋の筋力低下からはじまり、筋力低下や筋萎縮はやがて多肢におよび、近位筋や舌にも広がって最終的には四肢麻痺の状態にひろがる。上位ニューロン障害と下位ニューロン障害が解剖学的に独立に進行するため、運動症状の経過は多様性に富む。下位ニューロン障害はまずは一側の局所的部位から反対側へ、続いて同側の上下方向に進行する場合が多い。上位ニューロン障害はまずは同側の上下に進行し、続いて反対側へ広がることが多いとされている。

陰性徴候として、感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥瘡がある。すなわちALSでは通常これらの徴候が現れない。ただし少数の症例で感覚障害や、錐体外路徴候がみられる。

認知症を併発するケースも少数にみられる。ただし多くの患者の認知機能は正常に残存し、その為に大きなストレスの原因となる。

その他、硬く光沢のある皮膚や、発汗に異常を呈することがある。

診断[編集]

鑑別診断として

などを除外せねばならない。ALSと診断された後に他の治療可能な疾患と判明した例が少なくない。このような例では治るはずだった疾患を見過ごすことになるから、他の疾患を除外することは非常に重要である。特に上位ニューロン障害と下位ニューロン障害両方をきたす疾患として、孤発性ALS、家族性ALS以外にライム病ガングリオシドーシスであるHexosamnidase欠損症があるほか、筋力低下や筋萎縮が左右非対称に緩徐に進行する疾患として多巣性運動ニューロパチー封入体筋炎、脊髄進行性筋萎縮症、post polio myelitisなどがあげられる。

身体所見[編集]

ただし、線維束性収縮が単独の症状として現れることはなく、必ず他の所見を伴う。
  • 反射の現れかたによって上位ニューロンの障害か下位ニューロンの障害かを見分けられる。初期は反射が亢進し、筋萎縮が進むと低下するという例が多い。特にバビンスキー反射の出現は上位ニューロンの障害を強く示唆する。
  • 徒手筋力検査で筋力の低下を見る。筋萎縮がみられない、もしくは廃用性萎縮がある場合は上位ニューロンの障害が示唆される。早くから高度な筋萎縮がある場合は下位ニューロンの障害が示唆される。
  • 陰性徴候がない。感覚障害・眼球運動障害・膀胱直腸障害・褥瘡の4つはALSの4大陰性徴候と呼ばれ、病初期の診断基準として重要である。ただし、人工呼吸器による延命でさらに病態が進むと、眼球運動障害などが現れることもある。

神経伝導検査[編集]

伝導速度活動電位を調べる。運動線維のみで活動電位が低下し、伝導速度は運動線維・感覚線維ともに正常である。ただし頸椎症を合併して非典型的所見を示すことも多い。

筋電図検査[編集]

神経の障害が疑わしい部位で、電位振幅が大きくなり、多相性電位が現れる。

血液検査[編集]

HAMなら抗HTLV-I抗体が出る。

画像診断[編集]

脊髄MRIによって脊髄の疾患を除外する。

治療[編集]

根治を期待できる治療法は現在ない。グルタミン酸放出抑制剤のリルゾール(商品名リルテック)は進行を遅らせることが確かめられており、健康保険の適用になる。他に、メチルコバラミンビタミンB12誘導体)超大量療法も試みられることがある。対症療法として、呼吸筋麻痺が起こると人工呼吸器を装着する。嚥下障害があると、栄養管理のため胃瘻中心静脈栄養を使う。その他、QOL向上をはかって、流涎や強制失笑に対する薬物療法を行うこともある。

iPS細胞の援用による治療の可能性[編集]

京都大学iPS細胞研究所井上治久准教授はALS患者から採取した皮膚細胞からiPS細胞を作り運動神経の細胞に変化させたところ変性TARDBP-43が蓄積し神経突起の成長を抑制していることを突き止めた。これに対しanacardic acidを投与すると変性TARDBP-43が減少し、突起の成長が促されることを確認した。これは将来的なALS治療の可能性を示唆するものである[11]

予後[編集]

呼吸筋麻痺を起こすと、延命治療として気管切開による人工呼吸器の選択が検討される。 人工呼吸器装着後も麻痺は進行し、末期には眼球運動も麻痺し、本人意思の確認は極めて困難になる。

なお、身体障害者手帳の等級変更に注意を払う必要がある。 身障手帳は診断時障害のみが反映されるため、進行性疾患では必要な給付がすぐに受けられない場合がある。

意思の疎通[編集]

人工呼吸器装着に伴い、会話ができなくなると、眼球運動を介助者が読み取り、文字盤を利用するなどしてコミュニケーションを行う。 また、本人の意思による筋の収縮、あるいは脳波などが検知できる場合は、重度障害者用意思伝達装置の使用が検討される。導入効果は早期であるほど高い。

発話障害が進行する前に声を録り貯めておき、のちのちの音声コミュニケーションで生かす取り組みがある。

脳震盪とALS[編集]

頭部への衝撃によってALSと臨床的に区別できない類似の病態がもたらされるとの説が近年唱えられている[3][4]

アイス・バケット・チャレンジ[編集]

2014年にアメリカ合衆国で始まったALS支援運動。バケツに入った氷水を頭からかけている様子を撮影し、それをフェイスブックなどの交流サイトで公開する、あるいは100ドルをALS支援団体に寄付する、あるいはその両方を行うかを選択する。そして次にやってもらいたい人物を3人指名し、指名された人物は24時間以内にいずれかの方法を選択するというもの[12]

ALSに罹患した著名人[編集]

太字は存命人物

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「アメリカ野球雑学概論」『週刊ベースボール2009年4月20日号、ベースボール・マガジン社2009年雑誌20445-4/20、68頁。
  2. ^ The Golden West Chapter to Honor Gary Cooper for “Pride of the Yankees”and for Raising International Awareness About ALS/Lou Gehrig’s Disease” (英語). ALSA.org. 2014年10月13日閲覧。
  3. ^ a b 脳震盪とALS 日経サイエンス 2012年5月号
  4. ^ a b アメリカ医療の光と影 第267回 米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(7) 李 啓充
  5. ^ Namesake Disease May Not Have Killed Lou Gehrig” (英語). TIME. 2014年10月13日閲覧。
  6. ^ 紀伊半島のALS 三重大学医学部神経学科
  7. ^ 同上
  8. ^ 紀伊半島のALSとPDCの原因 三重大学医学部神経学科
  9. ^ 家族性筋萎縮性側索硬化症におけるTDP-43遺伝子変異 『ALS/LIVE FOR TODAY TOMORROW』 ALS疾患啓発委員会
  10. ^ 神経難病ALSとSMAに共通した病態メカニズムを発見-DNAから成熟RNAを合成するスプライシング反応の破たんが細胞死を誘因- 独立行政法人理化学研究所
  11. ^ Drug Screening for ALS Using Patient-Specific Induced Pluripotent Stem Cells in Science Translational Medicine
  12. ^ “氷水かぶり Coolに難病支援/セレブ続々動画投稿 寄付7億円超”. SankeiBiz. (2014年8月18日). http://www.sankeibiz.jp/express/news/140818/exd1408180000001-n1.htm 2014年8月20日閲覧。 
  13. ^ 前述の通り、別の病気であったという説も提出されている。

参考文献[編集]

  • Kihira T, Yoshida S, Hironishi M, Miwa H, Okamato K, Kondo T. Changes in the incidence of amyotrophic lateral sclerosis in Wakayama, Japan. Amyotroph Lateral Scler Other Motor Neuron Disord. 2005 Sep;6(3):155-63.
  • 小長谷正明『ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足―神経内科からみた20世紀』中公新書、1999年
  • 田崎義昭・斎藤佳雄、坂井文彦改訂『ベッドサイドの神経の診かた』第16版、南山堂、2004年、ISBN 4-525-24716-9
  • 日本ALS協会・編『新ALSケアブック―筋萎縮性側索硬化症療養の手引き』川島書店、2005年、ISBN 4761008288
  • 「生きる力」編集委員会・編『生きる力 ― 神経難病ALS患者たちからのメッセージ』岩波ブックレット、2006年、ISBN 4000093894
  • 立岩真也『ALS 不動の身体と息する機械』医学書院、2004年、ISBN 4260333771
  • 植竹日奈他『「人工呼吸器をつけますか?」――ALS・告知・選択』メディカ出版、2004年

外部リンク[編集]