ジェイソン・ベッカー

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ジェイソン・ベッカーJason Becker1969年7月22日 - )は、主にヘヴィメタルの分野で活動しているギタリスト作曲家。現在は筋萎縮性側索硬化症の闘病生活をしながら、音楽活動をしている。

目次

[編集] 来歴

[編集] カコフォニー時代

ギタリストであった父の英才教育を受け幼少の頃からギターに親しみ、17歳の時にシュラプネル・レコーズの社長のマイク・ヴァーニーにデモテープを送る。この時ヴァーニーはそのギターの才能に惚れ込み、同時期に同じレーベルで活動していたマーティ・フリードマンにベッカーを紹介して参加させる。こうして結成されたのがカコフォニーであった。

そしてカコフォニーは1987年にデビューアルバム『スピード・メタル・シンフォニー』でデビューを飾る。アルバムは概ね好評であり、ジェイソン・ベッカーとマーティ・フリードマンのツインギターは話題となった。

1988年にはアルバム『パーペチュアル・バーン』でソロ・デビューし、速弾きブームが過熱していた当時のシーンに一石を投じた。クラシック音楽を基にした音楽性ではあるが、"Air"では対位法を用いるなど、他の速弾きギタリストとは一線を画したプレイを披露している。 この時来日公演を果たしている。埼玉県・川口市にあったMONSTER PRODUCTIONSが招聘元で、同社が運営していたライブハウスでの公演である。 この模様はテレビ埼玉SSCという番組で放送されている。 翌年、再来日しJasonはモンスターに出演しているバンドとのソロ公演も行なっている。ジェフベックのカバーを中心に演奏し、やはりテレビ埼玉で収録・放送されている。 この時愛用していたギターはCARVINと言う、アメリカ・サンディエゴにあるギターメーカーであった。 ジェイソンやマーティーがきっかけとなり、CARVINの輸入元はモンスタートレーディングとなっていた。

同年、カコフォニーは2ndアルバム『ゴー・オフ!』を発表するが、その後バンドは解散。

解散後、スティーブペリーのオーディションや数々のバンドの引き合いを受けていた。 最終的に元ヴァン・ヘイレンデイヴィッド・リー・ロスのバンドに参加する事になり、これからの活動が期待された。

[編集] 闘病

1990年、アルバム『ア・リトル・エイント・イナフ』レコーディング中に左手足に脱力感を持ち、それが悪化していく。アルバムは完成したものの、ライブには参加できずにバンドを去る。その症状は筋萎縮性側索硬化症によるものと判明。この時、多くの有名なミュージシャンらが治療費などを集めるためにベネフィット・コンサートを開いたものの症状の悪化は避けられず、表舞台からは次第に遠のいていった。

1995年に病に侵されながらも2ndアルバム『パースペクティヴ』を完成させる。あまりギターを弾けない状態であった為、同アルバムのハイライト曲の1つ"エンド・オヴ・ザ・ビギニング"において、マイケル・リー・ファーキンスが代わって演奏するという異例のパターンで製作された。

[編集] 現在

その後も病状は進行し続けており、『パースペクティヴ』発表時には可能だった会話も、機械を通して行わなければならない状態までに至っている。

ここ最近では、未発表曲を集めたアルバムが2枚発表された。また、シュラプネル・レコーズに在籍していた頃からの盟友や、彼を尊敬するミュージシャン達によるトリビュート・アルバムが製作された。 2008年11月、シュラプネル・レコーズより、カコフォニー、ソロ、デイヴィッド・リー・ロス時代の曲を収録したベスト盤、『コレクション』を発表。同アルバムには新曲が3曲収録されており、ギターソロで、マーティ・フリードマン、スティーヴ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニ、グレッグ・ハウらが参加している。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] ジェイソン・ベッカー

[編集] カコフォニー

[編集] デイヴィッド・リー・ロス

[編集] 外部リンク

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