安藤美姫

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Pix.gif 安藤 美姫
Miki ANDO
Figure skating pictogram.svg
Cup of Russia 2010 - Miki Ando (2).jpg
2010年ロシア杯SPでの安藤
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1987年12月18日(26歳)
出生地: 愛知県名古屋市
身長: 162 cm[1]
体重: 50 kg
元コーチ: ヴァルター・リゾ[2]
ニコライ・モロゾフ
キャロル・ヘイス・ジェンキンス[3][1]
樋口豊[3][1]
西田美和[3]
佐藤信夫[4][3]
佐藤久美子[5]
小塚幸子[4][3]
門奈裕子
元振付師: ナタリア・ベステミアノワ
イゴール・ボブリン
リー=アン・ミラー
ニコライ・モロゾフ
デヴィッド・ウィルソン[1]
佐藤久美子[3]
マリーナ・ズエワ[3]
門奈裕子[3]
所属クラブ: 新横浜プリンスクラブ
引退: 2013年12月23日
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 201.34 2011 四大陸選手権
ショートプログラム: 67.98 2007 世界選手権
フリースケーティング: 134.76 2011 四大陸選手権
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界選手権
2007 東京 女子シングル
2009 ロサンゼルス 女子シングル
2011 モスクワ 女子シングル

安藤 美姫(あんどう みき、ラテン文字:Miki Ando, 1987年12月18日[1] - )は、日本の元フィギュアスケート選手(女子シングル)。

2007年2011年世界選手権優勝。2006年トリノオリンピック、2010年バンクーバーオリンピック日本代表。2002年ジュニアグランプリファイナルにおいて、ISU公式大会で女子選手として史上初の4回転ジャンプを成功させた[1]

人物

愛知県名古屋市出身。中京大学附属中京高等学校卒業[6]。これまでの所属クラブは名東FSC、オリオンFSC[4]。高校卒業後はトヨタ自動車に入社し、同時に中京大学体育学部に社会人学生として入学、2011年平成23年)3月に卒業した[7]

スケート教室入会の直後に父親を亡くしている[8]トリノオリンピックシーズンのショートプログラムでは父親に捧げる「戦場のメリークリスマス」を選曲[9]。愛用しているネックレスのリングは父親の結婚指輪で、心の支えにしている[10]

尊敬するスケーターは荒川静香ミシェル・クワン[11]。荒川静香や中野友加里鈴木明子武田奈也らとはプライベートでも非常に仲が良い。海外のスケーターとも仲が良く、特にジョアニー・ロシェットカロリーナ・コストナーはジュニア時代から一緒の試合に出ていた同年代のスケーターだったため親交が深い[12]

他には歌手の絢香とは生年月日が同じで親交も深く、2007年世界選手権のエキシビションでは共演している[13]

大のスヌーピー好きとして知られる[14][15]

ディズニーキャラクタースティッチに似ていると言われている。バンクーバーオリンピックの時には、ファンからもらったスティッチのぬいぐるみをバンクーバーへ一緒に持って行った[16]

安藤美姫の代名詞的ニックネーム『ミキティ』の名付け親は、ニュースキャスター安藤優子である[17]。小学生時代はバードウォッチング部のクラブ活動をしており、「鳥と会話出来る」ことも明かしている[18]

2013年1月1日付でトヨタ自動車を退社した。安藤の側から「2011・2012年の2年間、公式戦に出場できなかったため社員の義務を果たせなかった」と申し出て、契約満了となったものである[19]

2013年4月3日に女児を出産し、これを同年7月1日放送の報道ステーションANN系列)のインタビューで公表した[20]

技術・演技

力強さと女性的な美しさを併せ持ち[21]、主要国際競技会で4回転ジャンプ(サルコウ)を成功させた唯一の女子選手である。2001年から練習を始め、「練習中に、遊びでやってみたらできちゃった」のだという[22]。3回転ジャンプはアクセルを除く5種類をクリーンかつ正確に跳ぶことができる。以前はフリップをアウトサイドエッジで踏み切っていたが、2007-2008シーズンから踏み切りの矯正に成功しており、エッジエラーの判定を受けたことがない数少ない選手のうちの1人である。ジュニア時代の練習では、競技会で成功させている4回転サルコウに加え、4回転ループ、4回転トゥループ、3回転アクセルを成功させていたが、現在の練習でも取り組んでいるのは4回転サルコウと3回転アクセルのみである[23][24][25]

ジャンプコンビネーションの組み合わせも非常に多彩であり、ISUジャッジングシステム施行前には3回転ルッツ-3回転ループと3回転トゥループ-3回転トゥループの2種類で成功している。ジャッジングシステム施行後は、3回転-3回転のコンビネーションジャンプはルッツ-ループとフリップ-ループ[26]の2種類で成功しており、また2回目のループジャンプが若干の回転不足ながらサルコウ-ループとトゥループ-ループの着氷にも成功している。3回転ルッツ-3回転ループは、ISU公認の競技会では他にイリーナ・スルツカヤアデリナ・ソトニコワしか成功していない。また、2回転半アクセル-3回転トゥループのコンビネーションも成功させており、2回目のジャンプに3回転のトゥループとループの両方を付けられる数少ない選手のうちの1人である。練習では3回転ルッツ-3回転ループ-3回転ループ、2回転半アクセル-3回転ループなどの難しいコンビネーションも成功させている。

2006-2007シーズンから2010-2011シーズンにおいては、基本的に試合にはニコライ・モロゾフだけが帯同するが、ジャンプが崩れたときには電話で門奈裕子のアドバイスを求めている。モロゾフも門奈の指導に信頼をおいており、練習中で門奈がいる場合は安藤のジャンプに関して何も言わず、門奈の指導を黙って聞いているという[27]

経歴

幼少期

友人に誘われ、8歳でスケートを始める[4]。当時のコーチに勧められて門奈裕子のもとに移り、翌年には2回転アクセルを、その翌年には3回転サルコウと3回転トウループを習得[4]1998年平成10年)に全日本ノービス選手権Bクラスで3位となり、1999年平成11年)の同大会Aクラスで優勝した。2000-2001シーズンから新横浜の佐藤信夫コーチに師事し、3回転ルッツ-3回転ループを跳ぶようになる。全日本ノービス選手権Aクラスを連覇し、2つの国際競技会で優勝した。

4回転サルコウ成功

2001-2002シーズン、全日本ジュニア選手権優勝、ISUジュニアグランプリ (JGP)JGPファイナルを含む3戦全てで優勝し、華々しいジュニアデビューを飾る。シニアの全日本選手権でも3位に入った。2002-2003シーズンのJGPファイナルでは、フリースケーティングで女子シングル史上初の4回転サルコウに成功。

2003-2004シーズンはJGPファイナルで2季ぶりに優勝。全日本ジュニア選手権では4回転サルコウを成功させ、荒川静香以来史上2人目となる3連覇を達成した。全日本選手権では4回転サルコウ、3回転ルッツ-3回転ループ、3回転トーループ-3回転トーループを入れた1クワド6トリプルの構成を完璧に成功させ、村主章枝、荒川静香らを抑えて初優勝。世界ジュニア選手権2002年大会から毎年1つずつ順位を上げ、2004年大会でついに優勝を果たした。世界選手権でも4位と健闘した。

トリノオリンピック

2004-2005シーズンから参戦したグランプリシリーズ (GPシリーズ) では、スケートアメリカNHK杯中国杯の3戦に出場。NHK杯のフリーでは会心の演技を披露する。また、フリーの冒頭では3回転ルッツ-3回転ループ-2回転トゥループという女子では最高難易度のコンビネーションを成功させ、GOEと合わせて15.2点という高得点を記録する。[28]これは現在でも1度のジャンプでの歴代最高得点である。GPシリーズの活躍もあり、1季目ながらGPファイナルに進出し、4位となる。全日本選手権では2連覇を果たした。冬季国体では、安藤を見るために競技会場の収容能力をはるかに超える観客が詰め掛け、入場制限が掛けられた[29]世界選手権は6位。

2005年5月からアメリカに練習拠点を移し、キャロル・ヘイス・ジェンキンスの指導を受ける。2005-2006シーズンのGPシリーズロシア杯NHK杯に出場。ロシア杯ではジェンキンスの下で伸ばした表現力が評価され、演技構成点で以前よりも高い得点を得られるようになり、総合得点ではパーソナルベストを更新した。GPファイナルでは4位となった。全日本選手権では6位に終わったものの、五輪代表選考のポイントでは総合3位となり、トリノオリンピックの代表に選出された。トリノでは、前年末に骨折した右足小指が完治しないまま競技に臨み[30]ショートプログラム (SP) 8位と出遅れる。フリーでは4回転サルコウを回転不足で転倒するなどミスが続き、総合15位に終わった。

世界選手権優勝と苦悩

新コーチのニコライ・モロゾフと

トリノオリンピック後から[31]ニコライ・モロゾフにコーチを変えた。モロゾフの指導により食事のメニューも細かくして体を絞り、大人の女性の魅力を出すための表現力を磨き、スピンやステップでも更に得点を稼げるように技術を高めた[32]。3月には門奈裕子のもとで基礎からジャンプを作り直した[33]スケートアメリカでは、SP、フリーともに3回転ルッツ-3回転ループを決め、ノーミスの素晴らしい演技を披露する。フリーでは技術点で70点を超え、当時の歴代最高得点を記録。総合得点でもパーソナルベストを約20点更新し1位となり、GPシリーズ初優勝を果たす。2戦目のエリック・ボンパール杯では2位となり、GPシリーズランキング1位でGPファイナルへの出場権を獲得した。

3季連続で進出したGPファイナルでは、SPではパーソナルベストを更新する素晴らしい演技で首位と僅差の2位につけたものの、フリー当日に腹痛をおこし、満足な演技ができないまま5位に終わった。地元名古屋で開催された全日本選手権では、フリーの演技中に右肩を亜脱臼しながら最後まで滑りきり2位となった[34][35]。しかし故障のため日本学生氷上競技選手権大会と、ユニバーシアードは欠場することになった。世界選手権ではSP、フリーいずれもパーソナルベストを更新する会心の演技で金メダルを獲得。伊藤みどり佐藤有香、荒川静香らに次いで日本人歴代4人目の世界女王となった。

2008年4大陸選手権

2007-2008シーズン、GPシリーズでは、フリップのエッジ矯正の影響でルッツも安定していなかったため3回転-3回転は回避した。スケートアメリカでは2位となったが、NHK杯はフリーで3度転倒して4位に沈み、GPファイナル進出を逃した。全日本選手権ではSP、フリー共に3回転-3回転を成功させ、気迫のある演技で国内選手権ながら総合200点を越え2位となった。四大陸選手権で2年ぶりに4回転サルコウに挑んだが、回りきれずに2回転になった[31]世界選手権ではSPを前季に使用した「シェヘラザード」に戻して臨んだ[36]が8位と出遅れる。フリーは当日の朝、左ふくらはぎを痛め、強行出場したが演技途中で棄権した[31]。この後、怪我や調子の波が大きい自分はリンクに立ち続ける資格がないのではないかと悩み、周囲には「辞めたほうがいいと思う」と漏らしていた。しかし、モロゾフの慰留や、関係者と話をしていくうちにスケートに向かう気持ちを取り戻し、バンクーバーオリンピックを目標に競技を続けることを決めた[37][31]

復調

2008-2009シーズンはすべての試合で4回転に挑む意向を示していたが[38]スケートアメリカはモロゾフのクリーンに滑ることを優先しようという指示で、中国杯では練習不足のため、それぞれ回避した[39]。中国杯終了後、フリープログラムを『ジゼル』から『交響曲第3番』に変更[40]。2季ぶりに進出したGPファイナルのフリーでは4回転サルコウに挑戦し、回転不足と判定されたものの片足での着氷に成功した[40]。SPの転倒などもあり、総合順位は最下位だったものの、自分自身で納得のいく演技ができたと語っている[31]全日本選手権ではフリー前の6分間練習で村主章枝と衝突する事故があった[31][41]ものの3位に入った。世界選手権では、SPとフリー共に会心の演技を披露。ジャンプで回転不足の判定などがあったものの、技術点のみならず、演技構成点でも高い得点をマークし、総合3位に。2年ぶりにメダルを獲得した。

2009-2010シーズン、ロステレコム杯NHK杯とGPシリーズで連勝。GPファイナルでは2位に入り、オリンピック日本代表に内定した。バンクーバーオリンピックでは、SPとフリー共に安定した演技を見せたが、回転不足などのミスがあり得点はあまり伸びず、5位入賞となった。

2010年、中国杯優勝

翌月の世界選手権では、SPで冒頭のジャンプを転倒してしまい11位と出遅れるが、フリーではスピンのミスが1つあったものの、それ以外はほぼノーミスの素晴らしい演技を披露し3位に。総合得点でも驚異的な追い上げを見せ、4位となった。

2度目の世界選手権優勝

2010-2011シーズン、中国杯ロステレコム杯とGPシリーズで連勝。GPファイナルでは、ショートプログラムを『ブロークンソロウ』『エジプティアン・イン・ザ・ナイト』から『ミッション』に変更。SPではプログラム変更の影響が出てしまい、転倒などのミスにより5位と出遅れたが、フリーではノーミスの演技を披露し1位となる。しかし総合ではSPの点差が響き5位となった。全日本選手権では、SPで首位と僅差の2位につけると、フリーでは会心の演技を披露し1位に。総合でも国内選手権ながら200点を越える得点で1位となり、6年ぶり3度目の優勝を果たした。この結果により、世界選手権四大陸選手権の出場権を獲得した。四大陸選手権ではフリーと総合得点でパーソナルベストを更新、総合得点で200点の大台を超え初優勝。世界選手権ではSPで首位と僅差の2位となるも、FSで1位となる。結果総合でも1位となり、2度目の世界選手権優勝を果たした。世界選手権を複数回制したことは史上16人目の快挙である。この試合では、初めてSP・フリー共に全てのスピンで最高評価のレベル4を獲得した。肩の怪我の影響でビールマンスピンができなくなってから苦戦していたレイバックスピンでのレベル4獲得は、トリノオリンピックのSP以来であった。また、当シーズンのフリーでは全ての試合で1位となった。そして、当シーズンは出場した国際大会と全日本選手権を合わせた6戦中5勝を挙げ、現在までの安藤の競技人生の中で最高の成績を記録した。

2011-2012シーズンは10月のジャパンオープンのみ出場し、競技生活は休養した。元々前シーズンに休養するつもりだったが、東京で世界選手権が開催される予定だったため延期していた[42]。このシーズン安藤は世界中のアイスショーへ精力的に出演し、特にスターズ・オン・アイスでは佐藤有香と共に日本人レギュラーメンバーとして活躍。また、2012年3月11日には、自身が総合演出・企画・構成を務めたアイスショー、リボーン・ガーデンに出演した[43]。この企画を行った理由について安藤は、2011-2012シーズンの競技生活をしないと決めてから、東日本大震災によって被災してしまった人々に何かできないかと方法を模索しており、単にチャリティーでもアイスショーでもなく、東日本で起こったことを忘れないためのイベントをやりたかった。「リボーン・ガーデン」と題したのは、まさに再生を、前に進んで行くこと、新しく始めることを願ったから、と話している[44]。4月に東京で開催された世界フィギュアスケート国別対抗戦にはゲストとしてエキシビションに出演、怪我により個人ナンバーを辞退したキャシー・リードクリス・リード組に代わり、2つのナンバーを披露した。その一方で、2012年3月、コーチのニコライ・モロゾフに師弟関係の継続を断られた[45]

2012-2013シーズン、競技への復帰が発表され、GPシリーズには中国杯エリック・ボンパール杯への出場が予定されていたが[46]、選手を指導する後任のコーチが見つからないこと、グランプリシリーズに向けての技術的・精神的な調整が間に合っていないことを理由に欠場することを表明した[47]。安藤の公式フェイスブックには、安藤は毎日練習に励んでいたが、後任コーチが見つからないこともあり、このままでは満足する演技ができないと悩み、日本スケート連盟と相談しての苦渋の決断であったこと。一方で安藤自身「現役選手として競技生活を終えたい」という気持ちを強くもっており、もういちどゼロから一人のフィギュアスケーターとして、次のチャンスに向けて練習を続ける覚悟でいるということ。事実上2012-2013シーズンの公式試合へ出場しないことなどが併せて発表された[48]

現役生活の集大成へ

2013年1月に所属のトヨタ自動車を退職していたことを発表。同年7月1日、テレビ番組でのインタビューにて『4月に長女を出産していたこと』を公表すると共に、「2013年-2014年シーズンを最後に現役を引退する」ことも併せて宣言。現役生活の集大成へ向けて「責任を持って頑張りたいので、皆様に温かい目で応援して戴きたい」と最後のシーズンへ賭ける思いも披瀝している[49]

2013年7月、所属を新横浜プリンスクラブとし、併せて登録を愛知県スケート連盟から神奈川県スケート連盟に変更することが明らかになった。これにより、ソチオリンピックの出場権を獲得するには、2013年10月の関東選手権、11月の東日本選手権を突破して、全日本選手権に出場する必要が生じた。

2013年9月、ネーベルホルン杯で競技復帰し、2位となった。コーチは一時的に以前仕事をしていたヴァルター・リゾに依頼をし、大会1週間前から練習を始めた[50]。大会後に正式にリゾのコーチ就任が決まった[2]

2013年12月、ソチオリンピックへの出場を懸けて3年ぶりの出場となった全日本選手権では総合7位。オリンピックへの出場権が獲得できなかったことから、大会終了後に現役引退を表明した[51]。今後は指導者を目指すという。

主な戦績

大会/年 99-00 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09 09-10 10-11 13-14
オリンピック 15 5
世界選手権 4 6 1 棄権 3 4 1
四大陸選手権 3 1
世界国別対抗戦 5
全日本選手権 3 5 1 1 6 2 2 3 4 1 7
GPファイナル 4 4 5 6 2 5
GP中国杯 4 2 1
GPロステレコム杯 2 1 1
GPNHK杯 2 4 4 1
GPスケートアメリカ 3 1 2 3
GPエリック杯 2
ゴールデンスピン 2
アイスチャレンジ 2
ネーベルホルン杯 2
世界Jr.選手権 3 2 1
全日本Jr.選手権 7 3 1 1 1
JGPファイナル 1 3 1
JGPSBC杯 1
JGPメキシコ杯 1
JGP北京 1
JGPモントリオール 1
JGPサルコウ杯 1
JGPチェコスケート 1

詳細

2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 5
64.87
9
106.25
7
171.12
2013年12月5日-8日 2013年ゴールデンスピンザグレブ 2
62.81
2
114.01
2
176.82
2013年11月19日-24日 2013年アイスチャレンジグラーツ 1
56.78
2
94.12
2
150.90
2013年9月25日-28日 2013年ネーベルホルン杯オーベルストドルフ 2
59.79
4
103.07
2
162.86


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年4月25日-5月1日 2011年世界フィギュアスケート選手権モスクワ 2
65.58
1
130.21
1
195.79
2011年2月19日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権台北 1
66.58
1
134.76
1
201.34
2010年12月25日-26日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
64.76
1
137.58
1
202.34
2010年12月9日-12日 2010/2011 ISUグランプリファイナル北京 5
50.45
1
122.70
5
173.15
2010年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 5
54.00
1
120.47
1
174.47
2010年11月5日-7日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 3
56.11
1
116.10
1
172.21
2010年10月2日-日 2010年ジャパンオープンさいたま - 2
115.02
1
団体



2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月22日-28日 2010年世界フィギュアスケート選手権トリノ 11
55.78
3
122.04
4
177.82
2010年2月12日-28日 バンクーバーオリンピックバンクーバー 4
64.76
6
124.10
5
188.86
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権門真 3
68.68
4
116.76
4
185.44
2009年12月3日-6日 2009/2010 ISUグランプリファイナル東京 1
66.20
2
119.74
2
185.94
2009年11月5日-8日 ISUグランプリシリーズ NHK杯長野 2
56.22
2
106.33
1
162.55
2009年10月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 3
57.18
1
114.75
1
171.93


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月16日-19日 2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦東京 3
62.08
6
105.44
5
167.52
2009年3月23日-29日 2009年世界フィギュアスケート選手権ロサンゼルス 4
64.12
2
126.26
3
190.38
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 3
65.02
4
109.07
3
174.09
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル高陽 5
55.44
5
102.81
6
158.25
2008年11月6日-9日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 2
59.30
2
111.58
2
170.88
2008年10月23日-26日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカエバレット 2
57.80
3
110.62
3
168.42


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権ヨーテボリ 8
59.21
- 棄権
2008年2月11日-17日 2008年四大陸フィギュアスケート選手権高陽 2
60.07
3
117.59
3
177.66
2007年12月26日-28日 第76回全日本フィギュアスケート選手権大阪 2
68.68
1
135.50
2
204.18
2007年11月29日-12月2日 ISUグランプリシリーズ NHK杯仙台 2
60.52
7
85.29
4
145.81
2007年10月25日-28日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカレディング 2
56.58
1
105.31
2
161.89


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年4月29日-日 2007年ジャパンオープンさいたま - 1
112.65
1
団体
2007年3月20日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権東京 2
67.98
2
127.11
1
195.09
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権名古屋 2
69.50
3
116.15
2
185.65
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナルサンクトペテルブルク 2
67.52
6
89.80
5
157.32
2006年11月16日-19日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 2
65.02
2
109.42
2
174.44
2006年10月26日-29日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカハートフォード 2
66.74
1
125.85
1
192.59


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2006年5月14日-日 2006年ジャパンオープンさいたま - 4
104.56
1
団体
2006年2月10日-26日 トリノオリンピックトリノ 8
56.00
16
84.20
15
140.20
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権東京 6
60.24
6
113.12
6
173.36
2005年12月16日-18日 2005/2006 ISUグランプリファイナル東京 3
56.70
4
100.60
4
157.30
2005年12月1日-4日 ISUグランプリシリーズ NHK杯大阪 4
54.56
4
99.78
4
154.34
2005年11月24日-27日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯サンクトペテルブルク 2
60.76
2
111.54
2
172.30


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2005年3月14日-20日 2005年世界フィギュアスケート選手権モスクワ 2
27.66
7
59.30
7
106.18
6
193.14
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権横浜 - 3
63.23
1
109.24
1
172.47
2004年12月16日-19日 2004/2005 ISUグランプリファイナル北京 - 5
51.06
3
100.04
4
151.10
2004年11月11日-14日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 - 4
49.76
4
100.56
4
150.32
2004年11月18日-21日 ISUグランプリシリーズ NHK杯名古屋 - 3
50.90
1
119.46
2
170.36
2004年10月21日-24日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカピッツバーグ - 1
53.64
6
89.00
3
142.64


2003-2004 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2004年3月22日-28日 2004年世界フィギュアスケート選手権ドルトムント 2 3 4 4
2004年3月1日-6日 2004年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ハーグ 1 1 1 1
2003年12月25日-26日 第72回全日本フィギュアスケート選手権長野 - 2 1 1
2003年12月12日-14日 2003/2004 ISUジュニアグランプリファイナルマルモ - 2 1 1
2003年11月22日-23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権京都 - 1 1 1
2003年10月16日-19日 ISUジュニアグランプリ SBC杯岡谷 - 1 1 1
2003年9月25日-28日 ISUジュニアグランプリ メキシコ杯メキシコシティ - 1 1 1


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2003年2月24日-3月2日 2003年世界ジュニアフィギュアスケート選手権オストラヴァ 3 3 2 2
2002年12月20日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権京都 - 2 6 5
2002年12月12日-15日 2002/2003 ISUジュニアグランプリファイナルハーグ - 5 2 3
2002年11月23日-24日 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 - 1 1 1
2002年10月17日-20日 ISUジュニアグランプリ 北京北京 - 2 1 1
2002年9月26日-29日 ISUジュニアグランプリ モントリオールモントリオール - 3 1 1


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2002年3月3日-10日 2002年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ハーマル 1 4 3 3
2001年12月21日-23日 第70回全日本フィギュアスケート選手権大阪 - 3 3 3
2001年12月13日-16日 2001/2002 ISUジュニアグランプリファイナルブレッド - 2 1 1
2001年11月23日-24日 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権東京 - 1 1 1
2001年11月1日-4日 ISUジュニアグランプリ サルコウ杯マルメ - 1 1 1
2001年9月27日-30日 ISUジュニアグランプリ チェコスケートオストラヴァ - 3 1 1


2000-2001 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2000年11月24日-26日 第69回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 2 3 3


1999-2000 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
1999年12月10日-12日 第68回全日本フィギュアスケートジュニア選手権大阪 7 7 7


プログラム使用曲

シーズン SP FS EX
2013-2014 マイ・ウェイ
作曲:クロード・フランソワ、ジャック・ルヴォー
振付:ナタリア・ベステミアノワイゴール・ボブリン
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:リー=アン・ミラー
アメイジング・グレイス
ボーカル:キャサリン・ジェンキンス
ボレロ
作曲:モーリス・ラヴェル
マイ・ウェイ
ボーカル:ルチアーノ・パヴァロッティフランク・シナトラ
2012-2013
[52]
アラビアのロレンス
映画『アラビアのロレンス』より
振付:ステファン・ランビエール


ブラックスワン
映画『ブラック・スワン』より
振付:ニコライ・モロゾフ


タイスの瞑想曲
作曲:ジュール・マスネ
振付:佐藤紀子

You Must Love Me
振付:宮本賢二
映画「エビータ」より

Music of the Night
映画『オペラ座の怪人』より
振付:宮本賢二
共演:荒川静香
2011-2012
[53]
ブラックスワン
映画『ブラック・スワン』より
振付:ニコライ・モロゾフ


千の風になって
ボーカル:ヘイリー・ウェステンラ
振付:ニコライ・モロゾフ

レクイエム ニ短調 K. 626
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
振付:ニコライ・モロゾフ

Foolin
振付:宮本賢二
I Who Have Nothing
ボーカル:グラディス・ナイト
振付:宮本賢二

You Must Love Me
振付:宮本賢二
映画『エビータ』より

Fragile
ボーカル:スティング
振付:鶴谷美穂、安藤美姫

Over the Rainbow
ミュージカル映画『オズの魔法使』より
振付:鶴谷美穂、安藤美姫

私のお父さん
作曲:ジャコモ・プッチーニ
ボーカル:マレーナ・エルンマン
振付:ステファン・ランビエール

タイスの瞑想曲
作曲:ジュール・マスネ
振付:佐藤紀子
2010-2011
[54]
『ガブリエルのオーボエ』『滝』
映画『ミッション』より
作曲:エンニオ・モリコーネ
演奏:ヨーヨー・マ
振付:ニコライ・モロゾフ
ブロークン・ソロー
エジプティアン・イン・ザ・ナイト
演奏:ナッシン・バット・ストリングス
振付:ニコライ・モロゾフ
ピアノ協奏曲 イ短調
作曲:エドヴァルド・グリーグ
振付:ニコライ・モロゾフ
Comin' Home Baby
ボーカル:マイケル・ブーブレ
振付:パトリシア・ウィルコックス

Why do People fall in Love
ボーカル:リンダ・エダー
アランフエス協奏曲
作曲:ホアキン・ロドリーゴ
ボーカル:オペラティカ、インヴァ・ムラ

レクイエム ニ短調 K. 626
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
2009-2010
[55]
レクイエム ニ短調 K. 626[56]
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
振付:ニコライ・モロゾフ
ドラマ『ROME[ローマ]』メインテーマ
作曲:ジェフ・ビール
マルコ・ポーロ
作曲:エンニオ・モリコーネ
映画『ミッション・クレオパトラ』より
作曲:フィリップ・シャニー
振付:ニコライ・モロゾフ、リー=アン・ミラー
レクイエム ニ短調 K. 626
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
振付:ニコライ・モロゾフ
ミュージカル『ブリング・イン・ダ・ノイズ、ブリング・イン・ダ・ファンク』より
振付:安藤美姫、ニコライ・モロゾフ
夜の女王
映画『英国式庭園殺人事件』より[57]
作曲:マイケル・ナイマン
振付:ニコライ・モロゾフ
2008-2009[36][58][59][60] チェアマンズ・ワルツ
映画『SAYURI』より
作曲:ジョン・ウィリアムズ
振付:ニコライ・モロゾフ
交響曲第3番
作曲:カミーユ・サン=サーンス
振付:ニコライ・モロゾフ
ジゼル
作曲:アドルフ・アダン
振付:ニコライ・モロゾフ
ボレロ[61]
作曲:モーリス・ラヴェル
振付:宮本賢二
I believe
ボーカル:絢香
2007-2008[36][58][62] シェヘラザード
作曲:ニコライ・リムスキー=コルサコフ
振付:ニコライ・モロゾフ
バッカナール
歌劇『サムソンとデリラ』より
作曲:カミーユ・サン=サーンス
振付:ニコライ・モロゾフ
歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
演奏:ロディオン・シチェドリン

振付:ニコライ・モロゾフ
ハンドカフス
ボーカル:Claudette Ortiz
Hurt
ボーカル:クリスティーナ・アギレラ
ラ・ボエーム
作曲:ジャコモ・プッチーニ
振付:宮本賢二
2006-2007[62] シェヘラザード
作曲:ニコライ・リムスキー=コルサコフ
振付:ニコライ・モロゾフ
ヴァイオリン協奏曲 第1楽章
作曲:フェリックス・メンデルスゾーン
振付:ニコライ・モロゾフ
I believe
ボーカル:絢香
三日月
ボーカル:絢香
2005-2006[63][1][62] メリークリスマス・ミスターローレンス
映画『戦場のメリークリスマス』より
作曲:坂本龍一
振付:デヴィッド・ウィルソン
歌劇『蝶々夫人』より
作曲:ジャコモ・プッチーニ
振付:デヴィッド・ウィルソン

マイ・ファニー・バレンタイン
作曲:リチャード・ドジャース
振付:デヴィッド・ウィルソン
アク-セン-チュ-エイト・ザ・ポジティブ
ボーカル:アレサ・フランクリン
振付:デヴィッド・ウィルソン
2004-2005[64][62] ジプシーソウル
振付:リー=アン・ミラー
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:リー=アン・ミラー

ギター協奏曲
作曲:エルマー・バースタイン
演奏:クリストファー・パークニングロンドン交響楽団

振付:リー=アン・ミラー
ミッキー 映画『チアーズ!』より
作曲:ニッキー・チン、マイク・チャップマン
ボーカル:トニー・バジル

振付:リー=アン・ミラー
2003-2004[14][62] アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ
映画『戦場のピアニスト』より
作曲:フレデリック・ショパン
振付:リー=アン・ミラー
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:リー=アン・ミラー
歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:佐藤久美子
2002-2003[14][65] スペイン組曲より 「アストリアス」
作曲:イサーク・アルベニス
ラ・バヤデール
作曲:レオン・ミンクス
海賊
振付:マリーナ・ズエワ
月の光
作曲:クロード・ドビュッシー
振付:小塚幸子
2001-2002[14][65] チャルダッシュ
作曲:ヴィットーリオ・モンティ
白鳥の湖
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
振付:佐藤久美子
2000-2001[14] エスパーニャ・カーニ
作曲:Pascual Marquina Narro
リバーダンス
作曲:Bill Whelan
1999-2000[65] ビートルジュース
作曲:ダニー・エルフマン
振付:門奈裕子
プレスト
振付:門奈裕子、小山朋昭

メディア出演等

テレビ

「フィギュアスケート選手は何回転で目を回すのか」を検証する実験のため出演。回転する椅子に座り回されたが、いくら回っても目を回すことはなかった。
「スポーツに燃えるニッポン学生SP」でV6のメンバーとスケートレッスン、スケート対決
難病の女性ピアニストが演奏する「I believe」に乗せて演技
絢香の対談相手として出演
織田信成小塚崇彦浅田真央とともに出演
  • 『関口宏の東京フレンドパークII』2010年7月19日放送
ウエンツ瑛士とともに出演、グランドスラムを達成
「食いしんBOYSおいしい2人旅」のコーナーに出演
「卓球対決」のコーナーに浅田真央、高橋大輔、織田信成、小塚崇彦とともに出演
  • 『花嫁の笑顔~被災地のウェディング~』2012年3月9日放送
「桂由美グランドコレクション~アジアの風~」のコーナーにファッションモデルとしての出演映像、インタビュー映像で出演
安藤が桂由美のデザインした1万3262個のパールを手刺繍しているギネス記録のドレスなどを着用。
安藤の生誕から現在までの紹介、2011-2012シーズンでの休養宣言と世界中のアイスショーへの出演
アジアの風での模様やリボーン・ガーデンでの演技や舞台裏など。
トリノ五輪と2010年の世界選手権(トリノ)での思い出を語る。
海外での過ごし方や、現役選手生活休業中の心境などを語ったトーク・インタビュー映像などでも出演
安藤が1日小学校の先生となって特別授業を行った。
フィギュアスケート関係の談話が披露されると共に、スケートの先生として出演
サブタイトル「独占 - 安藤美姫が告白"出産"そしてソチを目指す」
この放送で初めて同年4月に女児を出産したことを告白した[20]
前日の出演依頼電話中に、ゲストの安藤優子と愛称についての会話をした。
タモリとはスケートの話から鳥の話などスケートと関係ない話もした。
テレフォンショッキングの後のコーナーにも出演した。

テレビドラマ

[67]端役で出演しており、姉弟で共演を果たした。

CM

映画

書籍

受賞

日本オリンピック委員会

その他

  • 2005年度名古屋市スポーツ奨励賞
  • 2006年度名古屋市スポーツ功労賞
  • 2006年度スケーター・オブ・ザ・イヤー(東京運動記者クラブ)
  • 2007年国際競技大会スポーツ功労者顕彰(文部科学省
  • 2007年度第22回中日体育賞(中日新聞
  • 2007年度バカラ アスリーツ オブ ザ イヤー アワード
  • 2007年度ヴォーグ ニッポン ウーマン オブ ザ イヤー
  • 2007年度朝日スポーツ賞(朝日新聞
  • 2009年国際競技大会スポーツ功労者表彰(文部科学省)
  • 2010年度日本スケート連盟年間最優秀選手賞
  • 2011年度スケーター・オブ・ザ・イヤー(東京運動記者クラブ)
  • 2011年度アスリート・オブ・ザ・マンス(米スポーツアカデミーUSSA)
  • 2011年度準アスリート・オブ・ザ・イヤー(米スポーツアカデミーUSSA)
  • 2012年度名古屋市スポーツ功労賞
  • 2012年度ロレアル・エトワール賞

脚注

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  1. ^ a b c d e f g 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.18
  2. ^ a b 安藤美姫の新コーチにリッツォ氏 モロゾフ氏の元助手
  3. ^ a b c d e f g h 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック2006』実業之日本社、2005年10月、p.19
  4. ^ a b c d e 『little wings 新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社、2003年12月、p.93
  5. ^ 『little wings』p.96
  6. ^ 『フィギュアスケート日本女子ファンブック2009』扶桑社、2008年12月、p.20
  7. ^ 小塚、織田が卒業式に出席/フィギュア nikkansports.com 2011年3月19日
  8. ^ 田村明子著『氷上の光と影 知られざるフィギュアスケート』新潮社、2007年2月、p.13
  9. ^ http://torino2006.nikkansports.com/paper/p-ol-tp5-060223-0028.html
  10. ^ http://torino2006.nikkansports.com/paper/p-ol-tp5-060220-0017.html
  11. ^ 折原みと著『安藤美姫物語-I believe-』講談社、2009年12月、p.26-28
  12. ^ TBSラジオ「メキキの聞き耳」[リンク切れ]
  13. ^ 「エキシビション」『フィギュアスケートDays vol.3』DAI-X出版、2007年5月、p.30-31(特集名:2007 東京世界選手権)
  14. ^ a b c d e 『little wings』p.133-134
  15. ^ 松岡修造著『Stay Gold フィギュアスケート編』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2003年4月、pp.178-180
  16. ^ 似てる?安藤美姫が機内に持ち込んだのは…”. スポーツニッポン (2010年1月5日). 2014年6月29日閲覧。
  17. ^ 安藤優子、「ミキティ」名付け親だった 安藤美姫が「いいとも」で報告 ORICON STYLE 2014年1月15日閲覧
  18. ^ 安藤美姫「鳥としゃべれます」小学生時代はバードウォッチング部だった スポーツニッポン 2014年1月16日閲覧
  19. ^ 安藤美姫、トヨタ自動車退社「社員の義務果たせず」 朝日新聞 2013年1月10日閲覧
  20. ^ a b “安藤美姫 4月に出産していた テレ朝「報道ステーション」で激白”. スポニチannex. (2013年7月1日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/07/01/kiji/K20130701006131660.html 2013年7月1日閲覧。 
  21. ^ 青嶋ひろの「振付師に聞く 第3回 ニコライ・モロゾフ」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.100-102
  22. ^ 八木沼純子著『氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.103
  23. ^ 『little wings』p.77
  24. ^ 『キャラクターブック 2008-2009』p.13
  25. ^ 『ファンブック2009』p.15
  26. ^ 2004/2005 ISUグランプリファイナルFSプロトコル
  27. ^ 「インタビュー 安藤美姫 たくさんの歓声を力に変えて」『フィギュアスケートDays vol.3』DAI-X出版、2007年5月、p.7(特集名:2007 東京世界選手権)
  28. ^ http://www.isuresults.com/results/gpjpn04/gpjpn04_Ladies_FS_scores.pdf
  29. ^ http://www.sanyo.oni.co.jp/kikaku/nie/child/2005/20050412.html
  30. ^ 『氷上の光と影』p.16
  31. ^ a b c d e f 「まるごと安藤美姫」『読売新聞』夕刊、第4版、2009年2月23日、第4面
  32. ^ 2007年3月25日 読売新聞 安藤逆転 「金」の舞[1]
  33. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.80
  34. ^ 斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、pp.26-27
  35. ^ 境田優「2006全日本フィギュアスケート選手権レポート」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.36-47
  36. ^ a b c 『日本女子フィギュアスケートキャラクターブック 2008-2009』マガジンハウス、2008年10月、p.12
  37. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 35』新書館、2008年12月、pp.56-57
  38. ^ グランプリシリーズ2008テレビ朝日記者会見
  39. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 35』新書館、2008年12月、p.14, p.58
  40. ^ a b 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.17
  41. ^ 「2008全日本選手権レポート『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.4-33
  42. ^ 安藤美姫、今季は休養へ 最悪引退も…『産経ニュース』2011.10.2 07:38
  43. ^ http://www.reborn-garden.com/index.html
  44. ^ swissinfo.ch「ステファン・ランビエール&安藤美姫、演技に心を込める2人 の熱い対談」より
  45. ^ 『週刊FRIDAY』2012年11月9日
  46. ^ “安藤美姫、2季ぶり復帰へ フィギュア・GPシリーズ”. 朝日新聞. (2012年5月18日). http://www.asahi.com/sports/update/0517/TKY201205170716.html 2012年10月11日閲覧。 
  47. ^ “安藤美姫が今季GPシリーズを欠場”. デイリースポーツ. (2012年10月9日). http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2012/10/09/0005438017.shtml 2012年10月11日閲覧。 
  48. ^ http://www.facebook.com/miki.ando.official?fref=ts
  49. ^ 安藤美姫「4月に出産していた、一人の女性としての決断により。今シーズンで引退」と告白 ビジネスジャーナル 2013年7月2日閲覧
  50. ^ Ando makes successful return to competition
  51. ^ 安藤、引退表明…笑顔と涙で「今日が一番幸せ」 読売新聞 2013年12月23日閲覧
  52. ^ “高橋、安藤がアイスショー公開リハ”. デイリースポーツ. (2012年8月23日). http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2012/08/23/0005324978.shtml 2012年10月11日閲覧。 
  53. ^ http://www.kurtfiles.com/pics/event.php?id=2012%2FPandora+Unforgettable+Moments+of+Love+on+Ice+Dress+Rehearsal
  54. ^ ISUによるバイオグラフィーより
  55. ^ 美姫テーマはクレオパトラ、表現力磨く 日刊スポーツ 2009年10月5日
  56. ^ 当初はエキシビション用に用意されたが、ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯の直前に曲目を変更。
  57. ^ 当初はショートプログラム用に用意されたが、ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯の直前に曲目を変更。
  58. ^ a b 『キャラクターブック 2008-2009』p.14
  59. ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009女子シングル読本』ダイエックス出版出版、2008年9月、pp.14-17
  60. ^ 『ファンブック2009』p.89
  61. ^ 安藤はジュニア時代にローアン・ドノヴァンが「ボレロ」で滑るのを見て憧れを持ち、トリノオリンピックのフリーを「ボレロ」で滑りたいと語ったことがあった。『little wings』p.103
  62. ^ a b c d e 『2008-2009女子シングル読本』p.17
  63. ^ 『応援ブック2006』p.90
  64. ^ 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック』実業之日本社、2004年11月、p.90
  65. ^ a b c 『空に向かって』
  66. ^ まんたんウェブ (2014年6月7日). “<安藤美姫>事務職員役でドラマ初出演 織田裕二と共演”. 2014年6月7日閲覧。
  67. ^ Soul on ice: Resilient Ando primed for second chance at Olympic glory The Japan Times Online 2009年7月19日
  68. ^ オリコン (2014年7月3日). “安藤美姫、阿部サダヲ主演ドラマに本人役で出演”. 2014年7月3日閲覧。

外部リンク