高木美帆

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高木美帆
高木美帆
基本情報
国籍 日本の旗 日本
所属 日本体育大学
誕生日 1994年5月22日(20歳)
出身地 日本の旗北海道中川郡幕別町
身長 163.5cm
本来の表記は「髙木美帆」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。

高木 美帆(たかぎ みほ、1994年5月22日 - )は、日本スピードスケート選手。幕別町立札内中学校北海道帯広南商業高等学校卒、日本体育大学在学。主に1500mを得意とする。また、500mから3000mまでのオールラウンダーでもある。

姉はソチオリンピックスピードスケート日本代表選手の高木菜那

経歴[編集]

両親と兄・姉の5人家族で、兄・姉もスピードスケート選手である。兄や姉の影響で5歳からスケートを始める。

7歳からはサッカーにも打ち込み、中学では男子に混じりフォワードでレギュラーを獲得。北海道選抜としてJヴィレッジでのナショナルトレセン女子U-15合宿にも参加した。

2009年1月の全日本ジュニアスピードスケート選手権で総合優勝。2月ポーランドザコパネで開催された世界ジュニア選手権で総合4位。同月にオランダフローニンゲンで開催されたジュニアワールドカップ500m、1000m優勝。2×500m合計タイム80秒61は中学新記録。

2009年12月長野エムウェーブで開催されたバンクーバー五輪代表選考会で1500mを1分59秒47の中学新記録で優勝。1000mも中学新記録になる1分17秒77の3位、3000mは4分13秒09の3位となり、1000m、1500m、チームパシュート(団体追い抜き)で五輪代表に選出される(3000mは体力面を考慮して補欠)。中学生での五輪代表は、1980年レークプラシッド五輪日本選手団加藤美善1992年アルベールビルオリンピック日本選手団糸川敏彦の17歳を抜いて日本スピードスケート史上最年少[1]

2010年2月のバンクーバー五輪では、1000mは完走できなかった1人を除いて最下位の35位、1500m23位と振るわなかった。3月にモスクワで行われた世界ジュニア選手権では姉の菜那、押切美沙紀とともに出場したチームパシュートで銀メダルを獲得[2]

2012年1月21日、ワールドカップソルトレークシティー大会の1000mで1分15秒40の世界ジュニア新記録を樹立[3]。3月、帯広市の明治北海道十勝オーバルで開催された世界ジュニア選手権で、日本人選手としては2004年の石野枝里子以来となる総合優勝を達成[4]イタリアコラルボで行われた翌年の大会でも総合優勝し、日本人初の連覇を果たした[5]

2012年12月19日日本体育大学にスポーツ推薦で合格[6]。2013年12月、イタリアのトレントで行われた冬季ユニバーシアード1000mで金メダルを獲得[7]

2013年12月に行われたソチオリンピック代表選考会は不振で落選した。

人物・エピソード[編集]

  • ヒップホップダンスを習っている。
  • バンクーバー五輪代表選考会1000mは岡崎朋美を上回る3位(岡崎は4位)で代表選出。代表枠4だったので岡崎も代表選出されたが、岡崎は高木の23才年上であったため「親子みたい」とコメント[8]
  • 進学希望だった帯広南商業高校は推薦入試の予定だったが、推薦面接予定日とオリンピック開幕日が重なり、一般入試当日も世界ジュニア選手権と日程が重なるため、高木の両親や日本スケート連盟の申し入れで北海道教育委員会が検討し、前例のない「入学試験の前倒し受験」を行った。
  • 高校の卒業式も海外遠征で参加できなかったため、後日、高木一人だけのために卒業式を行った。[9]
  • 座右の銘は「一球入魂」である。
  • GLAYのHIGHCOMMUNICATIONS TOUR2007-2008帯広市民文化ホール公演において、当ツアー名物の、アンコール時に客席から1名ないし1グループをステージ上に上げ、やってほしい曲をリクエストするコーナーで選ばれた。後のGLAY LIVE TOUR2010-2011 ROCK AROUND THE WORLDの同会場公演にも参加し、TERUのMCで紹介された。
  • 2010年3月22日北海道日本ハムファイターズ vs 福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)にて、5回裏終了時にインターバルショーを務めた。試合は16対5で日本ハムが大勝し、当時の監督梨田昌孝の通算500勝を達成した。梨田は、「勝利の女神になってくれましたね。試合前に会ったときは今日は勝てるなと思いました。」とコメントした。
  • また、2012年8月7日の北海道日本ハムファイターズvs福岡ソフトバンクホークス戦(帯広の森野球場)にて始球式を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ 五輪全体での最年少は1936年ガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピックフィギュアスケート稲田悦子(12歳)。
  2. ^ 団体追い抜き女子は世界ジュニアも銀苫小牧民報社2010年3月15日
  3. ^ 長島が今季初勝利 小平は日本新で2位 高木世界ジュニア記録樹立日本スケート連盟
  4. ^ スケート:高木美帆総合V…日本人8年ぶり 世界ジュニア - 毎日新聞[リンク切れ]
  5. ^ 高木美帆2年連続総合優勝/Sスケート-ニッカンスポーツ2013年2月23日
  6. ^ 「スケートも学業も頑張る」 高木美帆が日体大に合格 - MSN産経ニュース 2012年12月20日
  7. ^ スケート高木美帆が1000m金 冬季ユニバJOC 2013年12月19日
  8. ^ 高木美帆、V締め!3種目で代表/スケート - iza(サンケイスポーツ) 2009年12月31日(2010年2月12日時点のアーカイブ
  9. ^ [1] 「高木美帆1人だけの卒業式、日体大に進学」 - ニッカンスポーツ・コム 2013年3月29日

関連項目[編集]