ロディオン・シチェドリン

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シチェドリンと妻のマイヤ・プリセツカヤ (2009年)

ロヂオーン・コンスタンチーノヴィチ・シチェドリーンロシア語: Родио́н Константи́нович Щедри́н ラヂオーン・カンスタンチーナヴィチュ・シシドリーン;ラテン文字転写の例:Rodion Konstantinovich Shchedrin, 1932年12月16日 - )はロシア人作曲家旧ソ連の指導的な作曲家の一人であり、1973年からソ連作曲家同盟の議長を務めた(ただし1990年に解雇されている)。

略歴[編集]

モスクワの音楽家の家庭に生まれる。父親は音楽理論の教師であり、また作曲家であった。

モスクワ合唱教室に学んだ後、モスクワ音楽院ユーリ・シャポーリンニコライ・ミャスコフスキーに作曲を、ヤコフ・フリエールにピアノを学ぶ。1958年に7歳年上のバレリーナ、マイヤ・プリセツカヤと結婚。

作曲家としての目立った活動に加えて、ピアノやオルガンヴィルトゥオーゾとしても活動しており、自作の6つのピアノ協奏曲のうち半数は手ずから人前で初演した。ソ連崩壊後は、国際的な演奏旅行や協同制作の機会を利用しており、現在では、年間の活動の拠点をミュンヘンモスクワに分けて過ごしている。

作曲家としての長年の功労に対して、1989年ベルリン芸術アカデミーより正会員に任命され、1992年には当時のボリス・エリツィン大統領よりロシア国家賞を授与された。

作風と受容[編集]

初期作品が調性的で、色彩的な管弦楽法を採り、しばしば民族音楽の要素を断片的に取り入れているのに対して、後期の作品は、音列技法偶然性の音楽を取り入れている。西側では、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチらの活動を通じてシチェドリンの作品が知られるようになった。

シチェドリンは、概して舞台音楽の専門家として名高く、《せむしの仔馬》(1955年)や、(ショスタコーヴィチハチャトゥリアンに却下されてからシチェドリンの許に持ち込まれた企画物の)《カルメン組曲》(1967年)、《アンナ・カレーニナ》(1971年、レフ・トルストイ原作)、《犬を連れた婦人》(1985年)といったバレエ音楽や、《愛だけでなく》(1961年)や《死せる魂》(1976年、ニコライ・ゴーゴリ原作)といったオペラが知られているが、ほかにも6つのピアノ協奏曲や3つの交響曲、いくつかの室内楽曲ピアノ曲なども作曲している。ピアノ曲では、ショスタコーヴィチに倣って書かれた《24の前奏曲とフーガ》や、《ポリフォニーの手帳(25の前奏曲)》が重要である。

日本人男子フィギュアスケート選手の南里康晴は、シチェドリンの《カルメン組曲》を2007年の競技に用いた。

作品[編集]

交響曲[編集]

  • 交響曲 第1番(1958年
  • 交響曲 第2番 「25の前奏曲」 (1965年
  • 交響曲 第3番(2000年

協奏曲[編集]

舞台音楽[編集]

その他の管弦楽曲[編集]

ピアノ曲[編集]

室内楽曲[編集]

声楽曲[編集]

音源[編集]