エフゲニー・プルシェンコ
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| フィギュアスケート | ||
| 金 | 2006 | 男子シングル |
| 銀 | 2002 | 男子シングル |
| 2004世界選手権のエフゲニー・プルシェンコ | ||
| 基本情報 | ||
| 国: | ||
| 生年月日: | 1982年11月3日(25歳) | |
| 出生地: | ソーニェチヌイ | |
| 身長: | 178 cm | |
| 元コーチ: | アレクセイ・ミーシン | |
| 元振付師: | セルゲイ・ペチュホフ | |
| 所属: | Yubileyny Sports Palace | |
| ISU パーソナルベスト | ||
| SP+FS トータル: | 258.47 | 2006 トリノ五輪 |
| ショートプログラム: | 90.66 | 2006 トリノ五輪 |
| フリースケーティング: | 167.81 | 2006 トリノ五輪 |
エフゲニー・ヴィクトロヴィチ・プルシェンコ(ロシア語: Евгений Викторович Плющенко、ラテン翻字: Evgeni Viktorovich Plushenko、1982年11月3日 - )は、ロシアの男性フィギュアスケート選手。ロシア人名愛称ではジェーニャ。なお、ロシア語の発音では「イヴギェーニイ・ヴィークタラヴィチュ・プリューシンカ」が近い。
2006年トリノオリンピック男子シングル金メダリスト。2002年ソルトレイクシティオリンピック男子シングル銀メダリスト。2001年、2003年、2004年世界選手権優勝。欧州選手権5度、グランプリファイナル4度、ロシア選手権7度優勝。
目次 |
人物
幼少期は決して裕福とはいえない環境で育った。地元のスケートリンクが閉鎖された為、サンクトペテルブルクでフィギュアスケートを学ぶ様に勧められる。しかし家族全員が都会で暮らす余裕はなかった為、11歳の少年は約一年間、一人で生活をした(この決断は彼自身が両親に懇願したものである。彼はそうまでしてもスケートを学びたかった)。 母親を呼び寄せてからは父親の仕送りで二人で暮らすようになる。都会での生活は貧しく食費がないときは街でビンを集め売り、そのお金でパンを買った。コーチであるアレクセイ・ミーシンはプルシェンコの第一印象を「やせっぽっちのチキンのようだった。脂のない、安いチキンのような」と語ったことがある。
ユーモアのある明るい性格でも知られ、アイスショーやエキシビションでは、女装やかぶりものをしたり、肉襦袢(じゅばん)に金色のブリーフパンツという姿で腰を振りながらトム・ジョーンズの"Sex Bomb"に合わせて踊るなど、奇抜なパフォーマンスも平気でこなす。2006年10月・12月に来日した際も、ショーの最中に笑いをとるコスチュームで現れ観客を喜ばせた。トリノオリンピック後のアイスショー仲間である荒川静香は彼の事を「15歳くらいの少年みたいで対応に困る絡み方(いたずら)をしてくる」と笑いながら語ったことがある。
ロシアへの愛国心が強く、サンクトペテルブルグ市議会での議員活動や後進の育成にも力を注いでいる。2014年冬季オリンピックのソチへの招致運動にも積極的に参加し、ソチでの開催決定に貢献した。また、低迷が続くロシアの男子シングルの現状を非常に心配していると語っており、競技復帰への強い意欲を示している。しかし膝の状態が回復せず、競技復帰は果たせていない。
2005年6月18日にサンクトペテルブルクで結婚。2006年6月15日には3450g、52cmの男児誕生。名前は当初クリスチアン・エヴゲーニイヴィチ・プリュシチェンコ(Кристиан Евгенийвич Плющенко)となっていたが、後にクリスチアンからイェゴールに変わった。
交友関係
オリンピックで二度メダルを手にしたフィギュアスケーターヴィクトール・ペトレンコには幼い頃から憧れを抱いている。プルシェンコが14歳の時ペトレンコに勝利して気まずく思っていた時、ペトレンコの方から祝福の言葉をかけプルシェンコを励ましたという。このエピソードは、何度もプルシェンコ自身の口から語られており、今なお彼を尊敬し続けている。チェコのトマシュ・ベルネル、アメリカのジョニー・ウィアーなどは、プルシェンコに憧れている事を何度も公言しており、彼等とはショーでの共演を通じて良好な関係を築いている。
2003-2004シーズン以降、自身のプログラムの作曲をハンガリーのヴァイオリニスト兼作曲家のエドウィン・マートンに依頼しており、エキシビジョンやアイスショーではマートンの生演奏に合わせてプルシェンコが演技をする事が多い。プライベートでも大変仲が良い。また、イリーナ・スルツカヤとは子供の頃から大変仲が良く、一時期には恋愛関係のゴシップまで出たほどであった。アレクセイ・ミーシンコーチは、ロシア国籍の有力選手やコーチが次々とアメリカ等外国に流出していく情勢の中でロシアに残ってトレーニングを続けているのはプルシェンコとスルツカヤだけだと語った事がある。
アレクセイ・ヤグディンとの確執がよく噂され、あるインタビューで「(同じコーチのもと)ヤグディンと一緒に練習していたとき、彼から学んだことはありますか?」という問に「Nothing!(何もない)」と答えている。またアレクセイ・ヤグディンも自伝の中で不仲を語ったことがある。しかし、2006年秋にロシアで放送された番組内では握手を交わして抱き合う姿が報じられた。その後、火災現場で二人で記念写真をとっていたり、来日時に電器店で浅田真央のポスターの真似をし、ふざけ合っている写真がマスコミに掲載された。なお本人達はインタビューでは揃って、両者の間にはライバル関係以外の険悪なものは無かったと発言している。
経歴
ハバロフスク近郊のソーネチヌイ(Солнечный)に生まれ、4歳でスケートを始める。11歳の頃、地元のスケートリンクが閉鎖されたため家を出て、彼のフィギュアスケートの才能を見込んだサンクトペテルブルグのアレクセイ・ミーシンの保護下で経験を積む。この頃は後にライバルとなるアレクセイ・ヤグディンもミーシンの指導を受けていた。14歳で世界ジュニア選手権に優勝。15歳にして4回転-3回転のコンビネーションジャンプを成功させるなど、早くからその才能を開花させていた。
1997-1998シーズンからシニアクラスに本格参戦する。3回転ジャンプは当然のこと4回転ジャンプも軽々と決める様は日本の解説者から「精密機械」の異名をとった。正確無比なジャンプに男子には珍しいビールマンスピン・ビールマンスパイラルと高い表現力を武器に、グランプリシリーズスケートアメリカ、ロシア杯、1998年ヨーロッパ選手権2位、1998年世界選手権3位と瞬く間に世界のトップクラス入りを果たす。翌シーズンからは主要なISU公式競技会で次々と優勝を重ね、ヤグディンとハイレベルな接戦を繰り広げた。2001年世界選手権ではヤグディンを抑えて初優勝。オリンピック直前のグランプリファイナルでは2回目のフリースケーティングでヤグディンに逆転され2位に終わる。この敗戦によりオリンピック迄僅か1ヶ月の中、急遽フリープログラムをカルメンに変更する。猛練習を重ねプログラムを完成させるも右足首を痛めてしまう。
2002年のソルトレイクシティオリンピックではショートプログラムで出だしの4回転ジャンプで転倒をして4位、フリースケーティングでは4回転-3回転-3回転の3連続ジャンプに挑戦するも最後のループでステップアウトしてしまい結果はフリー2位、総合も2位で銀メダルに終わる。2002年世界選手権は右足首の怪我の悪化を理由に欠場。
2003年世界選手権、2004年世界選手権と2連覇。2005年世界選手権はショートプログラムを終えた後に、痛めていた股関節の悪化の為棄権。その後ドイツで鼠径ヘルニアの手術を受けた。2005年6月18日に結婚。
2006年2月16日に行われたトリノオリンピックでは、ショートプログラムで90点台をマークし2位に10点以上の差をつけて首位にたち、フリースケーティングでは4回転-3回転-2回転も成功させただ一人160点台をマーク、総合で2位に30点近い大差をつけ金メダルを獲得した。その後行われたエキシビションでは、晴れ晴れとした表情で大活躍しフィナーレでは難度の高い3回転アクセル-3回転トウループ-3回転ループをも軽々と決めた。
2006-2007シーズンは競技には出場せずに休養することを宣言した。2006年6月15日には男児誕生。2008年2月現在離婚調停中。2007年3月にサンクトペテルブルグ市議会議員選挙に公正ロシア党から出馬し当選、議員活動も開始した。
2007-2008シーズン直前の7月、以前から痛めていた膝の半月板除去手術を受ける。術後の状態があまり好転しなかった為に予定していた今シーズンの競技復帰を断念。全競技会を欠場すると発表した。しかし来季への復帰に向けてコーチと共に11月以降本格的な訓練を開始した。
2008年夏には2度目の膝手術が予定されている。本人は今もアマチュア復帰への強い意欲を持っているものの、今後の動向は身体状態に左右されると思われる。
スケート技術
演技
2004年世界選手権まで使用されていた旧採点方法の技術点で、満点である「6.0」を最も多く出した選手である。芸術点でも6.0(満点)を何度もマークし、新採点システム移行後は演技構成点の諸要素で8点台をほぼ毎回マークしている。
ジャンプ
「4回転からの3連続コンビネーションジャンプ」を武器としていた。
- 世界で初めてISU公式競技会で4回転トウループ-3回転トウループ-2回転ループのコンビネーションジャンプを成功させた選手である(1999年NHK杯)。現在まで最も多く(ISU公式競技会で20回近く)この『4回転からの3連続コンビネーションジャンプ』を競技会で成功させている。
- 世界で初めてISU公式競技会で4回転トウループ-3回転トウループ-3回転ループのコンビネーションジャンプを成功させた選手でもある(2002年ロシア杯)。02年ロシア杯フリー、02-03GPファイナル第2フリー、03年ワールド予選の3回成功しているが、彼以外にISU公式競技会でこのジャンプを成功させた選手は誰一人いない(なお、現在の採点法であるISUジャッジングシステムの下では4-3-3コンビネーションの価値はかなり減少しているといえ、プルシェンコ自身もISUジャッジングシステム施行後はプログラムに取り入れていない)。
スピン
女子より一般的に筋肉量が多く体が硬いとされる男子では珍しい、ビールマンスピンとビールマンスパイラルを得意としていたが、2005年に背中の手術をしてからは封印している。
ステップ
トリノオリンピックのショートプログラムのサーキュラーステップでは、驚異的な速さと細やかさで最高難度のレベル4(GOE加点2.14)を獲得した。
主な戦績
| 大会/年 | 95-96 | 96-97 | 97-98 | 98-99 | 99-00 | 00-01 | 01-02 | 02-03 | 03-04 | 04-05 | 05-06 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 冬季オリンピック | 2 | 1 | |||||||||
| 世界選手権 | 3 | 2 | 4 | 1 | 1 | 1 | 棄権 | ||||
| 欧州選手権 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | |||
| ロシア選手権 | 6 | 4 | 3 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| GPファイナル | 5 | 3 | 1 | 1 | 2 | 1 | 2 | 1 | 辞退 | ||
| GPスケートアメリカ | 2 | ||||||||||
| GPスケートカナダ | 1 | 1 | |||||||||
| GPエリック杯 | 1 | ||||||||||
| GPロシア杯 | 4 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| GPNHK杯 | 1 | 1 | 1 | ||||||||
| GPボフロスト杯 | 1 | 1 | 1 | 1 | |||||||
| フィンランディア杯 | 7 | 3 | 1 | ||||||||
| 世界Jr.選手権 | 6 | 1 |
シニア
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| EX | The Soldiers |
| Sirtaki | |
| Go Crazy by Prince |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 歌劇「トスカ」より(Tosca by Giacomo Puccini, performed by Edvin Marton) |
| FS | 映画「ゴッドファーザー」より(The Godfather by Nino Rota, performed by Edvin Marton) |
| EX | Caruso Vocal by Luciano Pavarotti |
| The City That Doesn’t Exist |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年02月10日-26日 | トリノオリンピック(トリノ) | 1 90.66 |
1 167.67 |
1 258.33 |
| 2006年01月17日-22日 | 2006年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(リヨン) | 1 82.80 |
1 162.53 |
1 245.33 |
| 2005年11月24日-27日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | 1 87.20 |
1 154.60 |
1 241.80 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 月光(Piano Sonata #14 in C-sharp minor, op.27-2 - Moonlight by Ludwig van Beethoven, performed by Edvin Marton) |
| FS | 映画「ゴッドファーザー」より(The Godfather by Nino Rota, performed by Edvin Marton) |
| EX | Hafanafa by Afric Simone |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005年03月14日-20日 | 2005年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) | 1 37.98 |
5 73.28 |
- | 棄権 |
| 2005年01月25日-30日 | 2005年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(トリノ) | - | 2 75.33 |
1 151.81 |
1 227.14 |
| 2004年12月16日-19日 | ISUグランプリファイナル(北京) | - | 1 84.35 |
1 167.40 |
1 251.75 |
| 2004年11月25日-28日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | - | 1 74.95 |
1 158.50 |
1 233.45 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Tango Flamenco by Paco de Lucia |
| Nyah 映画「ミッション:インポッシブル2」より(Nyah from Mission Impossible 2 by Hans Zimmer | |
| FS | Tribute to Vaslav Nijinsky - Art on Ice; Magic Stradivarious; King of the Forrest performed by Edvin Marton |
| EX | Logical Song by Supertramp |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2004年03月22日-28日 | 2004年世界フィギュアスケート選手権(ドルトムント) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2004年02月02日-08日 | 2004年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ブダペスト) | 1 | 1 | 2 | 2 |
| 2003年12月11日-14日 | ISUグランプリファイナル(コロラドスプリングス) | - | 1 78.25 |
2 146.94 |
2 225.19 |
| 2003年11月20日-23日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | - | 1 80.35 |
1 150.90 |
1 231.25 |
| 2003年11月13日-16日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 1 75.35 |
1 158.94 |
1 234.29 |
| 2003年10月30日-11月03日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) | - | 1 81.25 |
1 152.40 |
1 233.65 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | アルビノーニのアダージョ(Adagio in G minor by Tomaso Albinoni, Remo Giazotto) |
| FS | 歌劇「カルメン」より(Carmen by Georges Bizet, Rodion Shchedrin) |
| St. Petersburg 300 by Igor Korniliuk | |
| EX | 歌劇「カルメン」より(Carmen by Georges Bizet, Rodion Shchedrin) |
| オンリー・ユー(Only you by The Platters) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年03月24日-30日 | 2003年世界フィギュアスケート選手権(ワシントンD.C.) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2003年02月28日-03月02日 | ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク)[1] | - | 1 | 1 | 1 |
| 1 | |||||
| 2003年01月20日-26日 | 2003年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(マルメ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2002年11月21日-24日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2002年11月07日-10日 | ISUグランプリシリーズ ボフロスト杯(ゲルゼンキルヒェン) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | アース・ソング + Childhood + Billy Jean + ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス(Earth Song + Childhood + Billy Jean + They Don't Care About Us by Michael Jackson) |
| FS | シルク・ドゥ・ソレイユ + ロクサーヌのタンゴ(Fixe, Eclipse by Cirque du Soleil + El Tango de Roxanne + La Petite Fille De La Mer by Vangelis) |
| 歌劇「カルメン」より(Carmen by Georges Bizet, Rodion Shchedrin) | |
| EX | Sex Bomb Vocal by Tom Jones |
| 歌劇「カルメン」より(Carmen by Georges Bizet, Rodion Shchedrin) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002年02月09日-21日 | ソルトレイクシティオリンピック(ソルトレイクシティ) | - | 4 | 2 | 2 |
| 2001年12月14日-16日 | ISUグランプリファイナル(キッチナー)[2] | - | 1 | 1 | 2 |
| 2 | |||||
| 2001年11月21日-25日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2001年11月08日-11日 | ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯(ゲルゼンキルヒェン) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | ボレロ(Bolero, op.81 by Maurice Ravel) |
| FS | Xotica + Tango + ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ + The Cotton Club(Xotica by Rene Dupere + Tango from Hasta Que Te Conoci by Raul di Blasio + Once Upon A Time In America by Ennio Morricone + The Cotton Club by Duke Ellington + Mortal Combat by George S. Clinton) |
| EX | Pasadena |
| Sex Bomb Vocal by Tom Jones |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年03月17日-25日 | 2001年世界フィギュアスケート選手権(バンクーバー) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2001年02月15日-18日 | ISUグランプリファイナル(東京)[3] | - | 2 | 1 | 1 |
| 1 | |||||
| 2001年01月22日-27日 | 2001年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ブラチスラヴァ) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2000年11月28日-12月03日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(旭川) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年11月16日-19日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年11月07日-12日 | ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯(ゲルゼンキルヒェン) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年10月14日-15日 | フィンランディア杯(ヘルシンキ) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 剣の舞(Sabre Dance from Gayane by Aram Khachaturian) |
| FS | 黒い瞳(Dark Eyes + Coachmen Don't Drive the Horse + Concierto Madrigal for Two Guitars by Joaquin Rodrigo) |
| EX | Two Step Nadya + Ciocircla |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年03月26日-04月02日 | 2000年世界フィギュアスケート選手権(ニース) | 2 | 2 | 4 | 4 |
| 2000年02月06日-13日 | 2000年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ウィーン) | 1 | 2 | 1 | 1 |
| 2000年01月13日-16日 | ISUグランプリファイナル(リヨン)[4] | - | 1 | 1 | 1 |
| 1 | |||||
| 1999年12月02日-05日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(名古屋) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1999年11月25日-28日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1999年11月11日-14日 | ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯(ゲルゼンキルヒェン) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Hava Nagila |
| FS | Chronologie #2 + Chronologie #3 + Zoolookologie by Jean-Michael Jarre |
| EX | 白鳥 組曲「動物の謝肉祭」より(The Swan from Carnival of the Animals by Camille Saint-Saens) |
| Two Step Nadya + Ciocircla |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999年03月21日-28日 | 1999年世界フィギュアスケート選手権(ヘルシンキ) | 1 | 1 | 2 | 2 |
| 1999年03月04日-07日 | ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) | - | 2 | 3 | 3 |
| 1999年02月06日-13日 | 1999年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(プラハ) | 1 | 3 | 2 | 2 |
| 1998年12月02日-06日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(札幌) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1998年11月26日-29日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | - | 2 | 2 | 2 |
| 1998年11月05日-08日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(カムループス) | - | 2 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | アランフエス協奏曲 + El Gato Montes(Concierto de Aranjuez + El Gato Montes by Joaquin Rodrigo) |
| FS | Chronologie #2 + Chronologie #3 + Zoolookologie by Jean-Michael Jarre |
| EX | Chronologie #2 + Chronologie #3 + Zoolookologie by Jean-Michael Jarre |
| Enigma |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年03月28日-04月05日 | 1998年世界フィギュアスケート選手権(ミネアポリス) | 1 | 2 | 4 | 3 |
| 1998年01月10日-18日 | 1998年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ミラノ) | - | 3 | 2 | 2 |
| 1997年12月19日-21日 | ISUチャンピオンシリーズファイナル(ミュンヘン) | - | 4 | 5 | 5 |
| 1997年11月19日-23日 | ISUチャンピオンシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | - | 2 | 2 | 2 |
| 1997年10月22日-26日 | ISUチャンピオンシリーズ スケートアメリカ(デトロイト) | - | 2 | 2 | 2 |
| 1997年10月03日-05日 | フィンランディア杯(ヘルシンキ) | - | 3 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Tarantella by Witold Lutosławski + Santa Lucia by Luigi Gordigiani |
| FS | ウィリアム・テル + セビリアの理髪師(William Tell Overture + The Barber of Seville by Gioachino Rossini) |
脚注
- ^ 2002/2003 ISUグランプリファイナルはフリー演技を2度行った。
- ^ 2001/2002 ISUグランプリファイナルはフリー演技を2度行った。
- ^ 順位決定方法については2000/2001 ISUグランプリファイナルを参照のこと。
- ^ 順位決定方法については1999/2000 ISUグランプリファイナルを参照のこと。
外部リンク
| フィギュアスケート オリンピックチャンピオン – 男子シングル |
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1908: ウルリッヒ・サルコウ • 1920: ギリス・グレイフストレーム • 1924: ギリス・グレイフストレーム • 1928: ギリス・グレイフストレーム • 1932: カール・シェーファー • 1936: カール・シェーファー • 1948: ディック・バトン • 1952: ディック・バトン • 1956: ヘイス・アラン・ジェンキンス • 1960: デヴィッド・ジェンキンス • 1964: マンフレート・シュネルドルファー • 1968: ヴォルフガング・シュヴァルツ • 1972: オンドレイ・ネペラ • 1976: ジョン・カリー • 1980: ロビン・カズンズ • 1984: スコット・ハミルトン • 1988: ブライアン・ボイタノ • 1992: ヴィクトール・ペトレンコ • 1994: アレクセイ・ウルマノフ • 1998: イリヤ・クーリック • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2006: エフゲニー・プルシェンコ |
| フィギュアスケート 世界チャンピオン – 男子シングル |
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1896: ギルベルト・フックス • 1897: グスタフ・ヒューゲル • 1898: ヘニング・グレナンダー • 1899-1900: グスタフ・ヒューゲル • 1901-1905: ウルリッヒ・サルコウ • 1906: ギルベルト・フックス • 1907-1911: ウルリッヒ・サルコウ • 1912-1913: フリッツ・カチラー • 1914: イエスタ・サンダール • 1922: ギリス・グレイフストレーム • 1923: フリッツ・カチラー • 1924: ギリス・グレイフストレーム • 1925-1928: ウィリー・ベックル • 1929: ギリス・グレイフストレーム • 1930-1936: カール・シェーファー • 1937-1938: フェリックス・カスパー • 1939: グラハム・シャープ • 1947: ハンス・ゲルシュビラー • 1948-1952: ディック・バトン • 1953-1956: ヘイス・アラン・ジェンキンス • 1957-1959: デヴィッド・ジェンキンス • 1960: アラン・ジレッティ • 1962: ドナルド・ジャクソン • 1963: ドナルド・マクファーソン • 1964: マンフレート・シュネルドルファー • 1965: アラン・カルマ • 1966-1968: エメリッヒ・ダンツァー • 1969-1970: ティモシー・ウッド • 1971-1973: オンドレイ・ネペラ • 1974: ヤン・ホフマン • 1975: セルゲイ・ボルコフ • 1976: ジョン・カリー • 1977: ウラジミール・コバリョフ • 1978: チャールズ・ティックナー • 1979: ウラジミール・コバリョフ • 1980: ヤン・ホフマン • 1981-1984: スコット・ハミルトン • 1985: アレクサンドル・ファデーエフ • 1986: ブライアン・ボイタノ • 1987: ブライアン・オーサー • 1988: ブライアン・ボイタノ • 1989-1991: カート・ブラウニング • 1992: ヴィクトール・ペトレンコ • 1993: カート・ブラウニング • 1994-1995: エルビス・ストイコ • 1996: トッド・エルドリッジ • 1997: エルビス・ストイコ • 1998-2000: アレクセイ・ヤグディン • 2001: エフゲニー・プルシェンコ • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2003-2004: エフゲニー・プルシェンコ • 2005-2006: ステファン・ランビエール • 2007: ブライアン・ジュベール 2008: ジェフリー・バトル |
| フィギュアスケート 欧州チャンピオン – 男子シングル |
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1891: オスカー・ウーリク • 1892-1894: エドゥアルト・エンゲルマン • 1895: ティボル・フォン・フェルドファリー • 1898-1900: ウルリッヒ・サルコウ • 1901: グスタフ・ヒューゲル • 1904: ウルリッヒ・サルコウ • 1905: マックス・ボハチュ • 1906-1907: ウルリッヒ・サルコウ • 1908: エルンスト・ヘルツ • 1909-1910: ウルリッヒ・サルコウ • 1911: ペル・トーレン • 1912: イエスタ・サンダール • 1913: ウルリッヒ・サルコウ • 1914: フリッツ・カチラー • 1922-1923: ウィリー・ベックル • 1924: フリッツ・カチラー • 1925-1928: ウィリー・ベックル • 1929-1936: カール・シェーファー • 1937-1938: フェリックス・カスパー • 1939: グラハム・シャープ • 1947: ハンス・ゲルシュビラー • 1948: ディック・バトン • 1949: エディ・ラダ • 1950: エド・キラーイ • 1951-1952: ヘルムート・ザイブト • 1953-1954: カルロ・ファッシ • 1955-1957: アラン・ジレッティ • 1958-1959: カロル・ディビン • 1960-1961: アラン・ジレッティ • 1962-1964: アラン・カルマ • 1965-1968: エメリッヒ・ダンツァー • 1969-1973: オンドレイ・ネペラ • 1974: ヤン・ホフマン • 1975: ウラジミール・コバリョフ • 1976: ジョン・カリー • 1977-1979: ヤン・ホフマン • 1980: ロビン・カズンズ • 1981: イゴール・ボブリン • 1982-1983: ノルベルト・シュラム • 1984: アレクサンドル・ファデーエフ • 1985-1986: ヨゼフ・サボフチク • 1987-1989: アレクサンドル・ファデーエフ • 1990-1991: ヴィクトール・ペトレンコ • 1992: ペトル・バルナ • 1993: ドミトリー・ドミトレンコ • 1994: ヴィクトール・ペトレンコ • 1995: イリヤ・クーリック • 1996: ヴィアチェスラフ・ザゴロドニュク • 1997: アレクセイ・ウルマノフ • 1998-1999: アレクセイ・ヤグディン • 2000-2001: エフゲニー・プルシェンコ • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2003: エフゲニー・プルシェンコ • 2004: ブライアン・ジュベール • 2005-2006: エフゲニー・プルシェンコ • 2007: ブライアン・ジュベール • 2008: トマシュ・ベルネル |
| フィギュアスケート GPファイナルチャンピオン – 男子シングル |
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1995/96: アレクセイ・ウルマノフ • 1996/97: エルビス・ストイコ • 1997/98: イリヤ・クーリック • 1998/99: アレクセイ・ヤグディン • 1999/00-2000/01: エフゲニー・プルシェンコ • 2001/02: アレクセイ・ヤグディン • 2002/03: エフゲニー・プルシェンコ • 2003/04: エマニュエル・サンデュ • 2004/05: エフゲニー・プルシェンコ • 2005/06: ステファン・ランビエール • 2006/07: ブライアン・ジュベール • 2007/08: ステファン・ランビエール |
| フィギュアスケート 世界ジュニアチャンピオン – 男子シングル |
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1976: マーク・カックレル • 1977: ダニエル・ベランド • 1978: デニス・コイ • 1979: ヴィタリー・エゴロフ • 1980: アレクサンドル・ファデーエフ • 1981: ポール・ワイリー • 1982: スコッ |