アレクサンドル・アブト

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Pix.gif アレクサンドル・アプト
Alexander ABT
Figure skating pictogram.svg
Alexander Abt 2003 NHK Trophy.jpg
2003年NHK杯でのアプト
基本情報
代表国: ロシアの旗 ロシア
生年月日: 1976年10月22日(37歳)
出生地: モスクワ
身長: 179 cm
コーチ: アレクサンドル・ズーリン
元コーチ: セルゲイ・ボルコフラファエル・アルトゥニアン
振付師: アレクサンドル・ズーリン
所属クラブ: Trade Union Moscow
引退: 2004年
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 189.46 2003 GPロシア杯
ショートプログラム: 73.05 2003 GPロシア杯
フリースケーティング: 121.40 2003 GPNHK杯

アレクサンドル・ヴィクトロヴィチ・アプトロシア語: Александр Викторович Абтラテン翻字: Alexander Viktorovich Abt1976年10月22日 - )は、ロシア出身の男性フィギュアスケート選手。2002年ソルトレイクシティオリンピック男子シングルロシア代表・5位入賞。ロシア語読みでは「アリクサーンドル・ヴィークタラヴィチュ・アープト」が近い。

経歴[編集]

  • 6歳のときスケートを始める。
  • ジュニア時代は1975年の世界選手権男子シングルチャンピオンのセルゲイ・ボルコフに師事する。彼が亡くなった後はラファエル・アルトゥニアンコーチに02年まで師事する。
  • 1991年世界ジュニアフィギュアスケート選手権2位。しかし1996年、メキシコのショーの練習中に大怪我をする。
  • シニアに転向後は、後輩のアレクセイ・ヤグディンエフゲニー・プルシェンコという2人の稀代の天才の対決に世間の注目が集まる中、イリヤ・クリムキンとロシアの3番手を争っているとみられることが多かった。
  • 2001年のヨーロッパ選手権では会心の演技をしたものの、ヤグディンには及ばず2位になった。
  • 2002年ソルトレイクシティオリンピックでは総合で5位入賞。その後の世界選手権にも出場したが総合4位と、共に惜しくもメダルには届かなかった。当時のアプトはこのシーズンをもって、競技生活からの引退を考える中、現役続行を表明。
  • 2002-2003年シーズンのロシアフィギュアスケート選手権で、国内大会とはいえ、生涯で初めてのタイトルを獲得。そのすぐ後の世界選手権では足の調子が悪く出場を諦めた。
  • 2004年引退し、プロに転向。ロシア、アメリカを中心に活躍中。

余談[編集]

  • 妻のエレーナは元アイスダンス選手で、彼女の双子の兄アレクサンドル・パブロフと組みロシア選手権にも出ていた[1]
  • 息子マカールの名前はアプトの祖父の名前から取った。苗字がロシアでは珍しいドイツ系な事からドイツ代表転向の噂も過去にあり、ルーツについてよく聞かれるようだが祖父は孤児だった為はっきりしないらしい。

主な戦績[編集]

大会/年 90-91 92-93 93-94 94-95 95-96 97-98 98-99 99-00 00-01 01-02 02-03 03-04
オリンピック 5
世界選手権 6 8 4
欧州選手権 3 4 4 2
ロシア選手権 4 4 7 4 3 3 2 1
GPファイナル 5 4
GPスケートアメリカ 3 3 7 3 2
GPボフロスト杯 3 2 4 2
GPロシア杯 3 2 3 6
GPNHK杯 8 5
ネーベルホルン杯 3 3
ユニバーシアード 3
世界Jr.選手権 2 7 8

シニア[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]