ブライアン・ジュベール

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ブライアン・ジュベール
Brian Joubert
2008年世界選手権の表彰台で
基本情報
代表国: フランス
生年月日: 1984年9月20日(24歳)
出生地: ポワティエ
身長: 179 cm[1]
体重: 74 kg
コーチ: ジャン=クリストフ・シモン (2006-)[2]
元コーチ: アンドレイ・ベレジンツェフ (2004-2006)[1]
ヴェロニク・ギヨン (1988-2003.10, 2005)
Laurent Depouilly (2003.10-2004)
振付師: Ian Jenkins, エフゲニー・プラトフ
元振付師: カート・ブラウニング
ニコライ・モロゾフ
所属クラブ: クラブ・フランスF.F.S.G.[3]
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 240.85 2007 世界選手権
ショートプログラム: 86.90 2009 欧州選手権
フリースケーティング: 160.13 2006 GPロシア
ウィキメディア・コモンズ

ブライアン・ジュベール(Brian Joubert、1984年9月20日[1] - )は、フランスフィギュアスケート選手(男子シングル)。2007年世界選手権優勝、欧州選手権優勝3回。

目次

人物

1984年9月20日フランスポワティエで生まれた。母国では1965年アラン・カルマ以来ひさびさの世界チャンピオンとしてアイドル的な人気を誇り、ミスフランスとの交際が報じられたこともある[4]

トウループサルコウで4回転ジャンプを跳ぶ選手で、「真のスケーターなら、ショートプログラムでも4回転を跳ばなければならない」と述べたことがあるほど4回転への思い入れは強い[5]。練習ではフリップルッツでも4回転に挑戦したことがあるという[6]。その一方でループは苦手としている[6]。また、2008年世界選手権以来、フリップが誤ったエッジからの踏み切りであると判定されることがある[7]

2006年ロシア杯フリースケーティングにおいて、ISUジャッジングシステムのもとでは世界初となる3度の4回転ジャンプに成功[8]

「もちろん、フィギュアスケートはスピンやステップや振り付けやその他全てのもののことでありジャンプだけということではない」とも語っている[9]。 以前はスピンを苦手としていたが、ルシンダ・ルーの指導を受けて改善を図ってきた[10][11]ジャン=クリストフ・シモンコーチは、ジュベールを「生まれながらの競技者」と評している[12]

好きなスケーターとして、アレクセイ・ヤグディンエルビス・ストイコカート・ブラウニングをあげている[13]。一時「ヤグディンのコピー」と揶揄されたことがあるが[4]、これについてジュベールは「ヤグディンに似ていると言われるとしたら光栄だ」と語りつつ[13]、それに続けて「自分の演技を確立して、男性的で現代的な演技を極めたい」としている[13]

経歴

4歳のときにスケートを始めた。ほんとうはアイスホッケーがやりたかったのだが、母に「(スケートをやっていた二人の姉と)同じことをやりたい」と言ったところ、フィギュアスケート教室に入れられてしまった。しかし、ジャンプが楽しかったのでフィギュアスケートにのめり込んでいった[10][6][14][15]

2001-2002シーズンのISUグランプリシリーズスケートアメリカでシニアの国際大会にデビュー。フランス選手権で3位に入ると、初めて出場した欧州選手権でいきなり3位に入り、ソルトレイクシティオリンピック出場を決めた。

2002-2003シーズンは躍進の1年間となった。アレクセイ・ヤグディンが棄権したスケートアメリカで優勝し、初めて進出したGPファイナルでも3位に入った。欧州選手権では2位に順位を上げ、世界選手権では6位となった。2003年10月、長年師事してきたヴェロニク・ギヨンのもとを離れ、Laurent Depouilly の指導を受け始めた[15]。2003-2004シーズン、当時ほぼ無敵の強さを誇っていたエフゲニー・プルシェンコを破り、欧州選手権初優勝を果たした。世界選手権はプルシェンコに次ぐ2位となった。

2004-2005シーズン、5位に終わったGPファイナルの後、コーチをギヨンに戻した[15]欧州選手権は2位となったが、世界選手権では一転、フリースケーティングでミスを重ねて6位に沈んでしまった。この後再びギヨンから離れてアンドレイ・ベレズィンツェフに師事する[15]。2005-2006シーズンに入ってから、一時期ギヨンについたが、結局ベレズィンツェフのもとに落ち着いた[13]。出場した試合のほとんどで表彰台に上がり続けたが、トリノオリンピックだけは6位に終わった。世界選手権はわずかにステファン・ランビエールに及ばず2位となった。

2006-2007シーズン、コーチをジャン=クリストフ・シモンに、振付師をカート・ブラウニングに変更[11]GPシリーズエリック・ボンパール杯ロシア杯GPファイナル欧州選手権世界選手権と、エントリーしたすべての主要国際競技会で優勝した。これは2000-2001シーズンのプルシェンコ以来のことである[5]

2007-2008シーズン、GPシリーズスケートカナダで優勝したが、エリック・ボンパール杯はウイルス性疾患による体調不良で欠場した[5]欧州選手権もまだ体調は戻りきっていなかったが[5]、3位で初出場以来7年連続の表彰台を死守した。世界選手権はSPで6位と出遅れた。翌日のフリー、SP上位の選手たちが次々と転倒するのを見たジュベールは、演技構成から4回転サルコウを外し[11]、そして大きなミスなく演技を終えると、そのまま氷上で優勝を決めたかのようなガッツポーズを見せた[16]。しかし、続く最終滑走者のジェフリー・バトルが素晴らしい演技を見せて優勝し、ジュベールは2位となった。

2008-2009シーズン、GPファイナルのSPで3位につけていたが、腰の痛みでフリーを棄権。何とか出場しようと地元の鍼師の治療を受けたのだが、かえって悪化してしまったという[17]フランス選手権は怪我で欠場した[18]欧州選手権では3度目の優勝を果たし、世界選手権では3位となった。

主な戦績

大会/年 99-00 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09
冬季オリンピック 14 6
世界選手権 13 6 2 6 2 1 2 3
欧州選手権 3 2 1 2 3 1 3 1
フランス選手権 10 14 3 1 1 1 1 1 1
GPファイナル 3 辞退 5 辞退 1 棄権
GPロシア杯 1 1
GPエリック杯 5 4 2 2 1 4
GPスケートカナダ 1
GP中国杯 2
GPスケートアメリカ 9 1 1 3
GPNHK杯 4
世界Jr.選手権 15
フランスJr.選手権 2 4
JGPサンジェルヴェ 4
JGPバルト杯 4

詳細

2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年3月25日-30日 2009年世界フィギュアスケート選手権 (ロサンゼルス) 1
84.40
3
151.57
3
235.97
2009年1月20日-25日 2009年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ヘルシンキ) 1
86.90
2
145.11
1
232.01
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル(高陽) 3
74.55
- 棄権
2008年11月21日-23日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯 (モスクワ) 1
86.10
4
144.68
1
230.78
2008年11月13日-16日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) 3
73.75
4
147.38
4
221.13


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) 6
77.75
2
153.47
2
231.22
2008年1月21日-27日 2008年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ザグレブ) 2
75.25
4
144.20
3
219.45
2007年11月1日-4日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ) 1
78.05
2
135.57
1
213.62


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年3月20日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) 1
83.64
3
157.21
1
240.85
2007年1月22日-28日 2007年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ワルシャワ) 2
75.18
1
151.94
1
227.12
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) 1
80.75
1
152.71
1
233.46
2006年11月24日-26日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 1
77.70
1
160.13
1
237.83
2006年11月17日-19日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) 1
77.35
1
153.73
1
231.08


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月19日-26日 2006年世界フィギュアスケート選手権(カルガリー) 3
34.05
1
80.31
2
156.47
2
270.83
2006年2月10日-26日 トリノオリンピック(トリノ) - 4
77.77
7
135.12
8
212.89
2006年1月17日-22日 2006年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(リヨン) - 2
77.85
3
145.10
3
222.95
2005年11月17日-20日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) - 2
71.55
2
138.86
2
210.41
2005年10月20日-23日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(アトランティックシティ) - 4
62.88
2
127.40
3
190.28


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2005年3月14日-20日 2005年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) 2
33.00
2
79.66
13
122.63
6
235.29
2005年1月25日-30日 2005年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(トリノ) - 1
76.98
2
147.45
2
224.43
2004年12月16日-19日 2004/2005 ISUグランプリファイナル(北京) - 4
67.30
4
126.34
5
193.64
2004年11月18日-21日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) - 4
64.04
1
135.00
2
199.04
2004年10月21日-24日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(ピッツバーグ) - 1
72.10
2
121.36
1
193.46


2003-2004 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2004年3月22日-28日 2004年世界フィギュアスケート選手権(ドルトムント) 2 2 2 2
2004年2月2日-8日 2004年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ブダペスト) 1 2 1 1
2003年11月27日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(旭川) - 4
64.80
5
126.36
4
191.16
2003年11月13日-16日 ISUグランプリシリーズ ラリック杯 - 6
62.17
2
133.41
4
195.58
2003年11月6日-9日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京) - 4
65.67
2
134.17
2
199.84


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2003年3月24日-30日 2003年世界フィギュアスケート選手権(ワシントンD.C.) 9 6 6 6
2003年1月20日-26日 2003年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(マルメ) - 2 2 2
2003年2月28日-3月2日 2002/2003 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) - 4 3 3
3
2002年11月14日-17日 ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) - 1 5 5
2002年10月24日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(スポケーン) - 2 1 1


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2002年3月16日-24日 2002年世界フィギュアスケート選手権(長野) 5 8 15 13
2002年2月9日-21日 ソルトレイクシティオリンピック(ソルトレイクシティ) - 17 12 14
2002年1月14日-19日 2002年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ローザンヌ) 2 3 6 3
2001年10月24日-28日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(コロラドスプリングス) - 10 9 9


2000-2001 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2000年10月26日-29日 ISUジュニアグランプリ バルト杯(グダニスク) 6 4 4
2000年8月23日-26日 ISUジュニアグランプリ サンジェルヴェ(サン・ジェルヴェ) 2 4 4


1999-2000 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2000年3月5日-12日 2000年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(オーベルストドルフ) 6 13 15 15

プログラム

シーズン SP FS EX
2008-2009 Rise[19]
作曲:サフリ・デュオ
映画『ラスト・オブ・モヒカン』サウンドトラック[20]
作曲:トレヴァー・ジョーンズ、ランディ・エデルマン
マドレーヌ
2007-2008[21] オール・フォー・ユー[22]
作曲:Sebastien Damiani
メタリカメドレー
演奏:アポカリプティカ
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:Craig Armstrong
振付:カート・ブラウニング
クロックス
by コールドプレイ
2006-2007[21][23] 映画『007 ダイ・アナザー・デイ』より
作曲:David Arnold
振付:ニコライ・モロゾフ
メタリカメドレー
演奏:アポカリプティカ
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:Craig Armstrong
振付:カート・ブラウニング
Tant Qu'on Reve Encore
by Le Roi Soleil

Rise
作曲:サフリ・デュオ


Love Is All
by ロジャー・グローヴァー


You Are Loved
by ジョシュ・グローバン


アルモニア
by Sebastien Damiani

2005-2006[21] 映画『007 ダイ・アナザー・デイ』サウンドトラック
作曲:David Arnold
振付:ニコライ・モロゾフ
映画『マトリックス』より[24]
作曲:Don Davis

ロード・オブ・ザ・ダンス
作曲:Ronan Hardiman

Mon Ami Mon Maitre
by Serge Lama

エアロダイナミック
by ダフト・パンク

2004-2005[21] ブルーマングループ 映画『1492 コロンブス』より
by ヴァンゲリス
カルーソ
ボーカル:アンドレア・ボチェッリ
2003-2004[21] タイム
by ピンク・フロイド
映画『マトリックス』より
作曲:Don Davis
Ces soirees
by Yannick

Lettre à France
by ミッシェル・ポルナレフ


Love's Divine
by Seal


J'ai Demande a La Lune

脚注

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  1. ^ a b c 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.102
  2. ^ 小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.30
  3. ^ 斎藤貴子編『COLORS フィギュアスケート男子シングルフォトブック』あおば出版、2006年2月、p.56
  4. ^ a b 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.55
  5. ^ a b c d 斎藤貴子編『フィギュアスケート07-08シーズンフラッシュバック』実業之日本社、2008年3月、p.43
  6. ^ a b c 『COLORS 2007』p.29
  7. ^ 2008年世界選手権フリースケーティングのジャッジスコア
  8. ^ 『COLORS 2007』p.28、ジャッジスコア参照。なお、旧採点時代には張民ティモシー・ゲーブル本田武史が3度の4回転ジャンプに成功している。『Cutting Edge 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2005年12月、p.19
  9. ^ /sports/othersports/26mens.html?ref=othersports
  10. ^ a b 『COLORS』p.53
  11. ^ a b c 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.51
  12. ^ [1]
  13. ^ a b c d 『COLORS』p.55
  14. ^ 国際スケート連盟によるバイオグラフィー
  15. ^ a b c d NBCによるトリノオリンピック時のバイオグラフィー
  16. ^ 『男子シングル読本』p.47
  17. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.16
  18. ^ 『WFS36』p.85
  19. ^ 『WFS36』p.34
  20. ^ 『WFS36』p.28
  21. ^ a b c d e 『男子シングル読本』p.53
  22. ^ 世界選手権では歌詞が入っていると判定され (Music violation) 、1点減点された
  23. ^ 『COLORS 2007』p.27, p.30
  24. ^ トリノ五輪後に『マトリックス』へ変更。『フィギュアスケートDays vol.0』DAI-X出版、2006年5月、p.22

外部リンク