アレクセイ・ヤグディン
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| フィギュアスケート | ||
| 金 | 2002 | 男子シングル |
| アレクセイ・ヤグディン Alexei Yagudin |
||
| 基本情報 | ||
|---|---|---|
| 代表国: | ||
| 生年月日: | 1980年3月18日(29歳) | |
| 出生地: | サンクトペテルブルク | |
| 身長: | 175 cm | |
| 元コーチ: | タチアナ・タラソワ アレクセイ・ミーシン |
|
| 元振付師: | ニコライ・モロゾフ | |
| 引退: | 2003年11月 | |
アレクセイ・コンスタンティーノヴィチ・ヤグディン(ロシア語: Алексе́й Константи́нович Ягу́дин、ラテン翻字: Alexei Konstantinovich Yagudin、1980年3月18日 - )は、ロシアサンクトペテルブルク出身の男性プロフィギュアスケーター。2002年ソルトレイクシティオリンピック男子シングル金メダリスト。世界選手権3連覇を含む優勝4回。欧州選手権優勝3回。ISUグランプリファイナル優勝2回。愛称はアリョーシャ。ロシア語発音としては「アリクスィェーイ・カンスタンチーナヴィチュ・ヤグーヂン」が近い。
目次 |
人物
旧ソビエト連邦のレニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれで一人っ子である。母はゾーヤ。好きな俳優はキャリスタ・フロックハート、趣味はテニス、ボウリング、旅行など多岐にわたる。尊敬する選手としてカート・ブラウニングやエルビス・ストイコ、スコット・ハミルトンを挙げ、好きなプログラムもカート・ブラウニングの「ラグ・ギドン・タイム」を挙げている。自身の好きなプログラムにショートプログラムでは「ウィンター」、フリースケーティングでは「アラビアのロレンス」を挙げており、その名に因み愛犬のアメリカン・コッカー・スパニエルには「ロレンス」と名づけた[1]。「ウィンター」は彼のファンの間でも人気が高く[要出典]、2006年ジャパンオープンのガラのアンコールで、引退以降初めて「ウィンター」を再演した際にはファンから狂喜の悲鳴がとんだ。また、オリンピックの金メダルとともに彼といえば「仮面の男」と覚えている人は多い[要出典]。
彼の演技やフィギュアに取り組む姿勢は数多くの後進に影響を与えており、彼やエフゲニー・プルシェンコの次の時代の主役として期待されている[要出典]スイスのステファン・ランビエールやフランスのブライアン・ジュベールは共に、尊敬する選手としてヤグディンの名を挙げた事がある。浅田舞も彼のファンである。
エフゲニー・プルシェンコとの確執がよく噂され、確かに親しい友人であった時期が皆無であることは間違いないと本人も認めている。ソルトレイクシティオリンピックの表彰式で銀メダルのプルシェンコに対する拍手をあからさまに避け、いつまでも銅メダルのティモシー・ゲーブルに対して拍手を送っていたのも知られている(が、この行為は金メダルを強く望んでいたプルシェンコに対する配慮だとも言われている)。但し、ヤグディンはプルシェンコの実力を高く評価していて、2003年に自らが引退した際、「2006年にトリノオリンピックの金メダルを取るのはプルシェンコだろう」と明言している。また2006年にはプルシェンコと握手を交わして抱き合う姿が報じられた。アイスショーのため来日した際にも、二人でショッピングを楽しむなどプライベートでの交友もしばしば見られるようになってきている[要出典]。飲酒運転で逮捕されたことがある[2]。
経歴
4歳からフィギュアスケートを始め、10歳からはサンクトペテルブルグ・フィギュアスケート・アカデミーの総監督アレクセイ・ミーシンコーチの元で習うようになった。
1993-1994年シーズンの世界ジュニア選手権では4位に終わったものの、1995-1996年シーズンにオーストラリアのブリスベンで開催された世界ジュニア選手権で優勝。また、シニアクラスの1996年欧州選手権にも出場し6位入賞を果たした。
1996-1997年シーズンからはシニアクラスに完全転向し、ISUグランプリシリーズに参戦。1997年世界選手権では初出場ながら3位に入り、表彰台にのぼった。1998年、17歳で長野オリンピックに出場。ショートプログラムでは4位につけるも、体調を崩し翌日のフリースケーティングでは5位、総合でも5位入賞に留まった。長野オリンピック後に開催された1998年世界選手権では、優勝を飾り世界チャンピオンとなった。1998年夏、当時頭角を現していたロシアの後輩エフゲニー・プルシェンコをより熱心に指導するようになっていたアレクセイ・ミーシンコーチの元を離れ、単身アメリカに渡り、長野オリンピック金メダリストイリヤ・クーリックの指導者だったタチアナ・タラソワコーチに指導を受けるようになった。
1998年から2002年にかけてはプルシェンコとハイレベルな接戦を繰り返し、4回転時代を牽引する一人となった[要出典]。1998年・1999年・2000年と世界選手権を3連覇。2001年世界選手権ではプルシェンコに敗れて2位となったものの、翌2001-2002年シーズンには出場したISU公式競技会の全てで勝利を飾った。
2002年2月のソルトレイクシティオリンピックではショートプログラム、フリースケーティング共にミスなく滑り、特にフリースケーティングでは4人の審判員が芸術点で「6.0」を出し、技術点は審判員全員が5.9をつけるという完成度の高い演技をして金メダルを獲得した。同年3月の長野市で行われた2002年世界選手権にも出場。「自分のタイトルを取り戻しにきた」と語った言葉通り[要出典]、自身4度目となる優勝を飾った。なお、プルシェンコは怪我を理由に欠場したため頂上決戦の再現とはならなかった。このときはショートプログラムで技術点で1つに芸術点で5つの計6つの「6.0」を出し、フリースケーティングでも芸術点で2つの「6.0」を出した。
2002-2003年シーズンのグランプリシリーズ初戦のスケートアメリカではショートプログラムで首位に立ったものの、元々抱えていた先天性の股関節疾患の悪化によりフリースケーティングを棄権した。シーズンの出場予定試合を全て欠場し治療に専念したが身体は回復せず、翌年2003年11月にスケートカナダのエキシビションに招かれた際にアマチュア競技会からの引退を発表。その日演じた、マイケル・ナイマンの「メモリアル」と、スケートアメリカショートプログラムで首位になった際のプログラム「レーシング」がアマチュア最後の演技となった。
2003年にプロに転向。「スターズ・オン・アイス」などで活躍する傍ら不動産業で成功した[3]。2005年5月、7年間過ごしたアメリカを離れ、故郷であるサンクトペテルブルグに戻った。その後、リムジンサービスの会社を始めたという[3]。2007年8月、競技会に復帰する計画があることを明かした[4]。
技術・演技
ジャンプ
4回転トウループと全種類の3回転ジャンプを安定して決めることができる[要出典]。特に3回転アクセルを得意としており、メディア等を通じて「世界一美しいトリプルアクセル」と称されることもあった[要出典]。ソルトレイクシティオリンピックと2002年世界選手権のフリースケーティングでは4回転トウループ-3回転トウループ-2回転ループを跳んだ。ちなみに実際に競技中に挑むことはなかったが、公式練習では4回転トウループ-3回転トウループ―3回転ループを成功させている[要出典]。
しかし患っている先天性股関節疾患は普通に生活するだけでも10年から20年に一度手術が必要なもので、その影響からトリプルアクセルや4回転ジャンプは今は不可能であり、アクセルジャンプとループジャンプに至っては2回転すら困難となってしまった(それ以外の3回転ジャンプはスターズ・オン・アイスで現在も跳んでいる)。
ステップ
2000-2001シーズンのフリースケーティングで演じたプログラム「グラディエーター」では、ニコライ・モロゾフの振り付けによる斬新なトウステップを披露した。そのステップは後に彼のファンから「ヤグディンステップ」と名づけられ、彼の代名詞となった。それを存分に生かしたプログラムが、タチアナ・タラソワとニコライ・モロゾフが手がけた2002年オリンピックシーズンのショートプログラム「ウィンター」である[要出典]。
主な戦績
| 大会/年 | 1993-94 | 1994-95 | 1995-96 | 1996-97 | 1997-98 | 1998-99 | 1999-00 | 2000-01 | 2001-02 | 2002-03 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 冬季オリンピック | 5 | 1 | ||||||||
| 世界選手権 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | ||||
| 欧州選手権 | 6 | 5 | 1 | 1 | 2 | 2 | 1 | |||
| ロシア選手権 | 5 | 4 | 3 | 2 | 2 | 2 | 2 | |||
| GPファイナル | 5 | 4 | 1 | 2 | 1 | |||||
| GPスケートアメリカ | 3 | 1 | 1 | 2 | 棄権 | |||||
| GPスケートカナダ | 1 | 1 | 1 | |||||||
| GPラリック杯 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | |||||
| GPスパルカッセン杯 | 3 | 1 | ||||||||
| GPロシア杯 | 2 | 1 | ||||||||
| フィンランディア杯 | 1 | |||||||||
| 世界Jr.選手権 | 4 | 1 |
シニア
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Racing - Played-A-Live by Safri Duo |
| FS | 映画「仮面の男」より(The Man In The Iron Mask by Nick Glennie-Smith) |
| EX | Born To Be Wild by Steppenwolf |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2002年10月24日-27日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(スポケーン) | 1 | 棄権 | - |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Winter by Bond |
| FS | 映画「仮面の男」より(The Man In The Iron Mask by Nick Glennie-Smith) |
| EX | Overcome - Ancient Land by Ronan Hardiman |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002年03月16日-24日 | 2002年世界フィギュアスケート選手権(長野) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2002年02月09日-21日 | ソルトレイクシティオリンピック(ソルトレイクシティ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2002年01月14日-19日 | 2002年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ローザンヌ) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2001年12月14日-16日 | ISUグランプリファイナル(キッチナー)[5] | - | 2 | 2 | 1 |
| 1 | |||||
| 2001年11月14日-18日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2001年11月01日-04日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(サスカトゥーン) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 革命のエチュード(Etude in C minor, op.10-12 - Revolutionary by Frederic Chopin) |
| FS | 映画「グラディエーター」より(Gladiator by Hans Zimmer) |
| EX | スタンド・バイ・ミー(Stand By Me by Ben E. King) |
| My Baby You by Marc Anthony | |
| 伝説のチャンピオン(We Are The Champions by Queen) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年03月17日-25日 | 2001年世界フィギュアスケート選手権(バンクーバー) | 5 | 2 | 2 | 2 |
| 2001年02月15日-18日 | ISUグランプリファイナル(東京)[6] | - | 1 | 2 | 2 |
| 2 | |||||
| 2001年01月22日-27日 | 2001年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ブラチスラヴァ) | 1 | 2 | 2 | 2 |
| 2000年11月23日-25日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年11月01日-05日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年10月25日-29日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(コロラドスプリングス) | - | 1 | 2 | 2 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | くるみ割り人形(The Nutcracker, op.71 by Pyotr-Ilyich Tchaikovsky) |
| FS | 映画「ブロークン・アロー」より(Broken Arrow by Hans Zimmer) |
| 歌劇「トスカ」より(Tosca by Giacomo Puccini) | |
| EX | Come Fly With Me by Barry Manilow |
| September Morning by Neil Diamondo |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年03月26日-04月02日 | 2000年世界フィギュアスケート選手権(ニース) | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 2000年02月06日-13日 | 2000年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ウィーン) | 1 | 1 | 2 | 2 |
| 1999年11月18日-21日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1999年11月04日-07日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(セントジョン) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1999年10月28日-31日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(コロラドスプリングス) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | The Revisionist's Tale by Alfred Schnittke |
| FS | 映画「アラビアのロレンス」より(Lawrence of Arabia by Maurice Jarre) |
| EX | Here Comes The Big Parade by Harry Connick, Jr. |
| The Prince of Rose |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999年03月21日-28日 | 1999年世界フィギュアスケート選手権(ヘルシンキ) | 1 | 2 | 1 | 1 |
| 1999年03月04日-07日 | ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1999年02月06日-13日 | 1999年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(プラハ) | 3 | 2 | 1 | 1 |
| 1998年11月20日-22日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 2 | 1 | 1 |
| 1998年11月12日-15日 | ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯(ゲルゼンキルヒェン) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1998年10月29日-11月01日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(デトロイト) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Ziganotchka |
| FS | トロイカ + ロマンス 「吹雪」より(Troika from Snow-Storm by Georgi Sviridov) |
| EX | マック・ザ・ナイフ 「三文オペラ」より(Mack The Knife from The Threepenny Opera by Kurt Weill) |
| Play It Again Sachmo by Louis Armstrong |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年03月28日-04月05日 | 1998年世界フィギュアスケート選手権(ミネアポリス) | 2 | 1 | 2 | 1 |
| 1998年02月08日-20日 | 長野オリンピック(長野) | - | 4 | 5 | 5 |
| 1998年01月10日-18日 | 1998年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ミラノ) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1997年12月19日-21日 | ISUチャンピオンシリーズファイナル(ミュンヘン) | - | 6 | 4 | 4 |
| 1997年11月19日-23日 | ISUチャンピオンシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) | - | 1 | 1 | 1 |
| 1997年11月13日-16日 | ISUチャンピオンシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 2 | 1 | 1 |
| 1997年10月03日-05日 | フィンランディア杯(ヘルシンキ) | - | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | Ruslan and Ludmila by Michael Glinka |
| FS | 歌劇「カルメンより(Carmen by Georges Bizet) |
| EX | One Banana |
ジュニア
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | くるみ割り人形(The Nutcracker, op.71 by Pyotr-Ilyich Tchaikovsky) |
| FS | パリの喜び(Gaite Parisienne by Jacques Offenbach) |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | トッカータとフーガニ短調(Toccata and Fugue in D minor, BWV565 by Johann-Sebastian Bach) |
| FS | Hussar Medley |
著書
- 「オーバーカム」(周地社、2005年) ISBN 9784990051488
脚注
- ^ ISU bio
- ^ Yagudin arrested for DUI『CBC news』2003年9月1日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ a b Gladiator Gone Global Alexei Yagudin『GOLDEN SKATE』2007年4月8日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ フィギュアのヤグディンが現役復帰へ『nikkansportu.com』2007年8月12日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ 2001/2002 ISUグランプリファイナルはフリー演技を2度行った。
- ^ 順位決定方法については2000/2001 ISUグランプリファイナルを参照のこと。
外部リンク
| フィギュアスケート オリンピックチャンピオン – 男子シングル |
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1908: ウルリッヒ・サルコウ • 1920: ギリス・グレイフストレーム • 1924: ギリス・グレイフストレーム • 1928: ギリス・グレイフストレーム • 1932: カール・シェーファー • 1936: カール・シェーファー • 1948: ディック・バトン • 1952: ディック・バトン • 1956: ヘイス・アラン・ジェンキンス • 1960: デヴィッド・ジェンキンス • 1964: マンフレート・シュネルドルファー • 1968: ヴォルフガング・シュヴァルツ • 1972: オンドレイ・ネペラ • 1976: ジョン・カリー • 1980: ロビン・カズンズ • 1984: スコット・ハミルトン • 1988: ブライアン・ボイタノ • 1992: ヴィクトール・ペトレンコ • 1994: アレクセイ・ウルマノフ • 1998: イリヤ・クーリック • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2006: エフゲニー・プルシェンコ |
| フィギュアスケート 世界チャンピオン – 男子シングル |
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1896: ギルベルト・フックス • 1897: グスタフ・ヒューゲル • 1898: ヘニング・グレナンダー • 1899-1900: グスタフ・ヒューゲル • 1901-1905: ウルリッヒ・サルコウ • 1906: ギルベルト・フックス • 1907-1911: ウルリッヒ・サルコウ • 1912-1913: フリッツ・カチラー • 1914: イエスタ・サンダール • 1922: ギリス・グレイフストレーム • 1923: フリッツ・カチラー • 1924: ギリス・グレイフストレーム • 1925-1928: ウィリー・ベックル • 1929: ギリス・グレイフストレーム • 1930-1936: カール・シェーファー • 1937-1938: フェリックス・カスパー • 1939: グラハム・シャープ • 1947: ハンス・ゲルシュビラー • 1948-1952: ディック・バトン • 1953-1956: ヘイス・アラン・ジェンキンス • 1957-1959: デヴィッド・ジェンキンス • 1960: アラン・ジレッティ • 1962: ドナルド・ジャクソン • 1963: ドナルド・マクファーソン • 1964: マンフレート・シュネルドルファー • 1965: アラン・カルマ • 1966-1968: エメリッヒ・ダンツァー • 1969-1970: ティモシー・ウッド • 1971-1973: オンドレイ・ネペラ • 1974: ヤン・ホフマン • 1975: セルゲイ・ボルコフ • 1976: ジョン・カリー • 1977: ウラジミール・コバリョフ • 1978: チャールズ・ティックナー • 1979: ウラジミール・コバリョフ • 1980: ヤン・ホフマン • 1981-1984: スコット・ハミルトン • 1985: アレクサンドル・ファデーエフ • 1986: ブライアン・ボイタノ • 1987: ブライアン・オーサー • 1988: ブライアン・ボイタノ • 1989-1991: カート・ブラウニング • 1992: ヴィクトール・ペトレンコ • 1993: カート・ブラウニング • 1994-1995: エルビス・ストイコ • 1996: トッド・エルドリッジ • 1997: エルビス・ストイコ • 1998-2000: アレクセイ・ヤグディン • 2001: エフゲニー・プルシェンコ • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2003-2004: エフゲニー・プルシェンコ • 2005-2006: ステファン・ランビエール • 2007: ブライアン・ジュベール • 2008: ジェフリー・バトル • 2009: エヴァン・ライサチェク |
| フィギュアスケート 欧州チャンピオン – 男子シングル |
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1891: オスカー・ウーリク • 1892-1894: エドゥアルト・エンゲルマン • 1895: ティボル・フォン・フェルドファリー • 1898-1900: ウルリッヒ・サルコウ • 1901: グスタフ・ヒューゲル • 1904: ウルリッヒ・サルコウ • 1905: マックス・ボハチュ • 1906-1907: ウルリッヒ・サルコウ • 1908: エルンスト・ヘルツ • 1909-1910: ウルリッヒ・サルコウ • 1911: ペル・トーレン • 1912: イエスタ・サンダール • 1913: ウルリッヒ・サルコウ • 1914: フリッツ・カチラー • 1922-1923: ウィリー・ベックル • 1924: フリッツ・カチラー • 1925-1928: ウィリー・ベックル • 1929-1936: カール・シェーファー • 1937-1938: フェリックス・カスパー • 1939: グラハム・シャープ • 1947: ハンス・ゲルシュビラー • 1948: ディック・バトン • 1949: エディ・ラダ • 1950: エド・キラーイ • 1951-1952: ヘルムート・ザイブト • 1953-1954: カルロ・ファッシ • 1955-1957: アラン・ジレッティ • 1958-1959: カロル・ディビン • 1960-1961: アラン・ジレッティ • 1962-1964: アラン・カルマ • 1965-1968: エメリッヒ・ダンツァー • 1969-1973: オンドレイ・ネペラ • 1974: ヤン・ホフマン • 1975: ウラジミール・コバリョフ • 1976: ジョン・カリー • 1977-1979: ヤン・ホフマン • 1980: ロビン・カズンズ • 1981: イゴール・ボブリン • 1982-1983: ノルベルト・シュラム • 1984: アレクサンドル・ファデーエフ • 1985-1986: ヨゼフ・サボフチク • 1987-1989: アレクサンドル・ファデーエフ • 1990-1991: ヴィクトール・ペトレンコ • 1992: ペトル・バルナ • 1993: ドミトリー・ドミトレンコ • 1994: ヴィクトール・ペトレンコ • 1995: イリヤ・クーリック • 1996: ヴィアチェスラフ・ザゴロドニュク • 1997: アレクセイ・ウルマノフ • 1998-1999: アレクセイ・ヤグディン • 2000-2001: エフゲニー・プルシェンコ • 2002: アレクセイ・ヤグディン • 2003: エフゲニー・プルシェンコ • 2004: ブライアン・ジュベール • 2005-2006: エフゲニー・プルシェンコ • 2007: ブライアン・ジュベール • 2008: トマシュ・ベルネル • 2009: ブライアン・ジュベール |
| フィギュアスケート GPファイナルチャンピオン – 男子シングル |
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1995/96: アレクセイ・ウルマノフ • 1996/97: エルビス・ストイコ • 1997/98: イリヤ・クーリック • 1998/99: アレクセイ・ヤグディン • 1999/00-2000/01: エフゲニー・プルシェンコ • 2001/02: アレクセイ・ヤグディン • 2002/03: エフゲニー・プルシェンコ • 2003/04: エマニュエル・サンデュ • 2004/05: エフゲニー・プルシェンコ • 2005/06: ステファン・ランビエール • 2006/07: ブライアン・ジュベール • 2007/08: ステファン・ランビエール • 2008/09: ジェレミー・アボット |
| フィギュアスケート 世界ジュニアチャンピオン – 男子シングル |
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1976: マーク・カックレル • 1977: ダニエル・ベランド • 1978: デニス・コイ • 1979: ヴィタリー・エゴロフ • 1980: アレクサンドル・ファデーエフ • 1981: ポール・ワイリー • 1982: スコット・ウィリアムズ • 1983: クリストファー・ボウマン • 1984: ヴィクトール・ペトレンコ • 1985: エリック・ラーソン • 1986: ウラジミール・ペトレンコ • 1987: ルディ・ガリンド • 1988: トッド・エルドリッジ • 1989: ヴィアチェスラフ・ザゴロドニュク • 1990: イゴール・パシケビッチ • 1991: ヴァシリー・エレメンコ • 1992: ドミトリー・ドミトレンコ • 1993: エフゲニー・プリウタ • 1994: マイケル・ワイス • 1995: イリヤ・クーリック • 1996: アレクセイ・ヤグディン • 1997: エフゲニー・プルシェンコ • 1998: デリック・デルモア • 1999: イリヤ・クリムキン • 2000: ステファン・リンデマン • 2001: ジョニー・ウィアー • 2002: 高橋大輔 • 2003: アレクサンドル・シュービン • 2004: アンドレイ・グリアゼフ • 2005: 織田信成 • 2006: 小塚崇彦 • 2007: スティーブン・キャリエール • 2008-2009: アダム・リッポン |

