ブライアン・オーサー

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Pix.gif ブライアン・オーサー
Brian ORSER
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Christina Gao Brian Orser.jpg
2010ジュニアGPファイナル
時のオーサー(写真左)
基本情報
代表国: カナダの旗 カナダ
生年月日: 1961年12月18日(53歳)
出生地: ベルビル
身長: 168 cm
元コーチ: ダグ・リー
引退: 1988年
 
獲得メダル
フィギュアスケート
1984 サラエボ 男子シングル
1988 カルガリー 男子シングル

ブライアン・オーサーBrian Orser1961年12月18日 - )は、カナダ出身の男性フィギュアスケート選手で、現在はコーチ。1984年サラエボオリンピック、1988年カルガリーオリンピック男子シングル銀メダリスト。1987年世界選手権優勝。当時男子では最高難度のジャンプだったトリプルアクセル(3回転半)を、美しく安定して跳ぶことが出来る数少ない選手であったため、「ミスター・トリプルアクセル」と呼ばれ称えられた[1]IMG所属。

経歴[編集]

オンタリオ州ベルビルに生まれた。もともとアイスホッケーに興味を持っていたが、6歳のときにフィギュアスケートを始めた。1977年、カナダ選手権のノービスクラスで優勝。1978年世界ジュニア選手権では4位となった。1979年カナダ選手権にはジュニアクラスに出場し、トリプルアクセルを成功させる。

1980-1981年シーズンよりシニアクラスに完全転向。1981年カナダ選手権では初優勝を果たし、カナダ男子シングルのエースとなった。1983年世界選手権で自身初のメダル獲得となる3位。

1984年サラエボオリンピックではコンパルソリーフィギュアで7位と大きく出遅れたものの、ショートプログラムでは1位、フリースケーティングでもオリンピック史上初となるトリプルアクセルを成功させ1位、総合2位まで盛り返した。カナダ男子シングル選手としては1932年レークプラシッドオリンピックモントゴメリー・ウィルソン以来のメダルを獲得した。1985年カナダ勲章受章(1988年にはオフィサーに昇進)。

1985年、1986年の世界選手権ではともに2位に終わっていたが、1987年世界選手権で念願の初優勝を飾った。

開会式でカナダ選手団の旗手を務めた1988年カルガリーオリンピックでは、アメリカ代表のブライアン・ボイタノとの対決に注目が集まり、ともにファーストネームがブライアンであることから「ブライアン対決(Battle of the Brians )」と称されたが、敗れて銀メダル。オリンピック後に引退し、プロフィギュアスケーターとして活動を始めた。

引退後[編集]

1989年、テレビ映画「氷上のカルメン(Carmen on Ice)」に助演。その演技により、主演のカタリナ・ヴィットブライアン・ボイタノと共にエミー賞を受賞した[2]

1998年に元恋人から告訴され、同性愛者であることが暴露されたことでスキャンダルとなる。当人も自身がゲイであると公表。この事件は彼にとって大きなダメージになると考えられた。しかしながら、周囲のスケーターや世間の理解を受け[3]、その後はパートナーの男性とともにトロントで暮らしている。

2000年頃から振付師としての活動を始め、エルヴィス・ストイコショーン・ソウヤー本田武史チェンジャン・リージェニファー・ロビンソンなどのプログラム及び多数のアイスショーを手がけた[4]。プロスケーターとしては2007年にカナディアン・スターズ・オン・アイスで引退興行を行い、その後はコーチ業に専念している。

2006年よりコーチとしての活動を始める。主な教え子はキム・ヨナアダム・リッポンクリスティーナ・ガオハビエル・フェルナンデス羽生結弦など。

2009年3月、世界フィギュアスケート殿堂入り。

コーチ[編集]

コーチとしてはキム・ヨナを2009年世界選手権及び2010年バンクーバー五輪金メダリストに導いた実績がある[5]。オファーを受けた当時、オーサーは必ずしも指導者経験が豊富でなかったが、GOEの評価を重視した戦略が功を奏し2009年3月の世界選手権、2010年バンクーバーオリンピックでキムを頂点に導いた。韓国ではキムとともにアイスショーのほか、自伝の出版やTVCMにも出演、五輪後の2010年3月にはソウル名誉市民となった。2010年8月、自身のマネージメント会社IMGを通じてキム側からコーチ契約を一方的に解除されたと発表[6]、一方キム側はこれを否定、その後は互いに非難し合う泥仕合へと発展し、後味の悪い形での関係解消となった[7]。 その後は羽生結弦のコーチをつとめ、2014年ソチオリンピックで羽生を金メダルに導いた。コーチとして2人のオリンピック金メダリストを輩出したのは彼が初めてであり[要出典]、ショートプログラム採点で羽生が史上初の100点越えしたときには跳び上がって喜んでいた。

主な戦績[編集]

大会/年 76-77 77-78 78-79 79-80 80-81 81-82 82-83 83-84 84-85 85-86 86-87 87-88
オリンピック 2 2
世界選手権 6 4 3 2 2 2 1 2
世界Jr.選手権 4
カナダ選手権 1N 3J 1J 4 1 1 1 1 1 1 1 1
スケートカナダ 6 2 2 1 1 1
NHK杯 2 2
ネーベルホルン杯 2
ウィーン杯 1
サンジェルヴェGP 3
Novarat Trophy 1

書籍[編集]

  • チーム・ブライアン(講談社、2014年11月21日)

脚注[編集]

  1. ^ 2007.01.10中央日報 フィギュアの妖精キム・ヨンアの新コーチに「Mr.トリプルアクセル」[1]
  2. ^ Awards for Carmen on Ice,IMDB.com[2]
  3. ^ "Ready, set, come out", The Advocate誌 1999年2月2日[3]
  4. ^ http://www.canadianexcellence.com/choreography.html
  5. ^ 金妍児を2度断ったオーサー=「平均を」が指導哲学〔五輪・フィギュア〕時事通信 2010年2月24日
  6. ^ Brian Orser no longer coaching Olympic Champion Yu-Na Kim Figure skaters on line.com, 2010/08/23
  7. ^ 『朝鮮日報』2010年8月11日第3面より

外部リンク[編集]