ヘイリー・ウェステンラ
| ヘイリー・ウェステンラ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Hayley Dee Westenra |
| 出生 | 1987年4月10日(24歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | クラシカル・クロスオーバー、ポップス、ケルト音楽 |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 2000年 - |
| レーベル | ユニバーサルミュージック デッカ・レコード |
| 共同作業者 | ケルティック・ウーマン |
| 公式サイト | HayleyWestenra.com |
ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra 、1987年4月10日 - )は、ニュージーランドクライストチャーチ出身の歌手である。アイルランド系ニュージーランド人。日本ではヘイリーの名義で活動している。なお、ヘイリーは米語読みであり、ニュージーランドでは、ハイリーに近い発音である[1]。
目次 |
[編集] 略歴
祖母は歌手、母方の祖父はピアニストという音楽好きの一家に育った。6歳の時に学校のクリスマス会で歌を歌ったことから始まった[2]。彼女が絶対音感の持ち主であることに気づいた教師に薦められヴァイオリンやピアノ、リコーダーを習い始めた。やがて発声の練習も始め、ミュージカルの舞台を夢見るようになった。11歳までに40回を超える舞台を務めた。
12歳の時に家族と友人に配布する目的でデモ・アルバム『Walking in the Air』を録音し、1000部を制作した。この録音を終えた後、妹と一緒にクライストチャーチの路上でパフォーマンスを行った。多くの群集に取り囲まれそれに目にしたカンタベリー・テレビ (CTV) の記者から番組への出演申し出を受けた[3]。
テレビでのパフォーマンスはプロモーション会社社長の目に止まり、その後、ユニバーサルミュージック・ニュージーランドからレコーディングの申し出を受けた。2000年に自身の名を冠した「Hayley Westenra」でデビューを果たした。アルバムは好調な売れ行きを示し、クリスマス・アルバム『 My Gift To You 』が制作された。ニュージーランド随一の声楽指導者であるマルヴィナ・メイジャー (en:Malvina Major) も彼女の才能を称賛しレッスンを買って出た。2002年の春にロンドンへ渡った際はラッセル・ワトソンと共演する機会にも恵まれた。
ヘイリーの名が国際的に知られるようになったのは2003年にデッカ・レコードと契約しアルバム『Pure』を発表してからのことである。クラシックの楽曲やポップス、マオリの伝承歌のほか、ジョージ・マーティンの書き下ろし曲などを収録したこのアルバムはイギリスのクラシック・チャートで1位、総合チャートで7位となり、国際的な累計売上は200万枚に達した。
『Pure』は日本でも28位と健闘し、さらにテレビドラマ『白い巨塔』の主題歌に「アメイジング・グレイス」が起用されたことで広くその名を知られるようになった。日本ではこのほかに「モーツァルトの子守歌」が映画『ローレライ』の主題歌に採用されたことも話題になった。
2005年にはアルバム『Odyssey』を発表した。ここで彼女はいくつかの曲を共作し、編曲にも参加している。同年12月にはカート・ブラウニング主催のアイス・ショーにゲスト参加しアンドレア・ボチェッリと共演した[4]。2006年の前半はソロ活動と並行してイル・ディーヴォのツアーにゲスト・パフォーマーとして参加した。同年8月から2007年前半にかけてはケルティック・ウーマンに加入し、コンサート・ツアーに同行した。2007年には『ウエスト・サイド物語』の録音(7月30日発売)にマリア役で参加した。2007年2月にはアルバム『Treasure』を発表。彼女自身が全ての選曲を行ったこのアルバムは彼女の祖母に捧げられた。
2008年5月に日本でシングル「アメイジング・グレイス2008」をリリースした。これは2005年に白血病のために亡くなった本田美奈子.の残された音源との仮想的なデュエットによるバージョンである[5]。同年6月3日には『NHK歌謡コンサート』に洋楽歌手として初めて出演し、本田の2004年のライブ映像をバックにこの“デュエット”版による歌唱を披露した。翌6月4日にはこの「アメイジング・グレイス」に加え日本のポップスのカバーを収録したアルバム『純~21歳の出会い』をリリースした。ここでヘイリーは一部の楽曲の編曲や訳詞も手がけている。「アメイジング・グレイス」の一部とボーナス・トラックの「白い色は恋人の色」ではきれいな日本語による歌唱を聴かせている。
[編集] チャリティー活動
ユニセフ親善大使である。ガーナではオートバイを買うための資金集めに協力しており、少女たちに自転車を贈る活動にも力を入れている[6][7]。このほかにもイギリスでのいじめ防止の活動[8] やニュージーランドでの乳癌の早期発見の啓発活動[9] などにも取り組んでおり、こうした世界でのチャリティー活動は高く評価されている。 2009年3月10日にヘイリー・ウェステンラ東京都(seibi children's home tokyo)チャリティーイベントの孤児院に参加した。[10]
[編集] 私生活
3兄弟の長女で妹と弟がいる。オランダとアイルランドの家系出身。
現在はロンドンに在住。2010年4月、ロンドン在住のフランス人男性と交際していることを認めている。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- Walking in the Air(2000年)
- Hayley Westenra(2001年)
- My Gift To You(2001年)
- ピュア Pure(2003年)
- オデッセイ Odyssey(2005年)
- クリスタル ~ クラシカル・フェイヴァリッツ(2006年)
- アメイジング・グレイス~ヘイリー・ベスト(2007年)
- Treasure~私の宝物 Treasure(2007年)
- ウェスト・サイド・ストーリー(2007年)
- プレイヤー~祈りのピュア・ヴォイス(2007年)
- 純~21歳の出会い HAYLEY sings JAPANESE SONGS(2008年)
- 絆 HAYLEY sings JAPANESE SONGS 2(2009年)
[編集] ミニ・アルバム
[編集] シングル
[編集] ビデオ (DVD)
- ライヴ・フロム・ニュージーランド Live From New Zealand(2005年)
[編集] 脚注
- ^ スコットランドでは、ヒーリーと発音する。
- ^ Hayley Westenra: Live from New Zealand (DVD). Universal Music. (2005).
- ^ Sexton, Paul; Christie Eliezer, Anastasia Tsioulcas (2004-03-27). “Hayley Westenra: Kiwi Star Impresses the World” (Reprint). Billboard 15 (3) 2006年12月13日閲覧。
- ^ Kurt Browning's Gotta Skate 2005 (Television production). NBC. (December 18 2005).
- ^ 本田の2004年のライブ映像と並んでヘイリーが歌うプロモーション・ビデオ(アメイジング・グレイス / ヘイリー duet with 本田美奈子. - YouTube)も制作されている。
- ^ Dolan, Sabine (2005-04-11). “UNICEF Goodwill Ambassador and singing sensation Hayley Westenra visits Ghana”. UNICEF.org 2007年4月15日閲覧。
- ^ “Links”. HayleyWestenra.com. 2007年8月11日閲覧。
- ^ “The Act Against Bullying Cup 2006”. 2007年12月19日閲覧。
- ^ “Biography”. HayleyWestenra.com. 2006年12月13日閲覧。
- ^ http://www.hayley-westenra-international.com/content/hwi-archives-1996-2009
[編集] 外部リンク
- Hayley Westenra: Official Website (英語)
- 世界でひとつのピュア・ヴォイス~ヘイリー オフィシャルサイト ユニバーサルミュージック (日本語)
- ヘイリー・ウェステンラ - MySpace