上野由岐子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
オリンピック
女子 ソフトボール
2004 アテネ ソフトボール
2008 北京 ソフトボール

上野 由岐子(うえの ゆきこ、1982年7月22日 - )は、福岡県福岡市出身のソフトボール選手(投手)。愛称は、「うえぴ」。

2004年アテネオリンピック銅メダリスト、2008年北京オリンピック金メダリスト。九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)出身、ルネサスエレクトロニクス所属。身長173cm、体重72kg。苦手な食べ物はあんこ・生クリーム・高野豆腐である。

目次

[編集] 経歴

小学校3年生からソフトボールを始め、ピッチャーとして活躍。小学校で県大会優勝、柏原中学校で全国制覇。九州女子高等学校2年の時最年少で参加した1999年世界ジュニア選手権で優勝に貢献。ジュニア離れした速球(球速は高校生時で107km/h、日本人最速を記録していた)でオリエンタル・エクスプレスの異名を取り、将来を期待された。

2000年シドニーオリンピック候補にも名前が挙がったが、高校の体育の授業中に怪我(走り高跳び背面跳びの授業で腰椎骨折)をし、シドニー行きを断念。医者に普通の生活も送れなくなるかもしれないと言われる程の大怪我だったが、奇跡的な回復を遂げた。

2001年に高校を卒業後、日立高崎ソフトボール部(現・ルネサスエレクトロニクス高崎 女子ソフトボール部)に入部。史上初の2試合連続完全試合を達成し、2001年の新人王に選ばれた。実業団入りと同時に代表チームにも招集され、シドニー世代の石川多映子増淵まり子に代わって代表のエースとしても活躍を始める。アテネ五輪直前のジャパンカップではアメリカ戦でノーヒットノーランを達成した。

2002年世界大会デビュー戦となった世界選手権、アテネ五輪の出場権がかかった中国戦で完全試合を達成した。

2004年アテネオリンピックではオリンピック史上初の完全試合を含め3勝をあげたが、銅メダルに終わる。選手村の冷房で体調を崩し、決勝トーナメントでは投げることすら出来なかった。

2006年北京で開催された世界選手権では準決勝で世界一のアメリカを封じ込めたものの決勝では逆にKOされ、惜しくも銀メダルだった。

2006年12月14日、ドーハで行われたアジア大会決勝の台湾戦で5回をパーフェクトに抑え(コールド勝ちのため参考記録)、優勝した。

2008年8月20日北京オリンピック準決勝のアメリカ戦、同日夕刻の決勝進出決定戦の豪州戦と2試合続けて登板、いずれも延長戦となり合計318球を投げ完投(準決勝は敗戦、決勝進出決定戦は勝利)した。そして翌21日のアメリカとの決勝戦も先発して7回完投勝利、2日間3試合413球を投げ抜き、球技としては1976年モントリオールオリンピックの女子バレーボール以来となる日本の金メダルに大きく貢献した。

この連戦連投で最終的に勝利を収めたその活躍ぶりは、かつての日本プロ野球の大投手稲尾和久になぞらえて、一部の新聞紙では「神様、仏様、上野様」と言う見出しが出る程になった[1]

2009年4月1日から、ミズノとソフトボール関連アドバイザリースタッフ契約が締結。[2]

2009年10月5日、日本リーグレギュラークラス(デンソー他)の選手を揃える愛知を退け、ときめき国体(新潟県上越市高田公園ソフトボール場)で優勝。貫禄のピッチングだった。特に宮城戦では3回をパーフェクトに抑え、外野フライさえも許さなかった。10月18日、日本リーグ山口大会で時速120km/hを超えるストレートを連発し、MAX121km/hで自己最速および世界最速を記録。11月8日には日本リーグ決勝トーナメントを制し、リーグ史上初の2年連続3冠(日本女子1部リーグ・全日本総合選手権大会・国民体育大会)を達成した。

2010年4月25日、日本リーグ豊田大会でタイブレーク延長8回、2アウトから自身初アーチとなる決勝2ランを放った。同年11月26日の広州アジア大会決勝戦、ストレートに加え、切れのある変化球で中国打線を翻弄し一安打完封で優勝。2002、2006年に続くアジア大会三個目の金メダルを獲得した。球速は国際大会世界最速の121km/hを記録した。


[編集] 「メッセンジャー」由岐子

上野が413球を投げた北京五輪は、ソフトボールが正式競技として行われる最後の大会となることが決まっていた中で行われた。このため、メダル授与後、銀・銅のチームを加え、2016年の夏季オリンピックでソフトボールが再び正式競技として復活するよう、ボールを並べてアピール。当然、上野もその中に加わっていた。

その後も上野は、ソフトボール界の代表として、日本リーグでのプレーのみならず、あらゆる場面においてソフトボールの五輪での復活に向けてアピール活動を行った。その一環なのかどうかは不明だが、サマージャンボ宝くじのCMにも出演した。

だが、そうした関係者の努力も空しく、2009年8月13日、国際オリンピック委員会は、2016年夏季オリンピックで競技に加える候補として、ゴルフと7人制ラグビーの2つに絞り込み、ソフトボールは野球とともに、復活が叶わなかった。落選決定後、上野は報道各社の取材に、「ソフトボールにとって五輪は最高の舞台。子供たちの夢が断ち切られ残念」という趣旨のコメントを述べた。[3]

[編集] プレースタイル

121km/hを記録した世界最速といわれるストレートは、世界屈指の投手として認められてきた上野の真骨頂とされている。

そのスピードは野球での体感速度160-170km/hに匹敵し、投球後にキャッチャーミットに入るまでに0.3秒と極めて短く、その球を打つことはほぼ不可能といわれている。その球威は金属バットをへし折るほどである。

しかしながら、上野の球種はそのストレートだけではなく、シュートなどの多彩な変化球も投げることができるようになり、力で押す投球よりも相手に合わせて粘り強く投げるスタイルを取り入れている。

実際に北京オリンピックの決勝・アメリカ戦においては、連投による疲れから110km/h以上の速球を投げないように指示された中において、変化球を使いこなした投球を見せ、アメリカの強力打線を封じている。

2009年シーズンからピッチャーとしてだけでなく打者として打席にも立っている。飛距離はチーム一とも言われ、パワフルなスイングが持ち味。2009年開幕戦(西武ドーム)の初打席でいきなり痛烈な当たりの二塁打を放った。「打撃だけさせるなら四番打者」とはルネサス高崎の宇津木監督の言葉である。

[編集] 2008北京オリンピック・決勝トーナメント

下の3つの試合、すなわち準決勝3位決定戦決勝戦全てを投げ抜いた。

[編集] 準決勝(8月20日・デーゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
アメリカ合衆国 アメリカ合衆国 0 0 0 0 0 0 0 0 4 4 6 0
日本 日本 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 3 0
  1. 延長9回

[編集] 3位決定戦(8月20日・ナイトゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 R H E
オーストラリア オーストラリア 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 3 7 2
日本 日本 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 1 1x 4 11 1
  1. 延長12回サヨナラ

[編集] 決勝(8月21日・ナイトゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 R H E
日本 日本 0 0 1 1 0 0 1 3 5 0
アメリカ合衆国 アメリカ合衆国 0 0 0 1 0 0 0 1 5 2

[編集] 年度別投手成績





































W
H
I
P
2001




13 10 3 .769 79.1 36 3 3 4 87 1 10 9 9.87 0.79 0.49
2002 17 12 2 .857 110.1 35 3 12 5 147 0 11 8 11.99 0.51 0.43
2003 21 17 3 .850 138.1 54 1 7 1 156 2 6 5 10.15 0.25 0.44
2004 21 15 4 .789 132.1 62 0 16 1 157 3 12 7 10.68 0.37 0.59
2005 18 14 3 .824 124.0 47 2 6 2 163 1 5 3 11.83 0.34 0.43
2006 19 13 4 .765 117.1 51 0 7 3 159 1 11 6 12.20 0.36 0.49
2007 19 13 3 .813 114.2 42 2 5 2 141 0 8 7 11.07 0.43 0.41
2008 22 18 2 .900 141.1 79 0 11 6 153 1 15 11 9.74 0.90 0.64
2009 19 14 4 .778 118.0 61 4 14 2 133 3 14 13 10.14 0.77 0.64
2010 17 12 2 .857 96.1 41 1 8 2 116 0 9 7 10.84 0.51 0.51
通算成績 186 138 30 .821 1172.0 508 16 89 28 1412 12 101 76 10.84 0.45 0.51
  • 表中の太字は、その年のリーグ最高記録
  • 2010年の成績終了時のもの。

[編集] タイトル

  • 新人賞(投手部門)(2001年)
  • 最高殊勲選手賞(2002年・2003年・2005年・2008年・2009年)
  • 最多勝利投手賞(2003年・2004年・2007年・2008年)
  • 最優秀投手賞(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年)
  • ベストナイン(投手部門)(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年)

[編集] 受賞歴

  • JOCスポーツ賞 新人賞(1999年度 第6回世界ジュニア選手権大会女子日本代表チーム)
  • JOCスポーツ賞 最優秀賞(2008年度 北京オリンピック日本代表チーム)
  • バカラ・アスリーツ・オブ・ザ・イヤー(2008年)

[編集] 出演

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ ソフト上野に県民栄誉賞『神様、仏様、上野様』”. サンスポ (2008年8月26日). 2008年10月30日閲覧。
  2. ^ 上野由岐子選手とアドバイザリースタッフ契約”. ミズノ (2009年3月31日). 2009年3月31日閲覧。
  3. ^ ソフトボール五輪落選、上野が「夢を断ち切られ残念」”. asahi.com (2009年8月14日). 2009年8月14日閲覧。 ほか

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語