乙武洋匡

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乙武 洋匡
(おとたけ ひろただ)
誕生 1976年4月6日(38歳)
日本の旗 日本 東京都 新宿区
職業 作家
国籍 日本の旗 日本
公式サイト 乙武洋匡オフィシャルサイト
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乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年4月6日 - )は、日本の作家タレント、東京都教育委員NPO法人グリーンバード新宿代表、元教職員、元スポーツライター東京都出身。

略歴[編集]

東京都新宿区出身。先天性四肢切断(生まれつき両腕と両脚がない)という障害があり、移動の際には電動車椅子を使用している。東京都立戸山高等学校、1浪後、早稲田大学政治経済学部卒業後、明星大学通信教育課程人文学部に入学。

大学時代に早稲田まちづくり活動に参加。このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障害者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。この『五体不満足』は一般書籍の部数記録としては2010年現在で日本第3位の記録を持っている(出版科学研究所調べ)。また学生時代から報道番組にサブキャスターとして出演。2000年2月に都民文化栄誉章を受賞。

大学卒業後は、スポーツライターとしてジャーナリズムの世界に手を広げ活躍しつつ、2005年、新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部学士入学し、教員の道への足がかりとした。教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたためという。2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より2010年3月31日まで杉並区任期つき講師として杉並区立杉並第四小学校に勤務。合宿の際は生徒と共に入浴したりトイレの手助けを受けたとも語った[1]

2013年3月8日、東京都教育委員に就任。

自身のTwitterによると、身長107cm、体重38kgとのことである[2]

私生活では、2001年3月結婚。2008年1月3日に第1子(長男)が誕生。2010年7月9日に第2子(次男)が誕生。第一子誕生の際は小学校勤務だったため育児休暇を取得[3]

上記の活動と並行して2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。

有吉弘行と親交があり、有吉風の『おしゃべりエロだるま』というあだ名をネタとして使っている[4]

乙武洋匡は東日本大震災被災地に対する風評被害の払拭、被災地の復興、及び被災者の被災地への早期帰還を促進するために、福島県双葉郡広野町に2015年開校予定である県立中高一貫校の「ふたば未来学園」の「応援団」に就任した[5]

レストラン入店問題[編集]

レストランにおける接客と移動介助に関するできごと

2013年5月、乙武は銀座の2階にあるレストランを訪ねた。車椅子だと告げずに予約し、店の前に来てエレベーターが二階に止まらないことを知った。店主からは入店拒否され、「ほかのお客様の迷惑になる」と言われたという。店員の協力を得て入店が可能か尋ねると、「忙しいから無理」「これがうちのスタイルなんでね」と言われたと乙武は述べている。「忙しい」と主張していたものの、実際には店主自ら店外まで出てきて入店を拒否したことなどの矛盾も乙武は指摘している。15分ほど待ち、時間を見つけて2階までの移動介助をしようとした店員がいたが、店主がその店員をわざわざ制止して入店させなかったという[6][リンク切れ]

乙武はこの一連の対応を自身のTwitter公式アカウントに投稿した。Twitterでは店側への批判以外に乙武を非難する意見が寄せられたものの、レストラン側はその対応が公になり、謝罪と釈明を行った。この際、乙武は店の状況によっては車椅子の対応が難しいことに理解を示しており、問題は店側の高圧的な態度や接客だと言及している。この件について店側は否定しているが、店側は「よく店員の態度が高圧的だと評される」ことを認識していた [7][リンク切れ]

一連の事態について、自身も飲食店を経営するみんなの党国会議員の松田公太はTwitter上で、個人営業の時代に車椅子客が来た際はどんなに忙しくても対応したとして、こうした対応を店側の善意に頼るのではなく、障害者差別の禁止を義務付けることが重要だと指摘した。そのほか、米国ではこのような構造の店舗は営業許可が下りないとし、どうしても営業を続けたいのなら障害者が来店した際は協力を義務化することで機会の均等を図れるとしている[8][リンク切れ]

また、ライブドア元社長の堀江貴文は、「シンプルに(乙武を)入れてあげればよかった」として、「レストランというビジネスをしているのなら、来た客を喜ばせるという考えに立つのが当然」と述べた[9][リンク切れ]

同年12月、ツイッターで「店名を晒し続けた理由は?」と問われた乙武は「当時は心神喪失状態にあった」などと釈明している[10]

なお、乙武が2013年5月に公表した釈明文は公式サイトで今も読むことができる(2014年12月現在)[11]

著書[編集]

出演[編集]

バラエティ番組[編集]

2014年11月、僕らの一歩が日本を変える。代表(当時)の青木大和氏と2014年香港反政府デモを取材に行った際のレポートが放送された。なお、香港を訪れたのは10月である[12] [13]

映画[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]