第5回NHK紅白歌合戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
第5回NHK紅白歌合戦
Hibiya Kōkaidō.jpg
ジャンル 大型音楽番組
放送期間 1954年12月31日NHK紅白歌合戦第5回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
外部リンク NHK紅白歌合戦公式サイト
テンプレートを表示
第5回NHK紅白歌合戦
ジャンル 大型音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1954年12月31日
放送時間 1954年12月31日
放送局 NHKラジオ第1
公式サイト 公式サイト
テンプレートを表示

第5回NHK紅白歌合戦』は、1954年昭和29年)12月31日日比谷公会堂で行われた、通算5回目のNHK紅白歌合戦。21時15分 - 23時00分にNHKで生放送された。

目次

[編集] 概要

  • テレビとラジオで同時中継されたが、VTRがまだ存在していなかった時代ゆえ、映像は当然現存しない。音声に関しては名古屋在住の一般の男性がラジオ中継の音声を録音していたオープンリールのテープが発見され、1999年末にNHKへ提供された。NHKに現存する紅白の音声はこの回が最古である。ただし、録音されていたのは冒頭から1時間ほどの部分であり、初出場の美空ひばりが「ひばりのマドロスさん」を歌う模様は収録されていない。この回の写真も現存する。
  • 2004年NHKラジオ第1で放送された特集番組内で、現存するラジオ中継の音声のうち、オープニングと6人の出場歌手達の歌の音声が紹介された。紹介された歌手達は以下の通り(当時の歌唱順)。
  • 2005年にもNHKラジオ第1で放送された特集番組内で、江利チエミの歌のラジオ中継の音声が紹介されている。
  • この回で美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの3人娘が初めて揃い踏みした。ひばりに関しては、既にラジオ時代の第3回の時点で、出演のオファーがかけられていたが、第3回は正月興行、その次の第4回は年末の公演との兼ね合いから、ひばりサイドから出演を見送られた経緯があり、NHKにとっては3度目の「ラブコール」が実った形となった。
  • ボーイソプラノの河野ヨシユキが11歳で初出場。この最年少出場記録は以降、2008年第59回に“藤岡藤巻大橋のぞみ”として出場した当時9歳7ヶ月の大橋のぞみに破られるまで54年間に亘り続いた(現在の最年少出場記録は2011年第62回における芦田愛菜の7歳193日)。河野の歌唱曲『キツツキの赤いトランク』の曲間では白組司会の高橋圭三が「立派な男性です。念のため。」と解説。
  • この当時はまだテレビの普及率も高くなく、ラジオで紅白を聞く人のほうが圧倒的に多かったこともあってか、上記の河野ヨシユキに限らず、その時のステージ上の光景が説明されることが多かったようである。江利チエミのステージでも間奏中に男性実況アナウンサーが「ペギー葉山さんと(雪村)いづみちゃんが盛んに踊って、男性軍をからかっております。」と光景を説明している。
  • この年使用したマイクロホンは、司会者用・歌手用共にRCA-77D。しかし、なぜか歌手用のところだけは紅白両軍共に同じマイクが2本並んでいる。

[編集] 司会者

[編集] 審査員

[編集] 出場歌手

紅組 白組
歌手 歌手
宮城まり子(初) 毒消しゃいらんかね 岡本敦郎(4) 高原列車は行く
奈良光枝(3) 白いランプの灯る道 真木不二夫(2) 山の呼ぶ声母の声
江利チエミ(2) ウスクダラ 浜口庫之助(2) セントルイス・ブルース・マンボ
川田孝子(初) 山の乙女 河野ヨシユキ(初) キツツキの赤いトランク
松田トシ(初) 村の娘 藤山一郎(5) ケンタッキーの我が家
雪村いづみ(初) オー・マイ・パパ 高英男(2) ロマンス
菊池章子(4) 春の舞妓 津村謙(4) 待ちましょう
神楽坂はん子(2) 見ないで頂戴お月様 春日八郎(初) お富さん
ペギー葉山(初) 月光のチャペル 笈田敏夫(2) 愛の泉
松島詩子(4) スペインの恋唄 近江俊郎(4) 忘れないよ
長門美保(初) 松島音頭 藤原義江(初) 鉾をおさめて
淡谷のり子(2) 枯葉 伊藤久男(4) 数寄屋橋エレジー
美空ひばり(初) ひばりのマドロスさん 小畑実(2) 長崎の街角で
二葉あき子(5) パダム・パダム ディック・ミネ(3) 雨の酒場で
渡辺はま子(4) 東京の薔薇 霧島昇(3) 石狩エレジー

[編集] 参考文献・出典

  • NHK『テレビ50年 あの日あの時、そして未来へ』(NHKサービスセンター 2003年2月)

[編集] 外部リンク