大平光代
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大平 光代(おおひら みつよ、1965年10月18日 - )は日本の弁護士、元大阪市助役、龍谷大学客員教授。
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略歴
兵庫県西宮市生まれ。中学生の頃、いじめを苦にし割腹自殺を計る。その後非行に走り、16歳の時、背中に観音様と蛇の刺青を入れた。暴力団組長と結婚、一児をもうけるが22歳で離婚。その後、大阪・北新地にてクラブのホステスをしているとき、父の友人である大平浩三郎と再会する。浩三郎はのちに光代の養父となる。浩三郎の強い勧めで更生を決心。宅建試験、司法書士試験に合格。その後、近畿大学法学部通信教育課程に入学し、三年のとき、最難関である司法試験に1年間の猛勉強の末、28歳で一発合格する。司法試験の第一次試験免除が目的で入学した大学は中退している。2000年、波乱の半生を描いた自伝『だから、あなたも生きぬいて』(講談社)が200万部を超えるベストセラーになった[1]。
2003年12月、關淳一大阪市長から依頼され、大阪市助役に就任。異例の市役所外部からの人事として話題となった。弁護士活動は一時休止。翌年には、大阪市問題が大々的に報道され、市政改革の先頭に立った。2005年10月17日、關市長の突然の辞任にともない、大阪市助役を辞任。2006年1月6日、大阪市法律顧問(法令遵守担当)に就任することが市から発表されたが、市議会の自民党、公明党の議員たちから反発され、翌1月7日に就任を辞退。
2009年4月、龍谷大学客員教授に就任。
雑誌連載
- 「婦人公論」誌で連載をしている。
- 連載タイトル
- ~2009年3月:「今日を生きる」
- 2009年4月~:「陽だまりの時間」
- 「大乗」誌で「ひかりの中で」を連載している。
テレビ出演
作品
著書
- だから、あなたも生きぬいて(講談社、2000年)
- 英文版 だから、あなたも生きぬいてSo Can You (ジョン・ブレナン訳、講談社インターナショナル、2001年) - 英語訳
- あなたはひとりじゃない 悩める母たちへ子供たちへ( 光文社、2001年)
- 応援します、あなたの旅立ち 大平流「独学」のすすめ(講談社、2002年)
漫画原作
- あなたなら、どうする(高里むつる【漫画】、講談社、2004年)
脚注
関連項目
外部リンク
活字
連載誌
その他
- 弁護士大平光代さんに聞く - 読売新聞、2000年7月30日付けのジュニア・プレス面で紹介できなかったもの。
- 大平光代講演会 - 西尾KIRARAロータリクラブ創立10周年記念式典、2001年5月26日
- 本当は学校で子どもたちを救ってほしいのです - 学びの場.com、2002年
- 子どもの心に寄り添って - 教育大阪Vivo la Vita、2004年8月号
- 大平光代さんを取材 - mm(ミリメートル)、2006年1月14日
- 娘が迷ったときの「道標」に - 産経新聞、2006年6月29日、東京朝刊
- 「出口は必ずある」ダウン症の娘 9月に出産 あるがまま愛して - 読売新聞、2006年12月7日
- 大人が「道標」を - 産経新聞、2006年12月16日
- 大平光代さん(弁護士)ビデオメッセージ - 第11回チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2006、国際会議 in TOKYO 議事録
- 弁護士 大平光代さん(みっちゃん)からの、ご祝辞 - 第11回チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2006国際会議 in TOKYO
- ダウン症の娘は私の女神 - 女性自身、2007年3月27日
- 僧侶を目指す元大阪市助役の弁護士 大平光代さん - 読売新聞、2007年8月28日
- 命への感謝教えたい - 読売新聞、2007年10月23日夕刊
- 喜びが毎日生まれる - 日本経済新聞、2007年10月30日
- 命への感謝教えたい - 読売新聞、2007年11月01日
- ゆっくり生きる幸せをありがとう - 女性自身、2008年新春号
- ユニバーサル社会の実現を目指すシンポジウム - 読売新聞、2008年4月9日
- ユニバーサル社会の実現へ - 道21世紀新聞 Route Press 21st. 、2008年6月号
- すべての人が誇りを持って生きられる社会へ - NEW MEDIA、2008年6月号
- パネルディスカッション - ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム、2008年
映像
- ビデオメッセージ - 環の国くらし会議
- ナミねぇ&大平光代さん 対談講演 - 於:神戸学院大学、2006年4月3日
- 弁護士 大平光代さん ビデオメッセージ - CFJ2006国際会議 in 東京

