村木厚子

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むらき あつこ
村木 厚子
生誕 1955年
日本の旗 高知県
出身校 高知大学文理学部経済学科卒業
職業 厚生労働事務次官
配偶者 村木太郎
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村木 厚子(むらき あつこ、1955年 - )は、日本労働官僚旧姓西村(にしむら)。厚生労働省4人目の女性局長として、2008年に雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)、厚生労働省社会・援護局長を歴任し、2013年7月に厚生労働事務次官に就任した。

人物[編集]

高知県出身。夫は労働省入省同期の村木太郎[1][2]。2女の母でもある。

土佐高等学校を卒業し、高知大学文理学部経済学科に進学した[3]社会保険労務士の父の背中を見て育ち、大学卒業後の1978年に、労働行政を管轄する労働省に入省した[3]。なお、その際の国家公務員上級試験では、高知大学からの合格者は村木1名だけであった[3]

東京大学出身者の男性キャリアが多い霞が関中央省庁幹部の中では、珍しい地方国立大学出身の女性で、さらに厚生労働省では少数派の旧労働省出身であった。誰もが認める次官候補や、エースと呼ばれるタイプではなかったが、障害者問題を自身のライフワークと述べ、人事異動で担当を離れた後も福祉団体への視察を続けるといった仕事に臨むまじめな姿勢や、低姿勢で物腰柔らかく、誰も怒らせることなく物事を調整することができる、敵を作らない典型的な調整型官僚として有能であることが評価されていた。女性としては松原亘子に続き、2人目となる事務次官就任の可能性もささやかれていた[4]

2008年には、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長に就任した。2012年9月10日に厚生労働省社会・援護局長。2013年7月2日に厚生労働事務次官に就任。

凛の会事件[編集]

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長時代に、自称障害者団体「凛(りん)の会」に偽の障害者団体証明書を発行し、不正に郵便料金を安くダイレクトメールを発送させたとして、2009年6月、大阪地方検察庁特別捜査部長の大坪弘道や同特捜部副部長の佐賀元明の捜査方針のもと、虚偽公文書作成・同行使の容疑で、同特捜部主任検事の前田恒彦により逮捕された。逮捕時に舛添要一厚生労働大臣(当時)は「大変有能な局長で省内の期待を集めていた。同じように働く女性にとっても希望の星だった」と、容疑者となった村木に、賛辞ともとれる異例のコメントを発表した。[4] しかし同年7月大阪地検は虚偽有印公文書作成・同行使罪で、村木を大阪地方裁判所に起訴した。

2009年11月に保釈請求が認められ、逮捕から約5ヶ月ぶりに勾留を解かれた。弘中惇一郎弁護士及び夫も同席した保釈後の記者会見では、容疑事実を強く否定し、改めて無罪を主張した[5]

2010年9月10日、大阪地裁無罪の判決を言い渡した。長妻昭厚生労働大臣(当時)は「それなりのポストにお戻り頂く」と、無罪が確定した場合は局長級で復職させる旨を言及した。

その後、2010年9月21日に大阪地検上訴権を放棄したため、下級審での無罪判決が確定判決となった[6]

その同じ日に朝日新聞は、本事件を担当した大阪地検特捜部主任検事・前田恒彦が証拠改ざんを行っていたことを朝刊でスクープし、同日夜、前田は証拠隠滅の容疑で逮捕された。その後、同年10月1日には、大阪地検特捜部長であった大坪弘道[7]及び同副部長であった佐賀元明[8]が、同特捜部当時の部下であった前田による故意の証拠改ざんを知りながら、これを隠したとして犯人蔵匿の容疑で逮捕された。この事件において、村木の逮捕に深く関わった検事3人の職務遂行が犯罪の疑いをかけられ、逆に容疑者として逮捕されるという極めて異例の事態となった。詳細は大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件を参照のこと。

なお、佐藤優は「村木厚子さんは無罪になりましたが、部下に公印を使われた上司としての責任は当然問われないといけない」と述べた[9]。2012年2月、部下の有罪確定を受けて、訓告処分を受けた[10]

復職[編集]

2010年9月21日、起訴休職処分が解かれ、村木は厚生労働省に大臣官房付として復職した。その後内閣府に出向し、9月27日付で局長級の内閣府政策統括官(共生社会政策担当)に就任した[11]青少年育成や少子高齢化自殺犯罪被害者対策、障害者施策等の施策の担当である。[12]。また、内閣府自殺対策推進室長と内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)も併任した[13]。10月21日から菅直人内閣総理大臣の特命を受け、待機児童ゼロ特命チーム事務局長を併任した。

検察の在り方検討会議では大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件で勾留された一人として意見を述べた。

2012年2月、国側から得た賠償金を、社会福祉法人南高愛隣会に寄付することを表明し、同年3月、「共生社会を創る愛の基金」が創設された[14]

2012年9月10日付で、厚生労働省社会・援護局長に就任し、3年3か月ぶりに厚生労働省に局長として復帰した。

2013年7月2日付で、金子順一の後任として厚生労働事務次官に就任した。女性が事務次官の地位につくのは、松原亘子労働事務次官(当時)以来、16年ぶり2人目である[15]

略歴[編集]

著書[編集]

共著[編集]

テレビドラマ[編集]

私は屈しない〜特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日・お母さん負けないからね!」(2011年1月31日TBSテレビ月曜ゴールデン

村木をモデルとして創作されたオリジナルドラマ。原案は文藝春秋2010年10月号に掲載された江川紹子のルポ「私は泣かない、屈さない〜厚生労働省女性キャリア幽囚163日」

脚注[編集]

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  1. ^ 「働く女性の希望の星だった」厚労相、局長逮捕に落胆[リンク切れ] 読売新聞 2009年6月15日
  2. ^ 当時は、大臣官房総括審議官
  3. ^ a b c 村木厚子「私は泣かない、屈さない――厚生労働省女性キャリア幽囚百六十三日」『文藝春秋』88巻12号、文藝春秋2010年10月1日、109頁。
  4. ^ a b 週刊AERA2009年6月29日(朝日新聞社)
  5. ^ 村木・厚労省元局長保釈、会見で「全面無罪」訴え(朝日新聞)
  6. ^ 村木元局長の無罪確定…検察が上訴権放棄 - 読売新聞(2010年9月21日22時10分)[リンク切れ]
  7. ^ 大阪地検特捜部長の後、京都地検次席検事。逮捕の1時間前に大阪高検総務部付に異動
  8. ^ 大阪地検特捜部副部長の後、神戸地検特別刑事部長。逮捕の1時間前に大阪高検総務部付に異動
  9. ^ 【揺れる検察 鼎談(上)】特捜部の成果主義が問題 チェック機能の整備必要 産経新聞2010年10月7日[リンク切れ]
  10. ^ 村木さんを訓告処分 2012年2月7日[リンク切れ]
  11. ^ 前任者が消費者庁次長へ異動した後は、空席であった
  12. ^ 産経新聞2010.9.24 11:20
  13. ^ 「人事異動」『官報』5407号、国立印刷局2010年9月30日、10面。
  14. ^ 共生社会を創る愛の基金キックオフ会のお知らせ 2012年3月19日南高愛隣会ホームページ
  15. ^ 「霞が関、女性登用に遅れ」 村木厚労次官が会見 2013年7月2日(日本経済新聞)
  16. ^ 朝日新聞2009年7月9日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]