津川雅彦

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つがわ まさひこ
津川 雅彦
津川 雅彦
東京国際映画祭での津川(2005年10月22日)
本名 加藤 雅彦(かとう まさひこ)
別名義 マキノ 雅彦
生年月日 1940年1月2日(74歳)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
身長 171cm
血液型 O型
職業 俳優映画監督芸能プロモーター評論家
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1945年 -
配偶者 朝丘雪路1973年 - )
著名な家族 真由子(娘)
澤村国太郎(父)
マキノ智子(母)
長門裕之(兄)
牧野省三(祖父)
その他はマキノ家を参照。
事務所 グランパパプロダクション
公式サイト 津川雅彦オフィシャルサイト
主な作品
映画
マルサの女』 / 『濹東綺譚
忠臣蔵外伝 四谷怪談
プライド・運命の瞬間
テレビドラマ
必殺橋掛人』 / 『八代将軍吉宗
葵 徳川三代』 / 『サラリーマン金太郎

津川 雅彦(つがわ まさひこ、1940年1月2日 - )は、日本俳優映画監督芸能プロモーター評論家京都市中京区出身。別名義 : マキノ 雅彦(マキノ まさひこ)は映画監督をする際に名乗っている。芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務める。

本名 : 加藤 雅彦(かとう まさひこ)。妻は朝丘雪路、娘は真由子、父は沢村国太郎、母はマキノ智子、兄は長門裕之、祖父は牧野省三。その他の身内についてはマキノ家を参照。

来歴[編集]

芸能一家に生まれ、子役として数本の映画に出演していたが、本格的な銀幕デビューは16歳のとき、1956年の日活映画『狂った果実』である。やはりこの映画が本格的な主演デビューとなる石原裕次郎の弟役を探していた石原慎太郎が一目見て気に入り、沢村家に頼み込んで強引にキャスティングして名付け親ともなったが、本人は新聞記者に憧れて早稲田高等学院に在学しており、「夏休みだし1本くらい出てもいいか」と軽い気持ちだったという。しかし映画のヒットとともにたちまちスターダムに上り詰め、日活の看板俳優となった。

人気の勢いで松竹へ移籍するがここではヒットに恵まれず、フリーに転身してテレビなどに活動の場を広げた。しかし1969年のデヴィ・スカルノとの不倫騒動をきっかけに仕事が激減。窮地に陥っていたところ、1972年から開始された必殺シリーズの悪役に起用された。演出を担当した松本明は「世の中のみんなはお前が嫌いなんだから殺される悪役をやれ!」と言って津川を起用したというが、美男スターのプライドを捨てて悪役をこなす中で多くを学んでいったという。

1982年には映画『マノン』でブルーリボン賞助演男優賞を受賞。以後、この作品におけるような好色な中年男性を多く演じ、評価を確立。また伊丹十三監督作品の常連として厳しい演技指導を受ける中で、演技に開眼していった。

中年となってからの演技派としての活躍には、叔母である沢村貞子から「雅彦、お前はね、顔がいいんだから芝居は4倍うまくならないと認めてもらえないよ」と、津川が若い頃に口酸っぱく忠告されたことが影響しているといわれる。20代半ばに差し掛かる頃より徐々に肥え始め、それに伴い独特の癖のある風貌が強くなっていった。しかし逆にその個性を活かし、真っ当な役柄から変質者まで幅広く演じるほどの演技力を持つに至った[1]

ジェームス三木脚本の作品に多く出演している。渡辺淳一原作作品の常連出演者でもあり[2]、ジェームズ三木、渡辺、伊丹の3人を自分にとって「三種の神器」のような存在であり、彼らなくして今日の自分はなかったとしている[3]

時代劇への出演も多く、三英傑織田信長豊臣秀吉、徳川家康)をすべて演じたが、後述の出演作品一覧の通り、徳川家関係の人物を演じることが多く、大河ドラマだけでも、家康、綱吉、慶喜を演じている。

2014年春の叙勲では旭日小綬章を受章した。

年譜[編集]

人物[編集]

  • 60歳を越えても穴開きジーンズといったグランジ・ファッションを好む。若い女性からも注目されたことで有頂天になり、「合コンしないで何をやる!」が口癖となるほどの合コン好きとなった。合コン仲間には奥田瑛二明石家さんま高橋克典宍戸開らがいる。趣味はメールで、絵文字が大好き。芸能界きっての食通でもある。
  • 自身はテレビを主要な仕事の場としていながらも、「テレビは諸悪の根元。思考停止装置」「毎日茶の間に入り込み、コマーシャルを見せて商品を売る訪問販売だ」と、テレビとマスコミを強く批判している。固定電話を使った世論調査に対しても「今時、固定電話を置く家庭は茶の間のテレビで低俗文化の洗脳を受けている層が多かろう」と主張している[5]
  • 福岡県飯塚市嘉穂劇場が水害に遭った際には、旅芸人座長団や俳優仲間らとともに、その再建運動に尽力した。
  • お笑いタレントの松村邦洋には、『サラリーマン金太郎』の大和会長役でモノマネをされている。その際松村はよく首を振るのだが、津川本人は実際あまり首を振らないので、その旨を松村に言ったことがある。ところが、やがて津川本人は松村に「松ちゃんが首振るから僕も今度から首を振ることにしたよ」などと語り、本家がモノマネ芸人に合わせるという本末転倒なことになった[6]。『葵 徳川三代』で演じた徳川家康の真似もされている。

家族との関わり[編集]

  • 一人娘の真由子を溺愛している。そのため、もし彼女に恋人ができたとしても、「(娘の彼氏という立場の男を)好きになれるはずがない!」と、断固娘の恋人を拒否し続け、それが娘にとって大いなる足枷となっている。溺愛の理由には、真由子が1974年(昭和49年)に生後5か月で誘拐された津川雅彦長女誘拐事件が一因となっている。誘拐当時、東京新聞から「売名行為の自業自得」などと批判めいた報道もなされており、先述のようなメディアへの懐疑的な姿勢の背景にも、この事件がある。

長門裕之との関係[編集]

実兄で演技派俳優の長門裕之とはデビュー以来何かと比較されライバル関係が続いていたが、『マノン』の演技で津川が1982年度のブルーリボン賞最優秀助演男優賞を受賞した際に、長門が津川の実力を認め、和解して現在に至る。長門の晩年は共演が多く、『八代将軍吉宗』『サラリーマン金太郎』『刑事☆イチロー』『相棒』『戦国自衛隊・関ヶ原の戦い』などがある。また自身の監督作品『寝ずの番』『次郎長三国志』にも長門が出演した。また長門が死去した際、妻の南田洋子を既に亡くし、子供もいなかったため、津川が葬儀の喪主を務めた。「スター千一夜」第1回放送が長門兄弟であり、2009年の「レディス4」が最後の共演となった。

緒形拳との関係[編集]

緒形拳とは親友同士。「ガタ」と呼び、お互いのことは何でも話し、幾多の困難を共に切り抜けてきた仲。臨終を看取り、「緒形拳を偲ぶ会」を立ち上げる。肺気胸で倒れた際は緒形が亡くなった同じ病院・病室を希望し、「ガタが守ってくれた」と語った。

政治的主張[編集]

  • 保守的な主張で知られ、その種の団体・会合に参加している。「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」、「首相の靖国神社参拝を求める国民の会」の発起人も務める。映画『プライド・運命の瞬間』で東條英機役を演じる際、東條家を訪れて話を聞いたうえで役作りに生かしたという。その演技ぶりは東條の遺族に「まるで東條英機が生き返ったようです」と絶賛された。なお、この時朝日新聞の記者から『A級戦犯を演じることの是非』を問われ、「じゃあ君(質問した記者に対して)はどう思うのかね!」と質問で返した[7]。また、『落日燃ゆ』(2009年、テレビ朝日)では吉田茂を演じている。ブログなどでも政治的な発言をしばしばしており、民主党日本教職員組合を批判し、自由民主党を支持することが多い。大江健三郎を「中国韓国に媚び、自身の売込みに必死なエセ文化人の反日分子」と批判したこともある[8]
  • 2012年(平成24年)7月15日より、評論活動引退により番組を降板する三宅久之より指名を受けて『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)のレギュラーパネリストとなった。番組内では準レギュラーパネリストである田嶋陽子や、左派・リベラル系の出演者と意見が対立することが多い。
  • 2012年自由民主党総裁選挙では、「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の発起人を務めた[9]。結果、安倍は同総裁選で当選し、同年12月16日第46回衆議院議員総選挙を経て第96代内閣総理大臣に就任した。

出演[編集]

映画[編集]

吹替[編集]

テレビドラマ[編集]

第29話「浮世絵の女」
第30話「情事の秘密」
第308話「結婚サギ師・責任とってもらいます」
第318話「夫を盗まれた妻の復讐」
第320話「ボウリング場殺人事件」
第324話「ズッコケ娘にホトホトまいった」
第333話「フランスで死んだ女」
第334話「荒野のカー・アクション殺人」
第345話「まあ恥ずかしい! スターの告白」
第347話「すごーい奥さんの飛行機爆破作戦」
第17話「やきいもや」 - 清十郎 役
第42話「わらじ」 - 浪人・宗方 役

徳川氏役[編集]

徳川氏の役が多い。徳川家康、特に老年期の家康役を5回演じている。

家康
家綱
  • 大奥(1968年 - 1969年、関西テレビ)
綱吉
慶喜

必殺シリーズ[編集]

一時期、女性問題や所属事務所移籍問題の影響を受けて、仕事の入らない時期があった。そんな中、当時朝日放送ディレクターとして活躍していた親友の松本明からの熱心な誘いを受けて、『必殺仕掛人』に悪役としてゲスト出演した。

それまでの正統派二枚目俳優のイメージを覆した個性的な悪人を演じた上、仕置される時には妙な奇声をあげて殺られる演技が大きな反響を呼び、以降も初期の必殺シリーズ(第2作『必殺仕置人』 - 第7作『必殺仕業人』)常連悪役として、作品に花を添えた。第24作『必殺橋掛人』では主人公へ昇格。初期作品に通ずるドラマ作りに大きく貢献した。

ゲスト出演作品
  • 必殺仕掛人 第15話「人殺し人助け」(1972年12月9日) - 鳥越の松十郎 役
  • 必殺仕置人 第9話「利用する奴される奴」(1973年6月16日) - 清造 役
  • 助け人走る 第5話「御生命大切」(1973年11月17日) - 笹本虎之助 役
  • 暗闇仕留人 第8話「儲けて候」(1974年8月10日) - 境屋利兵衛 役
  • 必殺必中仕事屋稼業 第20話「負けて勝負」(1975年5月16日) - 伊三郎 役
  • 必殺仕置屋稼業 第2話「一筆啓上罠が見えた」(1975年7月11日) - 鳶辰 役
  • 必殺仕業人 第2話「あんたこの仕業どう思う」(1976年1月23日) - 田島屋伝兵衛 役
  • 必殺仕事人2010(2010年7月10日)- 沢木丹波守 役
主演作品
劇場版出演作品

相棒シリーズ[編集]

テレビ朝日『相棒』シリーズでは衆議院議員・瀬戸内米蔵役を演じる。

  • season2 最終話(2004年3月17日)
  • season3 第1話 - 第3話、最終話(2004年10月13 - 27日、2005年3月23日)
  • season4 第1話(2005年10月12日)
  • season7 第1、2話 (2008年10月22日、29日)
  • season9 最終話(2011年3月9日)
  • season12 最終話(2014年3月19日)

CM[編集]

司会[編集]

  • MBS競馬中継MBSラジオ、後に『サンデー競馬中継 みんなの競馬』→『GOGO競馬サンデー!』)の司会を1970年代前半に務めたことがある。生粋の「穴狙い」で、本命で決着した際は、「本命でした!チェッ!」と言う癖があった。 

その他のテレビ[編集]

ラジオ[編集]

監督作品[編集]

映画監督マキノ雅弘の甥である津川は、マキノ雅彦名義で映画監督として活動している。

著書[編集]

  • 『恋娘 パパを育ててくれた君へ』(津川雅彦著、主婦の友社1984年) - 娘の真由子に語りかける文体で構成されたエッセイ。「第二章 誘拐事件」では事件の発端から解決までの顛末が仔細に語られている。

事業家[編集]

芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務める。

  • おもちゃ・絵本の販売店「グランパパ」のオーナーでもある。娘の真由子の誕生の時、木製のおしゃぶりをドイツから取り寄せたのをきっかけに、子供に安全な本物志向のおもちゃの必要性を感じて設立。評判となり全国展開するほどに成長した。しかし、フジテレビ関西テレビ系の情報番組『新報道プレミアA』で、グランパパが経営悪化し6億5千万円の債務を背負っていたことが明らかになった。一時、自己破産の危機に陥ったが、支援企業が共同経営者になる条件付きで債務を肩代わりしてもらい、津川は破産を免れた。
  • 一方で1988年(昭和63年)、廃線となった北海道の旧国鉄広尾線を「幸福鉄道」としてよみがえらせ、北海道広尾町の町営牧場など約500ヘクタールの土地に100億円をかけ、「夢の王国サンタ愛ランド」を作ろうと計画。イギリススコットランドの古城「ロックハート城」を解体し、シベリア鉄道経由で運び込み注目された。だが、資金計画をめぐり町側と対立し、1991年に町から計画受け入れ拒否を通告され計画は頓挫。その後、群馬県沼田市の石材会社サンポウの社長が買収し、1993年(平成5年)に同県高山村で復元、「大理石村ロックハート城」として有料公開され、テレドラマロケ・結婚式場などにも使われている(津川は名誉城主に就任した)。
  • ほかにも、ショッピングモール「自由が丘チルドレンミュージアム」や原宿の「アイドルワンダーランド」の設立にも関与していた。

受賞[編集]

ブルーリボン賞
  • 第24回(1982年)最優秀助演男優賞 『マノン』
日本アカデミー賞
毎日映画コンクール
  • 第42回(1987年) 助演男優賞『マルサの女』『別れぬ理由
キネマ旬報賞
  • (1987年) 助演男優賞『マルサの女』『別れぬ理由』
報知映画賞
  • 第12回(1987年) 助演男優賞 『マルサの女』
  • 第39回(2014年) 助演男優賞0.5ミリ
高崎映画祭
  • 第2回(1988年) 主演男優賞 『マルサの女』『別れぬ理由』
日刊スポーツ映画大賞
日本映画批評家大賞
ギャラクシー賞

ほか多数。

関連書籍[編集]

  • 『人は大切なことも忘れてしまうから 松竹大船撮影所物語』(山田太一、斉藤正夫、田中康義、宮川昭司、吉田剛、渡辺浩 / 編著。マガジンハウス) - 津川を含む松竹ゆかりの人たちへのインタビュー集。
  • 『国と歴史を語って何が悪い』(WiLL別冊「歴史通」第3号インタビュー 聞き手は加瀬英明

脚注[編集]

  1. ^ 生い立ち、役者としての来歴については番組ダイアログ「津川雅彦」を参照
  2. ^ 映画では『ひとひらの雪』『別れぬ理由』『桜の樹の下で』、ドラマでは『氷紋』『野わけ』『まひるの』『化身』『うたかた』『白い影』『エ・アロール』など多数
  3. ^ 津川雅彦「僕にとっての三種の神器が…ぼう然自失」スポーツニッポン、2014年5月7日
  4. ^ なお、津川は祖父・省三を描いたテレビドラマ『カツドウ屋一代』(1968年)で雅弘役を演じている。
  5. ^ “津川雅彦、固定電話を置く家庭は低俗文化の洗脳を受けている層”. サーチナ. (2009年8月31日). http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0831&f=national_0831_027.shtml 2010年9月7日閲覧。 
  6. ^ このエピソードは松村が雑誌のインタビューで答えていた。[出典無効]
  7. ^ キネマ旬報』より[要追加記述]
  8. ^ 大江健三郎ら反日分子が 津川雅彦オフィシャルブログ 2012年10月10日
  9. ^ 安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会/会員一覧
  10. ^ “草なぎ剛、主演ドラマで大島優子と三角関係 どん底ホームレスの復讐劇”. modelpress. (2014年12月1日). http://mdpr.jp/news/detail/1450162 2014年12月1日閲覧。 
  11. ^ 第22回ギャラクシー賞受賞作品”. 放送批評懇談会. 2014年11月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]