第20回NHK紅白歌合戦

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第20回NHK紅白歌合戦
Tokyo Takarazuka Theater.JPG
会場の東京宝塚劇場(写真は1998年当時)
ジャンル 大型音楽番組
放送期間 1969年12月31日(NHK紅白歌合戦第20回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
外部リンク NHK紅白歌合戦公式サイト
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第20回NHK紅白歌合戦
ジャンル 大型音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1969年12月31日
放送時間 1969年12月31日
放送局 NHKラジオ第1
公式サイト 公式サイト
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第20回NHK紅白歌合戦』は、1969年12月31日JST)に東京宝塚劇場で行われた、通算20回目のNHK紅白歌合戦。21時から23時45分にNHK生放送された。

概要[編集]

  • 両軍司会は伊東ゆかり坂本九が担当。伊東は『歌の祭典』の司会が評価されての抜擢である。今回の坂本のケースを最後に1986年第37回加山雄三まで、NHKアナウンサー以外の男性が白組司会に抜擢されることはなかった。
  • 当初、伊東とこの年の大河ドラマ天と地と』の主演・石坂浩二の両軍司会が有力視され、他に佐良直美堺正章前回同様の水前寺清子・坂本、翌年開催の日本万国博覧会にちなみ水前寺・堺、吉永小百合(翌年の大河ドラマ『樅ノ木は残った』に出演)・坂本という案が候補にあった(水前寺・堺の起用案は2人がこの年10月開始の日本テレビ系列『NTV紅白歌のベストテン』の初代両軍キャプテンとなったことで見送りとなった)。
  • 今回もカラー放送であったが、現存する映像は総合司会の宮田輝の夫人が自宅で録画し、後にNHKに提供されたモノクロVTRのみである。そのモノクロVTRは完全版であるが、多々現存テープの状態が悪く、再放送時に断りの旨のテロップが表示される。後年に『思い出の紅白歌合戦』(BS2)で再放送された。
  • なお、リハーサルの模様は、鮮明なカラーのフィルム映像(ニュース取材用と同規格のもの)で現存している。
  • カラー映像の本放送は、放送用ビデオテープ(2インチVTR)に収録されたと言われているが、当時のビデオテープは非常に高価で大型であるため、放送終了後に消去されて他の番組に使い回された。
  • 前回まで16回連続出場中(当時の紅白最多記録)だった江利チエミが、今回の人気投票でも上位3名の中に入っていたのにも関わらず落選となり、大きな波紋を呼んだ。チエミの落選の理由は、前回までチエミは後半トップバッターを、島倉千代子は前半トリを、美空ひばりは紅組トリをそれぞれ務め、ベテラン歌手のバランスを保っていたが、この年の紅白ではひばりをトリから外し紅組トリを新しい世代にバトンタッチする計画が浮上。その場合、それまでトリを務めていたひばりは前半トリで歌い、それまで前半トリで歌っていた島倉を後半トップの位置にするのが妥当だと製作側は考え、それまで後半トップだったチエミが押し出される形になったことである。しかし、実際にはひばりは例年通り大トリを務め、島倉も前年までと同様に前半トリを務めた[1]
  • 江利の落選で今回紅白の最多出演歌手は、ともに通算15回出場の越路吹雪(紅組)と春日八郎(白組)だった。しかし越路は翌年は出場を辞退し、今回が生涯最後の紅白出演となり、11年後の1980年11月に56歳で逝去。また春日は翌1970年第21回は落選、次に春日の紅白登場は5年後の1974年第21回で復帰した。
  • 人形の家」でヒットを飛ばした弘田三枝子1967年第17回以来2年ぶり2回目のカムバックを果たす。
  • 奥村チヨがデビュー5年目で初出場を果たす。しかし大ヒット曲「恋の奴隷」の歌詞がNHKの内部規則に違反するため歌唱できず、続いてヒットした「恋泥棒」を歌った。
  • 曲目には1年のヒット曲以外に、かつてのヒット曲が多数盛り込まれた(村田英雄王将」、西田佐知子アカシアの雨がやむとき」など)。これは、夏に放送された第1回『思い出のメロディー』の成功を踏まえたものと思われる。
  • オープニングの入場行進時に出場歌手名がテロップで流れるようになったのは今回から。
  • 今回の優勝旗返還・授与はNHK芸能局長ではなく、宮田だった。以後、総合司会が優勝旗授与を行うケースは2005年第56回(同回の事実上の総合司会はみのもんた)までなかった。
  • これまで舞台の袖に設置されていた歌手席が、メインセットの一部として中央に置かれ、出場歌手は自分の出番以外でもテレビでの露出が増えた。逆にオーケストラが両脇に移動させられた。
  • 審査員席はこれまでの客席側から舞台上手(白組側)に設けられた。
  • この回の紅白勝敗判定の電光掲示板はステージで上からぶら下がる方式ではなく、審査員席の後方上部に設けられていた。
  • 紅組トリおよび大トリの美空ひばり、白組トリの森進一との曲紹介は宮田が行い、伊東・坂本の姿は舞台上になかった。エンディングで2人とも和服姿だったのでトリの歌唱中は着替えていたと推測できる。
  • この年からTBS系列『日本レコード大賞』も同じ大晦日の19:00 - 21:00に開催&テレビ生中継されるようになり、歌手達の『レコード大賞』から紅白への移動が始まった(この大移動は『日本レコード大賞』の開催日変更により2005年で終了した)。
  • 紅組の移動組は(五十音順)青江三奈いしだあゆみ佐良直美水前寺清子高田恭子、弘田三枝子、ピンキーとキラーズ黛ジュン、美空ひばり、森山良子由紀さおりらで、『第11回日本レコード大賞』では司会、紅白では審査員の浅丘ルリ子も移動組。浅丘はどちらの舞台でも歌わなかったが、この年は「愛の化石」が大ヒットしている。
  • この年の『レコード大賞』のVTRは鮮明なカラーのビデオ映像で全編現存していて、TBSの番組で時々紹介されているが、上記の移動女性歌手達の中で「いしだ(紺色のドレス)・佐良(上着は赤で、別色の蝶ネクタイ)・弘田・今陽子(=ピンキー。黒の帽子に金色の衣裳)・美空(着物姿)・森山(ピンク色のスーツ)」は、本紅白のオープニング衣装が『レコード大賞』の衣装のままである(※翌年の第20回の項を参照)。
  • ゲスト扱いで出場したザ・ドリフターズが応援合戦で民謡メドレーを披露した。32年後の2001年第52回で正式な出場歌手として初出場する。
  • 今回のカラー写真は現存している。
  • 2003年度下期の連続テレビ小説てるてる家族』でいしだあゆみ(いしだ自身も出演)をモデルにした役・夏子(上原多香子)が紅白に出場するシーンで、この年の紅白の舞台セットや内容をカラーで再現した。
  • 今回使用したステージメインマイクロホンは、ナショナルWM-780Hを使用。由紀さおり、弘田三枝子、水原弘などはAIWAハンドマイクを使用。

司会者[編集]

演奏[編集]

審査員[編集]

出場歌手[編集]

紅組 白組
歌手 歌手
青江三奈(3) 池袋の夜 布施明(3) バラ色の月
いしだあゆみ(初) ブルー・ライト・ヨコハマ 千昌夫(2) 君がすべてさ
小川知子(2) 初恋のひと 西郷輝彦(6) 海はふりむかない
カルメン・マキ(初) 時には母のない子のように アイ・ジョージ(10) ク・ク・ル・ク・ク・パロマ
越路吹雪(15) 愛の讃歌 春日八郎(15) 別れの一本杉
奥村チヨ(初) 恋泥棒 ザ・キング・トーンズ(初) グッド・ナイト・ベイビー
水前寺清子(5) 真実一路のマーチ 三田明(6) サロマ湖の空
由紀さおり(初) 夜明けのスキャット デューク・エイセス(7) 筑波山麓合唱団
伊東ゆかり(7) 宿命の祈り 菅原洋一(3) 潮風の中で
岸洋子(6) 夜明けのうた 坂本九(9) 見上げてごらん夜の星を
森山良子(初) 禁じられた恋 鶴岡雅義と東京ロマンチカ(2) 君は心の妻だから
島倉千代子(13) すみだ川 三波春夫(12) 大利根無情
弘田三枝子(6) 人形の家 橋幸夫(10) 京都・神戸・銀座
黛ジュン(3) 雲にのりたい 佐川満男(3) 今は幸せかい
西田佐知子(9) アカシアの雨がやむとき 村田英雄(9) 王将
梓みちよ(7) こんにちは赤ちゃん 水原弘(6) 君こそわが命
高田恭子(初) みんな夢の中 美川憲一(2) 女とバラ
中尾ミエ(8) 忘れられた坊や ダーク・ダックス(12) あんな娘がいいな
ピンキーとキラーズ(2) 星空のロマンス 内山田洋とクール・ファイブ(初) 長崎は今日も雨だった
ザ・ピーナッツ(11) ウナ・セラ・ディ東京 フランク永井(13) 君恋し
佐良直美(3) いいじゃないの幸せならば 舟木一夫(7) 夕映えのふたり
都はるみ(5) はるみの三度笠 北島三郎(7) 加賀の女
美空ひばり(14) 別れてもありがとう 森進一(2) 港町ブルース

応援合戦での曲目

主なゲスト[編集]

脚注[編集]

参考文献・出典[編集]

  • NHK『テレビ50年 あの日あの時、そして未来へ』(NHKサービスセンター 2003年2月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]