板垣正
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いたがき ただし
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| 生年月日 | 1924年7月1日(87歳) |
| 出生地 | 東京都 |
| 出身校 | 中央大学 |
| 現職 | 日本遺族会事務局長 |
| 所属政党 | (日本共産党→) (無所属→) 自由民主党 |
| 親族 | 父・板垣征四郎 |
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| 選挙区 | (全国区→) 比例区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1980年7月8日 - 1998年7月25日 |
板垣 正(いたがき ただし、1924年(大正13年)7月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。日本遺族会事務局長。日本会議代表委員。板垣征四郎の次男。
[編集] 経歴
成城中学を経て、1945年に陸軍航空士官学校(第58期)卒業。シベリア抑留を体験。1950年の帰国後に日本共産党に入党するも54年に脱党、転向[1]。なお、入党は父・征四郎が処刑された事による「民主運動」参加のため。1955年に中央大学法学部(夜間)卒。
1980年、自由民主党から参議院議員選挙に出馬し当選。3期務めた。この間、衆議院内閣委員長、同対外経済協力に関する小委員長、沖縄開発政務次官などを歴任した。自由民主党の保守派議連である「明るい日本」国会議員連盟事務局長。また、日本遺族会顧問としても手腕を発揮し、首相の靖國神社公式参拝を強く要請した。
政界引退後は保守派論客として活動しており、米下院121号決議に対しても反対の意を表している。2007年7月13日にアメリカ大使館に手渡された抗議書にも賛同者として名を連ねている[2]。映画『南京の真実』の賛同者。田中正明の親友として知られており、田中の後任として「興亜観音を守る会」の第二代会長を務めた。
[編集] 主な著作
- この叫び 父の胸にとどけ(文化日本社、1950年6月)
- 声なき声 250万英霊にこたえる道(原書房、1978年10月)
- 本音の挑戦(山紫会)国会発言録
- 戦後政治への挑戦(同上)
- 靖国公式参拝の総括(展転社、2000年6月)ISBN 4886561810
[編集] 脚注
- ^ 共同通信社社会部編「沈黙のファイル―「瀬島龍三」とは何だったのか」
- ^ 抗議書への賛同者一覧 (PDF) 日本文化チャンネル桜
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 大城眞順 |
1989年 - 1990年 |
次代: 井上孝 |