谷合正明

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日本の旗 日本の政治家
谷合 正明
たにあい まさあき
生年月日 1973年4月27日(41歳)
出生地 日本の旗 日本 埼玉県新座市
出身校 京都大学大学院修士課程
前職 AMDA職員
現職 参議院議員
所属政党 公明党
親族 祖父・山口正二(神奈川県議会議員)
母・谷合規子(新座市議会議員)[1]
公式サイト 参議院議員谷あい正明 ブログ

選挙区 比例区
当選回数 2回
任期 2004年7月 - 現職
議員会館 参議院議員会館922号室
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谷合 正明(たにあい まさあき、1973年4月27日 - )は、日本政治家公明党所属の参議院議員(2期)、公明党青年委員会顧問。

経歴[編集]

政策[編集]

人物[編集]

  • 「ひとりじゃ出来ないことを、一人から始める」がモットー。
  • 朝鮮通信使が訪れた縁故地における日朝・日韓の相互交流、相互友好親善促進を目的とする朝鮮通信使交流議員の会の幹事を務める。
  • 大学院修了後、一時、民間企業に入社するも、経営難による倒産でわずか8か月でリストラの憂き目に遭い、失業給付を受けながらハローワークに通うという苦い経験を持つ。このため、学生の就職支援政策や、若者の失業対策に対して非常に熱心なことで知られる。
  • 重症心身障がい者の姉を持ち、福祉の大切さを学び、難病対策に真剣に取り組んでいる。また、京都大学時代には、阪神・淡路大震災があり、ボランティアとして被災地を駆け回る。
  • AMDA(アムダ)職員時代は、難民支援の仕事に従事。アンゴラ、イラク、アフガン、ソマリア難民キャンプなどの紛争地域を歩き回る。難民を救うことができても難民をなくすことができない。戦争に苦しむ母子を助けることはできても、戦争そのものをなくすことができない。そこに、政治の役割があると痛感する。
  • スマトラ島沖地震(2009年)、ハイチ地震(2010年)の際には、真っ先に現地に入り、視察・調査を行った国会議員としても有名。
  • 原爆症救済法を議員立法で成立に導いた議員。被爆者健康手帳を申請できるようにする被爆者援護法改正も実現した。
  • 若者自立塾が2009年に行われた事業仕分けで廃止の決定がなされたが、国会質問で内閣の廃止方針を回避させた。

現在の役職[編集]

公明党[編集]

  • 中央幹事
  • 青年委員会顧問
  • 遊説局次長
  • 広報局次長
  • 団体局次長
  • 労働局次長
  • NPO局次長
  • 参議院国会対策副委員長
  • 内閣部会長代理
  • 中国方面協議会副議長
  • 県本部代表代行(岡山)
  • 原爆被爆者対策委員長
  • 核廃絶推進委員会事務局長
  • ハンセン病対策検討プロジェクトチーム事務局長
  • 雇用格差是正対策本部事務局長
  • 難民政策プロジェクトチーム事務局長
  • 災害対策法制検討プロジェクトチーム事務局長
  • 科学技術委員会事務局長
  • 食の安全推進委員会事務局長
  • 留学・就学生問題に関するプロジェクトチーム事務局長
  • 野生動物被害対策プロジェクトチーム座長
  • 文化芸術振興会議事務局次長
  • コンテンツ産業推進プロジェクトチーム事務局次長

参議院[編集]

過去の役職[編集]

公明党[編集]

  • 青年委員長
  • 幹事長代理
  • 学生局長
  • 国際局次長

内閣[編集]

参議院[編集]

所属議員連盟[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ 『新訂 現代政治家人名事典 - 中央・地方の政治家4000人』 331頁(日外アソシエーツ編集・発行、2005年
  2. ^ 読売新聞2010年参院選 候補者アンケート

外部リンク[編集]