平野貞夫
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| 生年月日 | 1935年12月1日(74歳) |
|---|---|
| 出生地 | 高知県土佐清水市 |
| 出身校 | 法政大学大学院 |
| 学位・資格 | 政治学修士 |
| 前職 | 参議院議員 |
| 所属委員会 |
- |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 高知県選挙区~比例区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 | 民主党(小沢グループ) |
| 党役職 | - |
| 会館部屋番号 | - |
| ウェブサイト | [-] |
平野 貞夫(ひらの さだお、1935年12月1日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)。
目次 |
[編集] 人物
高知県土佐清水市出身。父は医師。1958年法政大学法学部法律学科卒業。1960年法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。衆議院事務局に勤務し、園田直(衆議院副議長)、前尾繁三郎(衆議院議長)の秘書を歴任する。参議院議員時代は一貫して小沢一郎と行動を共にし、「小沢の知恵袋」と称される。国会職員出身で国会の実務や運営に通じており、小沢に重用された。2000年より東日本国際大学講師、2004年には客員教授に就任。
[編集] 政歴
- 1992年
- 1993年
- 1994年
- 1998年
- 1月6日 自由党結成。
- 第18回参議院議員通常選挙(比例代表区・自由党公認)2期目当選。
- 2000年
- 1月 東日本国際大学講師
- 2003年
- 2004年
- 引退
[編集] 現在
[編集] エピソード
- 衆議院議員樋高剛は女婿。
- 政界引退を小沢一郎に告げる際、著述活動を通じて広く一般国民に訴えるために議員を辞めると述べたのに対して、小沢は「それなら俺も辞めて国民に訴える」と言い、翻意を迫ったという。
- 自他ともに認めるメモ魔で、衆議院事務局時代、参議院議員時代に書き残した膨大なメモをもとに、引退後は評論活動を展開、多数の著書を刊行している。
- 引退後、著書、テレビ出演などを通じて、公明党・創価学会批判を展開。著書によれば、平野は創価学会の政界進出時から、小沢が自民党幹事長時代に主導した自公民路線にいたるまで、指南役を務めた経験から公明党立党の精神に立ち返らせるためだとしている。これらの批判に対して、神崎武法(当時公明党代表)は議員会館で平野に会った際、「最近うちを強く批判しているようだが・・・」と頭から足まで睥睨しながら述べたとされる。その後、神崎は平野を名誉毀損で提訴している。
[編集] 文献
[編集] 著書
- 『「国会新時代」への提言 : 政治改革はいかにして可能か』月書房、1992年5月、ISBN 4772701699
- 『消費税制度成立の沿革』ぎょうせい、1993年5月、ISBN 4324036926
- 『小沢一郎との二十年 : 「政界再編」舞台裏』プレジデント社、1996年10月、ISBN 4833490188
- 『自由党の挑戦 : このままの日本でよいと思いますか』プレジデント社、1998年4月、ISBN 4833490323
- 『日本人と憲法と自由党』(樋高剛との共著)プレジデント社、2000年5月、ISBN 4833490579
- 『危機の日本 : 議会政治 : 東洋思想の知恵で日本政治の再生を』有朋書院、2002年11月、ISBN 489713112X
- 『日本を呪縛した八人の政治家 : 政治改革を阻んだ永田町の妖怪』講談社、2003年12月、ISBN 4062121379
- 『昭和天皇の「極秘指令」』講談社、2004年4月、ISBN 4062123703
- 『亡国 : 民衆狂乱「小泉ええじゃないか」』展望社、2005年11月、ISBN 4885461359
- 『公明党・創価学会の真実』講談社、2005年6月、ISBN 4062129833
- 『公明党・創価学会と日本』講談社、2005年6月、ISBN 4062130106
- 『参議院なんかいらない』(幻冬舎新書041)(村上正邦・筆坂秀世との共著)幻冬舎、2007年5月、ISBN 9784344980402
- 『自民党はなぜ潰れないのか 激動する政治の読み方』(幻冬舎新書066)(村上正邦・筆坂秀世との共著)幻冬舎、2007年11月、ISBN 9784344980655
- 『平成政治20年史』(幻冬舎新書105)幻冬舎、2008年11月、ISBN 9784344981041