紙智子
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| 生年月日 | 1955年1月13日(57歳) |
|---|---|
| 出身地 | 北海道札幌郡豊平町(現:札幌市清田区) |
| 出身校 | 北海道女子短期大学工芸美術科 |
| 学位・資格 | 準学士 |
| 前職 | 政党職員 |
| 所属委員会 | 参・農水委員会 予算委員会 沖縄・北方特別委員会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 比例区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 | 日本共産党 |
| 党役職 | 中央委員 参院国会対策副委員長 農林水産部会長 国民運動委員 基地再編・強化反対闘争本部員 |
| 会館部屋番号 | 参・303号室 |
| ウェブサイト | 参議院議員 紙智子 |
紙 智子(かみ ともこ、戸籍名:内山 智子(うちやま ともこ)、1955年1月13日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の参議院議員。党中央委員。
目次 |
[編集] 概要
1955年、北海道札幌郡豊平町字真栄(現:札幌市清田区真栄)の農家4人兄妹(兄3人)の末子として生まれる。短大時代実業団バレーボールチーム9人制全道大会で優勝。全国大会にも出場する。
日本民主青年同盟員としても活動。実家は自由民主党支持であったが、兄と友人の影響で日本共産党に入党する。
1986年に初めて立候補するも、2001年に当選するまでは参院選4回、衆院選3回すべて落選。農漁業を主なテーマとして活動している。BSE問題などを質問。結婚に伴い戸籍上の氏が夫の「内山」となるが、いわゆる旧姓である「紙」を通称として使用し、夫婦別姓としている。
[編集] 経歴
- 1955年北海道札幌郡豊平町字真栄に生まれる
- 北海道恵庭南高等学校卒業
- 1975年北海道女子短期大学工芸美術科卒業
- 株式会社小川白衣勤務
- 1978年日本民主青年同盟北海道委員、中央委員会副委員長。
- 1986年に参議院比例代表に初立候補(落選)。
- 1989年日本共産党中央委員会青年学生部勤務
- 1989年10月党北海道委員会勤務。
- 党国会議員団北海道事務所長。
- 1993年 第40回衆議院議員総選挙に旧北海道第4区から出馬(落選)。
- 1996年 第41回衆議院議員総選挙に北海道第9区から出馬(落選)。
- 1998年 第18回参議院議員通常選挙にて北海道選挙区から出馬、60万票以上を獲るも落選
- 2000年 第42回衆議院議員総選挙にて北海道第2区から出馬(落選)。
- 2001年 第19回参議院議員通常選挙にて比例代表区から立候補、初当選。北方領土返還・四島交流促進議員連盟副会長。
- 2007年 第21回参議院議員通常選挙、比例代表区から立候補して2度目の当選を果たす。
[編集] 政治的主張
- 2003年、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている[1]。
- 2007年LGBTの権利獲得のためのパレード札幌レインボーマーチに参加を表明するも空転する国会情勢のため参加できず、札幌市議会議員・坂本恭子がメッセージを代読、そのメッセージでLGBTの権利獲得の障害になっているのは、格差社会を是認し社会的弱者を抹殺しようとする自民党と公明党との連立政権であると主張した。