風間直樹

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日本の旗 日本の政治家
風間 直樹
かざま なおき
生年月日 1966年10月22日(47歳)
出生地 日本の旗 新潟県新井市(現妙高市
出身校 慶應義塾大学法学部
前職 新潟県議会議員
所属政党 自由民主党→)
無所属→)
民主党
公式サイト 参議院議員 風間直樹 オフィシャルホームページ

選挙区 比例区→)
新潟県選挙区
当選回数 2回
任期 2007年7月29日 - 現職
所属委員会 財政金融委員会
決算委員会
統治機構調査会(筆頭理事)
議員会館 参議院議員会館702号室

選挙区 上越市選挙区
当選回数 1回
任期 1999年4月 - 2003年4月
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風間 直樹(かざま なおき、1966年10月22日 - )は、日本政治家民主党所属の参議院議員(2期)。外務大臣政務官野田第3次改造内閣)、新潟県議会議員(1期)を務めた。

来歴[編集]

新潟県新井市(現妙高市)生まれ。新井市立新井小学校(現・妙高市立新井小学校)、上越教育大学付属中学校、新潟県立高田高等学校卒業。1990年慶應義塾大学法学部政治学科卒業[1]。同年4月、三井物産株式会社に入社。大前研一事務所にも勤める。1992年平成維新の会事務局次長に就任(事務局での同僚に長妻昭がいた)。

1999年4月、新潟県議会議員選挙に上越市選挙区から自由民主党公認で出馬し、初当選した。県議時代は、地元選出の白川勝彦自治大臣の系列であった。2003年第43回衆議院議員総選挙新潟県第6区から無所属で出馬するも落選。当初は自民党公認での出馬を模索していたが、高鳥修一が公認を得たため、風間は無所属での出馬を余儀なくされた。結局、高鳥、風間のいずれも民主党前職の筒井信隆に敗れた。

2007年第21回参議院議員通常選挙に、民主党公認で比例区から出馬し当選した。2012年10月、野田第3次改造内閣外務大臣政務官に任命される。

2013年1月、同年7月の第23回参議院議員通常選挙では、比例区から新潟県選挙区に鞍替えして出馬する意向を表明した[2]。同選挙では、前年に民主党を離党し生活の党公認で出馬した現職の森裕子を破り、塚田一郎に次ぐ得票数2位で再選。

政策・主張[編集]

  • 2007年10月31日参議院災害対策特別委員会[3]において、同年に発生した新潟県中越沖地震、および2004年の中越地震について、「財)地球環境産業技術研究機構が長岡市で実施している液化Co2の地中注入実験が地震を招来した可能性がある」と述べ、新潟県での注入実験を中止するよう要請した。この指摘を受け政府は同地での実験を中止した。
  • 2013年3月15日の参議院本会議において、黒田東彦日本銀行総裁に起用する人事案の採決では民主党の賛成方針に反して反対票を投じた。風間は「黒田日銀が予定する国債大量購入と超金融緩和は抑制不可能な物価上昇を招く可能性高く、貨幣価値を低落させ国民生活の破綻をもたらすもの」と投票理由を説明。党による厳重注意処分を受けた。
  • 2013年7月8日東京電力に対し「福島原発事故の検証・総括なくして再稼働の議論はありえない」として柏崎刈羽原子力発電所の早期の再稼働に反対する意向を示した泉田裕彦新潟県知事について、TBSによるインタビューを受けた際、「原発再稼働は政治家でなく原子力規制委員会が判断する問題だ」と答え、再稼働の是非については明言を避けた[4]

人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ プロフィール参議院議員 風間直樹 オフィシャルホームページ
  2. ^ “2013参院選・新潟:/中 民主・風間直樹氏、党勢回復へ組織固め/維新・米山隆一氏、無党派頼み風吹かず /新潟”. 毎日新聞. (2013年6月21日). http://mainichi.jp/area/niigata/news/20130621ddlk15010073000c.html 2013年6月29日閲覧。 
  3. ^ 平成19年10月31日災害対策特別委員会議事録
  4. ^ 原発抱える注目選挙区新潟で再稼働が突如争点に | 原発・放射能情報 | BWW

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
加藤敏幸浜田和幸中野譲
日本の旗 外務大臣政務官
浜田和幸村越祐民と共同

2012年
次代:
阿部俊子城内実若林健太