小池晃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
小池 晃
こいけ あきら
Akira Koike.jpg
生年月日 1960年6月9日(54歳)
出生地 東京都世田谷区
出身校 東北大学医学部
前職 医師
所属政党 日本共産党
称号 医学士
公式サイト 小池晃 Koike Akira

選挙区 比例区
当選回数 3回
任期 1998年7月26日 - 2010年7月25日
2013年7月29日- 現職
所属委員会 厚生労働委員会
予算委員会
議員会館 参議院議員会館1208号室
テンプレートを表示

小池 晃(こいけ あきら、1960年6月9日 - )は、日本政治家医師参議院議員(3期)、日本共産党中央委員会政策委員長(政策責任者)、党副委員長、常任幹部会委員。日本共産党参議院議員団長、参議院幹事長を務めた。

来歴[編集]

東京都世田谷区生まれ。東京教育大学附属駒場高等学校東北大学医学部卒業。

大学在学中の1984年(昭和59年)、全国医学生自治会連絡会議(医学連連)委員長として全日本医学生自治会連合(医学連)の再建に努め、翌年、全日本学生自治会総連合(全学連)副委員長、国際部長を務める。

大学卒業後、健康文化会小豆沢病院、山梨勤労者医療協会甲府共立病院、医療法人社団北病院を経て、1997年(平成9年)10月から代々木病院に勤務する。1998年(平成10年)、全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)理事に就任した。

1998年(平成10年)7月、第18回参議院議員通常選挙に日本共産党公認で比例区から出馬し、初当選。2004年(平成16年)1月、日本共産党常任幹部会委員、政策委員会責任者(政策委員長)に就任。同年7月、第20回参議院議員通常選挙で再選。その後、党参議院幹事長に就任。2007年(平成19年)には、党参議院議員団長にも就任した。

2010年(平成22年)の第22回参議院議員通常選挙には比例区ではなく、東京都選挙区(定数5)から立候補する意向を表明。共産党は緒方靖夫の引退以来、衆参共に選挙区での議席を有しておらず、そのため緒方の選出選挙区であった東京都選挙区での議席を奪還するため、知名度の高い小池が選挙区に回ったが(当初、同選挙区からの出馬を予定していた田村智子が比例代表に鞍替えした)[1][2]タリーズコーヒージャパン創業者でみんなの党公認の松田公太に約10万票及ばず、次点(6位)で落選し、議席奪還は出来なかった(田村智子は比例区で当選)。

なお小池の立候補表明に際し、超党派の革新無党派市民を中心に「小池晃さんを応援する市民勝手連Q」が設立された。これは同選挙区に護憲派有力候補がいなかったことが背景にある(社民党は独自候補を擁立した)。

2011年(平成23年)2月、東京都知事選挙革新都政をつくる会から要請を受け、同会を選挙母体とする無所属日本共産党推薦)で立候補したが、4選をめざした現職石原慎太郎、元宮崎県知事・東国原英夫ワタミ元会長・渡邉美樹(いずれも無所属)に次ぐ4位で落選[3]。得票率が10.4%であったため、供託金の没収は免れた。 2013年(平成25年)1月開催の第6回中央委員会総会で、党副委員長の兼任が決まる。同年7月の第23回参議院議員通常選挙で比例区から出馬し党内1位で当選、国政に復帰した。

政策・主張[編集]

  • 医師の経験を生かし、医療福祉分野での活動を積極的に行っている。介護保険制度を利用する人たちの要介護度が不当に低く認定されるように厚生労働省が誘導しているのではないかと、同省の内部文書を示して政府を追及した。
  • 2003年(平成15年)に、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている[4]
  • 児童ポルノについて日本ユニセフ協会のメンバーと懇談した際に「現状は放置できないひどい実態」「みなさんの要望をしっかりと受け止める」とコメントしている[5]。同時に、共産党は児童ポルノ単純所持の違法化については反対の意志を表明している[6]
  • 2010年(平成22年)に大きな波紋を呼んだ東京都青少年健全育成条例改定問題(いわゆる“非実在青少年”問題)について、「表現の自由の否定だ」として、改定された条例とこれを推進した石原慎太郎を批判している[7]。知事選出馬を表明した際、当選した場合は条例の改定部分を廃止する案を議会に提出する考えを示した。
  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛成[8]

人物[編集]

内閣法制局長官に対する発言[編集]

2014年3月4日、第186回国会参議院予算委員会で集団的自衛権行使とアフガニスタン戦争及びイラク戦争に対する自衛隊派兵の関係についての論戦で政府側の答弁が「(派兵は)武力行使ではない」との従来の自民党政権の路線に立った上要領を得ないものであったため、答弁した政府特別補佐人内閣法制局長官)小松一郎に対し「憲法の番人なんだから、安倍政権の番犬みたいなことはしないでください」[9]と発言した。これに対し小松は翌3月5日の別の答弁の機会を利用して「安倍内閣の番犬という御発言がございました。私としてはこのような御指摘をお受けすることはできません。(略)国家公務員にもプライバシーや名誉に関わるものを含め憲法上基本的人権が保障されているということを申し上げたいと思います」[9]と小池に対し抗議を行った。後に同党の大門実紀史が陳謝している。

その他[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

連載[編集]

出演[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

党職
先代:
緒方靖夫、浜野忠夫、広井暢子
日本共産党副委員長
緒方靖夫、浜野忠夫、広井暢子と共同
2013年 -
次代:
(現職)