渡邉美樹

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わたなべ みき
渡邉 美樹
生誕 1959年10月5日(52歳)
日本の旗 日本 神奈川県
出身校 明治大学商学部
職業 実業家
身長 182cm
体重 68kg
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渡邉 美樹(わたなべ みき、男性1959年10月5日 - )は、神奈川県横浜市出身の実業家ワタミ株式会社取締役会長学校法人郁文館夢学園理事長、岸和田盈進会病院理事長

ワタミ株式会社の創業者で、過去に同社代表取締役の他、教育再生会議安倍内閣)委員、神奈川県教育委員会教育委員を務めた。

目次

[編集] 経歴

少年時代は野球に熱中する球児だった。10歳で母を亡くし、父が営んでいた広告事業も行き詰まった。その頃、将来は経営者になることを決意する。

神奈川県立希望ヶ丘高等学校に進学したが、高校時代は図書館にこもっていたと、講演会で語っている。高校卒業後、明治大学商学部に進学。大学在学中、大規模なイベントを多数企画し、実施している。大学卒業間際の1982年2月に北半球を放浪し、放浪中に外食産業の素晴らしさに気づいたことがきっかけで、後にレストラン経営の道を歩むこととなった。

大学卒業後は経営コンサルタント会社に勤務し、経理を学んだ。その後退職し、佐川急便(当時の東京支社管内)でセールスドライバーとして1年間勤務。起業のため、1年間で300万円を稼いだ。同社の先輩に、アダルトビデオメーカーソフト・オン・デマンドの元社長・高橋がなりがいる。セールスドライバーとして過酷な仕事をしている時、祖母に家事などで助けられたことが後にワタミが介護事業に参入する動機に繋がったという。1984年、有限会社渡美商事を設立。経営不振のつぼ八の店舗を買い取る形で、フランチャイズ店オーナーとなる。1987年に社名をワタミフードサービスと改称し、独立。1996年に株式店頭登録、1998年株式上場を果たした。2002年には、ワタミは全300店舗を超える規模となった。

また、2002年以降、外食以外の産業にも進出しており、2002年に農業2005年介護2008年高齢者向けの弁当宅配事業にそれぞれ参入している。 「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」という理念のもと、人が差別化となる労働集約型事業を展開し、独自の6次産業モデルを構築した。2009年、ワタミ社長を退任し、同社会長に就任した。

2011年2月15日、ワタミの代表取締役会長を辞任し、非常勤の取締役最高顧問となった[1](後に、非常勤取締役会長になる[2])。

2011年4月、無所属東京都知事選挙に出馬したが、落選。

同年6月、岩手県陸前高田市参与に就任した[3]

[編集] 人物

[編集] NPO活動

特定非営利活動法人みんなの夢をかなえる会の理事長を務め、「夢溢れ、ありがとうが飛び交う社会の実現」を目的に、2010年4月より講演活動として「みんなの夢シンポジウム」を仙台から沖縄まで、日本各地で開催した。また、2010年12月には、若者の夢を支援する「みんなの夢アワード2010」を東京の日比谷公会堂にて開催した。

[編集] 教育における主張・活動

  • 大学入試廃止論者。「現在の高校生は受験を至上目標としている。大学入試は不要な競争を煽っており、子供が夢を持つことができない。好きな大学に全員が入れるようにする必要がある。」と主張している[4]。大学入試偏重ではなく、その後の仕事に役立つ人材育成が重要として、「夢教育」を提唱し、自身が理事を勤める学校も郁文館夢学園と名づけている。
  • 教育再生会議では現在の公立学校の常勤教員を大幅に削減し、「半分」(コマ数の半分なのか教員数の半分なのかは曖昧)を非常勤講師でまかなえば教育の質が向上すると主張。
  • 30億円という巨額の負債を抱える郁文館学園に1億円を投じ、同校の理事長に就任。金融機関に金利の減免を交渉するなど、同校の経営改革に取り組み、赤字経営からの脱却に成功した。
  • 金銭管理に不備があったとして解雇された50歳の郁文館夢学園の元教師が、同校に対して地位保全と慰謝料を求めて訴訟を起こした。この際の陳述書などで、渡邉が同校の40代男性教師の髪型が気に入らないとして「断髪式」を行ったと指摘している。校長は「理事長と当該教師との間では合意ができていた」としているが、解雇された元教師はパワハラだったとしている[5]
  • 2006年安倍晋三首相の意向で設置された教育再生会議の委員に起用された。

[編集] 2011年東京都知事選挙への立候補

2011年2月、同年4月の東京都知事選挙無所属で出馬する意向を表明。出馬の動機について、ワタミの運営により培ってきた経営能力を、企業を超えた枠組みで生かしたい考えを明らかにした。高齢者が安心して年を取れる社会の実現や、高校生の10人に1人を1年間留学させる教育改革の構想を掲げ[6]都議会民主党の支援を受けたが生活者ネットからの支援は積極的に受けられず、4選をめざす石原慎太郎知事、前宮崎県知事東国原英夫の後塵を拝し、3位で落選した。

[編集] 信仰

クリスチャンであると言われることが多いが、そのような事実はない[7]。ただし、聖書を人生に影響を与えた本として挙げており、事あるごとに目を通しているという。

[編集] その他

  • 高杉良の小説「青年社長」(角川文庫)は、渡邉を主人公にしてワタミの起業とその後の展開を描いたものである。

[編集] 発言

  • 2009年1月11日に出演したテレビ番組「TheサンデーNEXT」において、派遣切りにあった若者たちに対し「人のせいにしちゃ駄目。被害者意識が強い」「何故貯金持ってないの、おかしいでしょう」「今まで税金払わないで何考えて生きて来たのか!?」「マスコミは(若者に)過保護すぎる」と発言した。
  • 渡辺は、自社ビルの高層階での会議で部下を叱責する際、「ビルの8階とか9階から、『今すぐここから飛び降りろ!』と平気でよく言う」「どれだけきつく叱っても大丈夫かというのが信頼関係のバロメーター」という趣旨の発言を雑誌「プレジデント」でのインタビューで述べた。そして、部下を暴行するなどし退職に追い込んだエピソードを美談の一部として紹介している。インタビュー内容はロイター通信社のウェブサイトにも掲載された[8][9]
  • テレビ東京の番組『日経スペシャル カンブリア宮殿』にて近年の若者の態度を批判して「よく『それは無理です』って最近の若い人達はいいますけど、例え無理な事だろうと無理矢理にでも1週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」「そこで辞めてしまうから『無理』になってしまうんです。全力で走らせてそれを1週間続けさせればそれは『無理』じゃなくなるんです」と述べている[10]

[編集] 著書・CD

  • 社長が贈り続けた社員への手紙 フードビジネスの革命児が書いた人生に勇気が湧くメッセージ(1998年、中経出版
  • 前略…。 青年社長・渡邉美樹が贈る30通の返信 (2000年、東洋経済新報社
  • サービスが感動に変わる時 青年社長渡邉美樹の社員への熱いメッセージ (2002年、中経出版)
  • 思いをカタチに変えよ! だれもが人生の主人公で生きるために (2002年、PHP研究所
  • 父と子の約束 ワタミの成功を生んだ人間哲学の原点 (2004年、世界文化社
  • さあ、学校をはじめよう 子どもを幸福にする青年社長の教育改革600日(2004年、ビジネス社
  • 「ありがとう」の伝説が始まる時 (2004年、中経出版)
  • 新たなる「挑戦」 夢をカタチにする時 (2005年、ソフトバンクパブリッシング
  • 渡邉美樹の夢に日付を! 夢実現の手帳術 (2005年、あさ出版
  • きみはなぜ働くか。 渡邉美樹が贈る88の言葉 (2006年、日本経済新聞社
  • 使う! 「論語」 (2007年、三笠書房
  • もう、国には頼らない。(2007年、日経BP社)※本書中で「魚民」を経営するモンテローザを、商標を巡っての訴訟で和解が成立しているにも拘らず中傷したとして提訴され、300万円の賠償を命じられる[11]
  • 無人島ウィー。(2008年、日経BP社)
  • 強く、生きる。(2008年、サンマー)
  • 『危機の時代にも成長できる生き方』(CD)、伊藤洋一との対談(2009年、アートデイズ)
  • 『これだけで「組織」は強くなる 戦うリーダーの作り方 』(2010/7/7 角川書店野村克也共著

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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