西松建設
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本社ビル
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| 種類 | 株式会社 | ||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 東京都港区虎ノ門一丁目20-10 |
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| 設立 | 1937年(昭和12年)9月20日 | ||
| 業種 | 建設業 | ||
| 事業内容 | 建設業 | ||
| 代表者 | 代表取締役社長 近藤晴貞 | ||
| 資本金 | 235億1364万3819円 (2012年3月31日現在) |
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| 売上高 | 単体2535億16百万円 連結2639億28百万円 (2012年3月期) |
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| 純資産 | 単体1144億79百万円 連結1168億45百万円 (2012年3月31日現在) |
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| 総資産 | 単体3105億36百万円 連結3225億23百万円 (2012年3月31日現在) |
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| 従業員数 | 単体2340人、連結2560人 (2012年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | ||
| 主要株主 | 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 6.19% 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 5.69% 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口4) 4.26% (2012年3月31日現在) |
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| 外部リンク | http://www.nishimatsu.co.jp/ | ||
西松建設株式会社(にしまつけんせつ)は、東京都港区虎ノ門に本社がある準大手総合建設業者(ゼネコン)である。
目次 |
概要 [編集]
ダム・トンネル等大型官庁土木を得意とする。ゼネコンとしては準大手Aゼネコンの一角として強固な財務体質を備え、同じく準大手Aの建築を主体とする戸田建設との業務提携を結んでいる。
破産した、大阪府大阪市住吉区に本社のあったニシマツコーポレーション(旧社名:西松建設)とは無関係。
沿革 [編集]
- 1874年 西松桂輔が土木建築請負業を創業する。
- 1914年6月 西松工業所となる。
- 1929年12月 合資会社西松組に改組する。
- 1937年9月 新たに株式会社西松組を設立し、合資会社西松組を吸収合併する。
- 1948年7月 社名を西松建設株式会社に変更する。
- 1961年11月 東京証券取引所第二部に上場する。
- 1963年8月 東京証券取引所第一部に変更。
本社・支社 [編集]
諸問題 [編集]
各政治家との関連性の強い企業であるといわれている。
- 裏金事件
- 2008年に外国からの裏金持込が発覚し、2009年に政界に波及した(西松建設事件)。
- シンガポール地下鉄工事
- シンガポール交通局から受注した地下鉄工事において、2004年4月にトンネル開削部が崩壊、さらに付随して発生した火災等により作業員4人が死亡する事故が発生した。シンガポール政府による事故調査委員会は2005年5月に、設計と事故区画の施工を担当した西松建設が犯したミスが原因であると断定した。[1]この事故などが元となり、2006年3月決算において約235億円の損失計上がされることになった[2]。
- 中国人強制連行問題
2009年10月23日、太平洋戦争中に強制連行され過酷な労働を強いられたとして、中国人元労働者らがに損害賠償を求めてきたことに対して、西松建設は歴史的責任を認め謝罪し、被害救済を目的とした基金を設立することで元労働者側と合意、東京簡裁で和解が成立した。
おもな宅地開発 [編集]
- ホームタウン手稲西「明日風のまち」(北海道札幌市、札幌市曙西土地区画整理事業施行区域内、北海道ジェイ・アール都市開発と)
- ガーデンシティ美咲野(熊本県菊池郡大津町、九州旅客鉄道、清水建設と)
- びゅうヴェルジェ安中榛名(群馬県安中市、東日本旅客鉄道とジェイアール東日本都市開発、鉄建建設らと)
- 感田東土地区画整理(福岡県直方市、代行)
- なとり りんくうタウン 杜せきのした(広域都市計画事業 名取市関下土地区画整理事業/名取市増田字柳田他の一部、名取市下増田字日影前他の一部)
主な建築物件 [編集]
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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