高橋千秋

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日本の旗参議院議員 高橋 千秋
生年月日 1956年8月2日(55歳)
出身地 三重県安芸郡安濃町(現津市
出身校 明治大学農学部
学位・資格 農学士
前職 新東通信本社開発部長
世襲
選出選挙区 三重県選挙区
当選回数 3回
所属党派 無所属→)
民主党鳩山グループ
党役職 三重県総支部連合会代表
会館部屋番号 参議院議員会館540号室
ウェブサイト 【高橋千秋公式ページ】
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高橋 千秋(たかはし ちあき、男性1956年8月2日 ‐ )は、日本政治家民主党所属の参議院議員(3期)。民主党広報委員長。

目次

[編集] 略歴

三重県安芸郡安濃町(現津市)出身。三重県立津高等学校明治大学農学部農学科卒業。三重県経済農業協同組合連合会に勤務した後、井上哲夫参議院議員の秘書を務める。その後、株式会社新東通信勤務を経て新政策議員フォーラム三重事務局長に就任sする。

1998年(平成10年)に第18回参議院議員通常選挙連合の推薦を受けて無所属三重県選挙区から出馬したが、斎藤十朗に敗れ落選をする。2000年(平成12年)に自由民主党平田耕一の辞職(衆議院へ鞍替え)に伴う三重県選挙区補欠選挙に連合の推薦を受け再度無所属の候補として出馬した。民主党王国の組織力で自民党の橋爪貴子候補を破り初当選を果たした。のちに民主党に入党した。民主党入党後は全トヨタ労連の支援を受けている。

2009年(平成21年)に鳩山由紀夫内閣経済産業大臣政務官に就任して、菅内閣でも再任された。2011年(平成23年)2月の三重県知事選挙への出馬要請を受けたが、固辞した[1]2011年3月、菅第2次改造内閣において外務大臣に昇格した松本剛明の後任の外務副大臣に就任。

日本・ブータン友好議員連盟副会長を務めてる[2]。2011年11月16日に国賓として来日中のブータン国王夫妻を主賓とする宮中晩餐会が開かれたが同日に政治資金パーティーを開いたが[3]、宮中晩餐会を欠席して出席した一川保夫防衛大臣から宮中晩餐会よりも大切なものであるとするあいさつがなされた[4]

2011年(平成23年)9月に、外務副大臣を退任し、参議院経済産業委員会筆頭理事に就任。

2012年(平成24年)に、民主党広報委員長に就任。

[編集] 宿直直前のセクハラ・飲酒問題

2011年(平成23年)3月11日東日本大震災発生の2日後の3月13日夜、午後11時から外務省宿直勤務の予定があったにもかかわらず、その直前まで外務省関連団体の20代の女性職員と2人で飲酒して、その女性にセクハラ行為を行ったことが2011年(平成23年)6月16日発売の週刊新潮に掲載され波紋を呼ぶ[5]。記事によると、2軒目の店でワインを2本空けたが、飲酒しながら女性の足や尻、腰、胸をしきりにさわり、またキスを迫ったという[6]。 週刊誌が発売された16日の午前の官房長官の定例会見で枝野幸男は「オフの時間帯とはいえ、公務の前に飲酒したことについて本人(高橋)も猛省している」と語り、また外務大臣松本剛明厳重注意を行ったことも明らかにした。

なお高橋本人は6月16日の外務副大臣会見において、セクハラの事実を完全否定した。職務直前の飲酒に関しては「猛省している」「酒は強い方で、職務に影響が出るような飲み方はしていない」と語り、自分の進退については「引き続き職務を全うしたい」と、引責辞任を否定した[7]

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

官職
先代:
伴野豊松本剛明
日本の旗 外務副大臣
伴野豊と共同
2011年
次代:
山口壮山根隆治
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