市川一朗
| 生年月日 | 1937年4月12日(74歳) |
|---|---|
| 出身地 | 宮城県栗原郡鶯沢町 (現:宮城県栗原市) |
| 出身校 | 東京大学 |
| 学位・資格 | 法学士 |
| 前職 | 国土事務次官 |
| 所属委員会 | 参議院議院運営委員長 参議院予算委員会理事 元、参議院郵政民営化特別委員会筆頭理事 元、農林水産副大臣 元、参議院文教委員長 |
| 世襲 | 世襲ではない |
| 選出選挙区 | 宮城県選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 所属党派 | 自由民主党(古賀派) |
| 党役職 | 元、自民党農林水産部会長 |
| 会館部屋番号 | 参議院議員会館308号室 |
| ウェブサイト | 市川一朗WEB |
市川 一朗(いちかわ いちろう、1937年4月12日 - )は、日本の政治家、自由民主党所属の元参議院議員。
目次 |
[編集] 来歴・人物
宮城県栗原郡鶯沢町(現在の栗原市)出身。仙台第一高等学校卒業後、東京大学法学部入学。1961年、大学卒業と同時に建設省に入省する。国土庁防災局長、建設省都市局長、建設省総務審議官を経て、1993年に国土事務次官に就任するが、翌1994年に退官。
1995年の第17回参議院議員通常選挙に新進党推薦の無所属で立候補し、初当選。当選後は新進党の参議院会派である平成会に所属したものの、最後まで新進党には入党しなかった。
1997年、宮城県知事選挙で現職の浅野史郎が政党の推薦を拒否する。前回の選挙では浅野知事は新生党、日本新党、新党さきがけの推薦を得ていた関係から新進党党首の小沢一郎と会見を持つものの両者の溝は埋まらず、会談は決裂した。小沢は自民党宮城県連会長の三塚博とも協議し、自民、新進、公明三党の推薦を得て、市川を浅野の対立候補として擁立するが、無党派にターゲットを絞った浅野の戦略が奏功したため、市川は落選した。
1998年の第18回参議院議員通常選挙で国政に復帰し自由民主党に入党。自民党では宏池会に所属したが、加藤の乱で宏池会分裂後は堀内派→古賀派に所属する。2003年、小泉第2次改造内閣の農林水産副大臣に就任。小泉構造改革の支持者であり、参議院では郵政民営化特別委員会の筆頭理事を務めた。
2004年7月の第20回参議院議員通常選挙で3回目の当選。2006年9月参議院議院運営委員長を務める。2007年参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会委員長に就任。2009年自民党水田農業振興議員連盟会長に就任した。
農林水産行政に精通するとともに、都市政策から防災、警察、法務をはじめ、財政金融や税制など様々な分野の政策立案に携わっている。
特定非営利活動法人日本防災士機構顧問。
2010年7月の第22回参議院議員通常選挙でも宮城県選挙区から自民党公認での出馬を目指していたが、自民党宮城県連が2010年1月に候補者の公募を実施し、熊谷大の擁立を決定。自由民主党からの推薦は受けたものの無所属での立候補となったが[1]、落選。
[編集] 献金
消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けていると報道されたが、本人は無回答である[2] 。
[編集] 所属議員連盟
[編集] エピソード
[編集] もみじマーク問題
- 75歳以上の者が、高齢運転者標識を付けないで普通自動車を運転することを禁止する法案[3]に対して、2007年4月18日参議院本会議にて賛成票を投じ[4]、法案の成立に貢献した。
- ところが、表示義務化の施行期日である2008年6月1日が目前に迫った2008年5月20日になって、突如、自民党総務会で「後期高齢者医療問題で紛糾しているときに高齢者マークの義務化をすれば大変な問題になる。そもそも高齢者に『枯れ葉マーク』とは失礼ではないか」と、本法施行を批判したことが報じられた[5]。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
- ^ FACE顔:候補者に聞く10参院選宮城 - 毎日jp(毎日新聞)
- ^ しんぶん赤旗 2003年9月12日 パーティ券リストの面々
- ^ 第166回国会提出、閣第57号 道路交通法の一部を改正する法律案
- ^ 投票結果 案件名:日程第2 道路交通法の一部を改正する法律案(内閣提出)
- ^ 「もみじマーク」義務化に与党からも異論 6月から改正道交法施行
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 狩野安 |
2007年 |
次代: 関口昌一 |
| 先代: 溝手顕正 |
2006年 - 2007年 |
次代: 西岡武夫 |
| 先代: 佐藤泰三 |
2000年 - 2001年 |
次代: 橋本聖子 |
| 官職 | ||
| 先代: 北村直人 太田豊秋 |
栗原博久、金田英行と共同 2003年 - 2004年 |
次代: 岩永峯一 常田享詳 |