聖域なき構造改革

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聖域なき構造改革」(せいいきなきこうぞうかいかく)とは、日本小泉内閣が掲げた経済政策スローガン。小泉構造改革とも呼称する。また、新世紀維新とも称していた[1][2]

発想そのものは新自由主義経済派の小さな政府論より発したものである。郵政事業の民営化道路関係四公団の民営化等、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねること、いわゆる「官から民へ」、また、国と地方の三位一体の改革、いわゆる「中央から地方へ」を改革の柱としている。

概説[編集]

「聖域」とは[編集]

特殊法人特別会計をさして、今まで改革を行うことの出来なかった分野として聖域と言われることが多い[要出典]。政府、自民党が用いた例としては以下の2例を記す。主として、元首相小泉純一郎が所属していた清和政策研究会と対立関係にある旧経世会の権益に属する分野のことをさす[要出典]

  1. 「ここまで進んだ小泉改革」(首相官邸ホームページより)では、行財政改革のページ(郵政民営化を初めとする特殊法人改革を紹介。P35)で、「聖域なき改革」という言葉を使用。
  2. 「骨太の方針」説明の中の、予算の編成について「聖域なく見直しを行う」という言葉を使用[3]

「構造改革」とは[編集]

構造改革という用語自体はイタリア共産党書記長のパルミロ・トリアッティ第二次世界大戦後に打ち出した路線が根源であり、議会制民主主義の枠内で政治・経済体制などの基本構造を根本的に変更し、社会問題を解決するという方針に基づく大規模な社会改革を指している。

「改革」の柱[編集]

官から民へ
中央から地方へ
その他の改革

経緯[編集]

小泉純一郎個人は「構造改革なくして景気回復なし」と発言しており、郵政民営化や企業法整備などの日本国内の供給面での構造改革を通じた拡充と安定が日本経済の回復にも貢献すると考えていた。「改革」を巡っては、推進役として竹中平蔵を閣僚に起用し、骨太の方針などを発した経済財政諮問会議司令塔として、自民党の改革反対派議員や官公庁と対立することとなる[4]

自民党の一部の議員は郵政事業の民営化に反対したが、小泉の支持者達は反対派議員を十把一絡げにして「選挙に際して全国の特定局長OBによる組織『大樹』から支援を受けている為だ」と喧伝した。また、小泉内閣は財政の健全化のためとして公共事業費を削減しているが、これに対しても自民党議員の一部が反発した[要出典]

小泉はこうした構造改革に反対する議員達(後には、改革に反対する官庁なども含まれるようになる)を「抵抗勢力」と呼んだ。この抵抗勢力はあくまで小泉からの呼称という性格が強く、その議員や諸勢力が小泉と妥協する、あるいは小泉に屈服すると、小泉は「抵抗勢力が考えを改めて改革勢力に転換した」と称賛することもあった。郵政民営化に反対した亀井静香などは抵抗勢力の中心人物と目され、国民新党の結成と自民党からの除名へ発展した。ただし、自民党の政務調査会長時代の公共事業の大幅削減実施や、運輸大臣としての道路公団入札改革などでは小泉による改革を先取りしていた。また、「抵抗勢力」と称された議員や諸団体の多くはこの用語を「小泉によるレッテル貼り」として嫌う傾向があるが、亀井の場合はむしろ肯定的に受け入れ、自分こそが「真の改革派」と反論するために利用する場合もある。

公共事業の削減は地方経済の衰退、雇用の悪化を招くとする議論もあり、主に野党(政権を巡り対立)や労働組合(公務員削減問題などで対立)、医師会(診療報酬や医療費改革問題で対立)などは、本改革をさして「構造改悪」と揶揄したりした。

日米安全保障条約に基づいた在日米軍に対する財政支出(いわゆる「思いやり予算」)について依然として放漫に行われている(義務では無い)ことから、野党に「聖域ある構造改革」と揶揄されることがある[5]

2003年自由民主党総裁選挙では党内から「小泉おろし」が起こったが、小泉は「総裁選の私の方針が国政選挙の自民党の公約になる」と訴え、自民党総裁に再選された[6]

2005年夏には郵政民営化問題の衆議院審議に端を発した、衆議院解散総選挙が行われることになった(いわゆる小泉劇場)。結果として自民党は大勝した。

しかし、国会召集後、相次いで一級建築士らによる構造計算書偽造問題(耐震強度偽装問題)、ライブドア事件村上ファンド事件、福井日銀総裁の株取引疑惑が明るみに出ると、規制緩和などの一連の「改革」の是非と企業倫理問題点が議論され[要出典]、それまで小泉内閣を支持していた国民の一部では小泉政権の「改革」を疑問視する声が出て、総選挙直後に比べて、支持率が減少するなどした。

「聖域なき構造改革」を提唱した小泉自身は2006年9月に首相を退任。後任者である安倍晋三は就任後初の会見で「構造改革を加速させ、補強していきたい」と語り、政策面では基本的に小泉路線を継承した[要出典]

成果[編集]

非公務員化と民営化[編集]

政府職員の非公務員化民営化を推進し、国家公務員数を半減させた。 特殊法人等改革基本法を成立させ特殊法人等改革推進本部を設置し、「新独立行政法人の役職員は、原則として非国家公務員とする」方針を打ち出した[7]

2001年1月 政府職員数[8]
行政機関(除自衛官) 84.1万人 特殊法人 42.7万人
2003年3月 政府職員数[8]
行政機関 80.7 万人 政府系機関 民営化済
治安関係 国税 社保・労働 河川・道路・湾口 防衛(除自衛官) 入管・税関 登記 その他 国有林 郵政現業 造幣印刷 国立病院 国立学校 独法 特殊法人 JR東日本(7.5)
JR東海(2.2)
JR西日本(3.9)
4.9 5.6 4.1 2.0 2.4 1.3 1.2 11.5 0.6 28.6 0.7 4.4 13.4 1.9 26.1
※その他は、食料(9300)、統計(8200)、航空安全(6900)、気象(6100)、外交(5400)、特許(2500)など
2006年3月 政府職員数[8]
公務員 66.4万人 非公務員
行政機関 33.2 万人 公務員身分の外郭団体
治安関係 国税 社保・労働 河川・道路・湾口 防衛(除自衛官) 登記 その他 国有林 特定独法 郵政公社 非特定独法 国立大学法人 特殊法人
6.3 5.6 4.0 2.9 2.4 1.2 10.8 0.5 7.1 26.1 5.1 11.8 18.9
※2007年に郵政公社は民営化された

また、あわせて議員年金を廃止した。

特別会計改革と政策金融機関再編[編集]

財政投融資改革を行い、それにあわせて不要となった特別会計の廃止・再編も行われた。

地方への税源移譲[編集]

三位一体の改革を行い、「義務的経費は全額移譲、その他の経費は8割を目処に移譲」を目指し、約3兆円の地方自治体への税源移譲が行われた[9]

規制緩和[編集]

2001年に政府は規制緩和推進3か年計画を閣議決定し、2003年時点で222件の規制緩和措置を行った[10]

新規参入規制(需給調整規制)の緩和

従事資格の緩和

  • 農地法を改正し、株式会社による農地経営を解禁。
  • 医薬品について15製品群を医薬部外品に指定替えし、胃腸薬等を一般店舗で販売できるように。

行政手続の簡素化

資格免許制度の合理化

民活導入

医療制度改革[編集]

30兆円を超える国民医療負担の膨張に歯止めを打つため、小泉は患者・医療機関・保険者の「三方一両損」による改定を指示し、以下の改定が行われた[13]

  • 患者の自己負担割合を3割に改定[13]
  • 医療機関に対しては、診療報酬のマイナス2.7%改定を実施[13]
  • 政管健保の保険料率の値上げ[13]

「改革」による影響[編集]

  • 経済は、バブル崩壊以降の懸念であった不良債権処理を解決した企業・銀行の業績が回復し、ニューエコノミーへの転換により活性化し、景気は一時的に上向いた(第14循環)。一方で転換の影響によって労働構造が変化(多数の熟練者を求める社会から、少数の創造的な社員と多数の単純作業を求める社会へと変化)し、多数の非正社員を生んだ[14]。正社員の割合は2001年から2006年の6年間に72%から67%にまで低下し、約230万人減少している[15]労働者派遣法の改正は、短期的には失業率を減らし企業・労働者の双方に利益をもたらしたとされるが、長期的には派遣切りワーキングプア問題を生み出し「産業の空洞化」にもつながった[16]
  • 構造改革特区では地方での限定的な規制緩和を行い、一定の成果を挙げ、地方の景気や雇用の掘り起こしがなされた。
  • 社会福祉公共サービスの縮小。

学者の見解[編集]

経済学者佐和隆光は「私の考えでは、構造改革とは日本の市場経済を自由、透明、公正なもにつくりかえる、つまり『市場主義改革』である。小泉構造改革の具体的中身は不良債権処理と財政改革であり、私の定義では構造改革ではない」と指摘している[17]

経済学者のポール・クルーグマンは、2001年7月6日のコラムで「改革の中心は『銀行の不良債権処理』と『非効率な公共事業削減』であるが、今日本にある危機は非効率ではなく需要不足である。小泉改革は問題をさらに悪化させる可能性が高い。竹中大臣は、改革が最終的に需要サイドも改善すると主張していた。そうかもしれないがこれは無謀である。過激な政策は、それがうまくいくとの確信があって取られるものではなく、ひょっとするとうまくいくかもしれないとの思いで実行されるものである。小泉政権のスローガンは『改革か破滅か』である。うまくいくことを願うが、結果として『改革そして破滅』になる可能性が高い」と述べていた[18]

経済学者の八代尚宏は「小泉純一郎政権は、『官から民へ、国から地方へ』という明確な政策理念を掲げ、与党内で大きな抵抗を受けつつも、郵政民営化の公約を実現した。経済活性化のための不良債権処理や財政再建のための公共事業費削減など、あえて国民の痛みを伴う政策を進め、構造改革特区など地域主導の規制改革も盛り上げた。それにもかかわらず、小泉首相が退陣した後、『構造改革で格差が拡大した』という流言が広がった。しかし、小泉政権のどの政策が、どういったメカニズムで所得格差を拡大させたかという検証はまったくなされていない。小泉政権の市場原理主義で、所得格差が広がったと言われる。小泉政権の掲げた『新自由主義』とは、どの国にも存在していない『市場原理主義』ではない。従来の日本の『官僚制民主主義』を排し、新旧・内外の多様な事業者を対等な立場で競争させる『公平な審判』としての政府の役割を徹底させることに過ぎない」と指摘している[19]

経済学者の竹森俊平は「コイズミノミクスとは、一言でいって『輸出主導の経済成長』である。実際、小泉首相が就任してから、日本の輸出依存度(輸出額をGDPで割った値)は約2倍に拡大している」と指摘している[20]

中野剛志は「小泉改革で不良債権処理が成功したかのように言われているが、それは世界経済の景気拡大によって輸出主導で景気が回復したおかげに過ぎない。景気が回復したから、不良債権が減少したのであって、不良債権が減少したから景気が回復したのではない」と指摘している[21]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 新世紀維新の構造改革をめざして
  2. ^ “衆議院本会議”. 27. 第151回国会. (2001-05-07). http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/151/0001/15105070001027a.html  所信表明演説 内閣総理大臣 小泉純一郎
  3. ^ クローズアップ あなたの生活こうなります(2009年9月3日時点のインターネット・アーカイブ
  4. ^ 飯島勲 2006.
  5. ^ “外務委員会”. 3. 第164回国会. (2006-03-08). http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000516420060308003.htm 
  6. ^ “自民の約束、実行は 検証・マニフェスト”. 朝日. (2007年7月20日). http://www.asahi.com/senkyo2007/news/TKY200707200521.html 
  7. ^ 特殊法人等の廃止・民営化等及び独立行政法人の設立等に当たっての基本方針について (Report). 特殊法人等改革推進本部. (2002-10-18). http://www.gyoukaku.go.jp/jimukyoku/tokusyu/gourika/. 
  8. ^ a b c 日本再建のため行革を推進する700人委員会 (2006-02-20). 独立行政法人は民営化か廃止すべき. Safety Japan. http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/53/index.html. 
  9. ^ 飯島勲 2006, pp. 289-294.
  10. ^ 規制改革推進3か年計画 (Report). 内閣府 行政改革推進本部 規制改革委員会. http://www8.cao.go.jp/kisei/siryo/010330/ 2012年10月28日閲覧。. 
  11. ^ “酒類小売免許の規制緩和---酒の仕入れ先見直しのきっかけに”. BPnet. (2003年8月26日). http://www.nikkeibp.co.jp/archives/263/263460.html 
  12. ^ 第1条 アルコールノ製造、輸入、収納及売渡ノ権能ハ国ニ専属ス
  13. ^ a b c d 飯島勲 2006, pp. 81-100.
  14. ^ 山田昌弘『新平等社会』[要ページ番号]
  15. ^ 総務省『労働力調査』
  16. ^ 多根清史 『ガンダムがわかれば世界がわかる』 宝島社〈宝島社新書〉、2013年、148頁。
  17. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、309頁。
  18. ^ 小泉元首相の「脱原発」論の不毛〔1〕PHPビジネスオンライン 衆知 2013年11月19日
  19. ^ いまこそ小泉構造改革に学ぶときPHPビジネスオンライン 衆知 2012年9月18日
  20. ^ [アベノミクス]一票の格差是正こそ最強の3本目の矢〔2〕PHPビジネスオンライン 衆知 2014年3月20日
  21. ^ 中野剛志 『レジーム・チェンジ-恐慌を突破する逆転の発想』 NHK出版〈NHK出版新書〉、2012年、82頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]