丹波哲郎

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たんば てつろう
丹波 哲郎
丹波 哲郎
本名 丹波 正三郎 (たんば せいざぶろう)
生年月日 1922年7月17日
没年月日 2006年9月24日(満84歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京府豊多摩郡大久保町
死没地 日本の旗 日本 東京都三鷹市
国籍 日本の旗 日本
血液型 O型
職業 俳優芸能プロモーター
心霊研究家
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1952年 - 2006年
配偶者 あり
家族 丹波義隆(息子)
丹波明(弟)、丹波敬三(祖父)
主な作品
映画
豚と軍艦』/『丹下左膳』/『暗殺
007は二度死ぬ』/『人間革命
砂の器』/『二百三高地
十五才 学校IV』/『零戦燃ゆ
テレビドラマ
トップ屋』/『三匹の侍』/『キイハンター
鬼平犯科帳』/『Gメンシリーズ』/『春日局

丹波 哲郎(たんば てつろう、1922年7月17日 - 2006年9月24日)は、日本俳優芸能プロモーター・心霊研究家。本名は丹波 正三郎(たんば せいざぶろう)。東京府豊多摩郡大久保町出身。身長175センチメートル。

俳優活動は50年以上で出演した映画は外国映画10本を含んだ300本以上に及ぶ名優[1]テレビドラマでも活躍し、映画製作にも携わった。オールスター映画では常連の一人として、権力者など上層部の人物役で特別出演もした。丹波プロダクション[2]・俳優養成所「丹波道場」を設立して後進の育成も手がけており、宮内洋は丹波の一番弟子である。

心霊学と霊界の研究もし、多数の書籍を著しており、『丹波哲郎の大霊界』はベストセラーとなった[1]

来歴[編集]

大久保町字百人町にて丹波家の三男として生誕。家柄は系図を遡ると、平安時代医学書医心方』を著した丹波康頼に辿り着く。祖父は薬学者の丹波敬三、父は日本画家の丹波緑川、親戚には従弟で音楽学者の丹波明、元大審院院長の林頼三郎らがいる。

成城中学から陸軍幼年学校を受験するも落第し、仙台の二高を二度受験するも不合格。親戚の林頼三郎が総長を務める中央大学法学部英法科へ無試験で入学したという。在学中に学徒出陣し陸軍に入隊、立川陸軍航空整備学校で整備士官としての教育を受け、上官には川上哲治がいた (詳細は#人物を参照)。戦後は大学に復学し、学業の傍らGHQ通訳アルバイトをしていたが実際には本人曰く「女の世話をしていただけ」であり英語はまったく話せなかったという。

卒業後は団体職員となるも俳優を志し、創芸小劇場・文化座を経て新東宝に入社。同期には高倉みゆき中島春雄広瀬正一がいる。1952年、セミドキュメンタリー映画『殺人容疑者』に主演級の役でデビューする。陰のある二枚目としておもに敵役悪役で活躍したが[1]1960年新東宝社長・大蔵貢との対立 (詳細は#人物を参照)からフリーランスとなり、フジテレビディレクターだった五社英雄とコンビを組み、1960年に放送されたテレビドラマトップ屋』、1961年にはニュー東映で映画『霧と影』、『白昼の無頼漢』に主演した。五社とは盟友となり、1969年の映画『御用金』にも出演している。

映画『豚と軍艦』(1961年)、『丹下左膳』(1963年)、『暗殺』(1964年)、1963年テレビ時代劇三匹の侍』などでスターとしての地位を確固たるものとし[1]アイヌの血を継ぐ猟師に扮した『ジャコ万と鉄』や、時代劇映画ギャング映画任侠映画など、幅広く出演。1967年にはイギリス映画007は二度死ぬ』に出演して、国際的に認知された[1]

1968年から放映されたテレビドラマ『キイハンター』では「黒木鉄也」で主演。黒木のイメージは『007は二度死ぬ』で丹波が演じた、タイガー田中の人物像も反映させている。最盛期の『キイハンター』は視聴率30%を越える人気ドラマとなり、当初1年の予定が5年に延ばされた[3]。『キイハンター』終了後も、丹波は同時間帯でテレビドラマ『アイフル大作戦』『バーディ大作戦』『Gメン'75』と出演して、TBS土曜21:00の顔となる。

前後して1973年には映画『人間革命』で毎日映画コンクール男優演技賞受賞。1974年には映画『砂の器』の刑事役では重厚な演技が高く評価された[1]1980年の『二百三高地』でブルーリボン賞助演男優賞と日本アカデミー賞最優秀助演男優賞をそれぞれ受賞した。生涯の研究分野であった「死後の世界」を描いた映画を作成・出演し[1]、300万人以上の動員を得る。1994年11月には舞台で「大霊界」を表現し、映像では得ることの出来ない空間を表現し話題を呼ぶ。

2000年、『十五才 学校IV』で日刊スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞し、大河ドラマ利家とまつ』(2002年)、『義経』(2005年)などで、渋みある演技をみせていた[1]2005年2月から約2か月間、インフルエンザ虫垂炎のために入院し、それが原因でひどく痩せ、健康が懸念されていた。

2006年(平成18年)9月24日午後11時27分、肺炎のため東京都三鷹市の病院で死去。84歳没。死去する前に霊界はすばらしいところなどと遺言を残した。映画・テレビドラマで何度も共演している千葉真一は「(亡くなる) 1年ぐらい前に『キイハンター』をまたやりたいね、と話していた。お元気だったのに・・・」とTBSの電話インタビューに答え、その死を惜み哀悼の意を表した。第44回ゴールデン・アロー賞の芸能功労賞が贈られ、9月30日青山葬儀所で行われた告別式には、安部譲二稲川淳二岩田廣一映広社長、京本政樹黒柳徹子ケーシー高峰紺野美沙子せんだみつお高井英幸東宝社長、高嶋政伸谷隼人松岡きっこ夫妻、司葉子鶴見辰吾長門裕之夏木陽介西田敏行原田大二郎藤田三保子由美かおるの他、2,000人のファンが参列した。

棺の中には、「ハードボイルドらしく送り出したい」と喪主を務める長男の丹波義隆の意向で、『キイハンター』、『Gメン'75』で被っていた黒のショートハットを東映東京撮影所から京本政樹が運んできた。「これが似合うのはオレだけだ」と語った丹波の代名詞とも言うべきショートハットが、胸の上に置かれた。通夜の開始では『Gメン'75』のテーマ曲が、告別式では『キイハンター』のテーマ曲や丹波が愛した「赤とんぼ」などの葬送曲が流れた。『Gメン'75』の関谷警部補役・原田大二郎とスペシャルで結城警部補役の京本政樹、「HOTEL」の赤川一平役・高嶋政伸や鶴見辰吾らが、遺族と一緒に出棺した。義隆が「父はあの世とこの世は地続き。電車で隣町に行くようなものといってましたが、いざ、その日を迎えるとはっきり言って寂しいです」「おやじから見たらだらしない息子だと思われるかもしれないが、これから父の言う“電車の乗換駅”に父を見送りに行ってきます」と挨拶すると、弔問客からはすすり泣く声が漏れた。ファンから「丹波哲郎、日本一」「ありがとう!」の絶叫がコダマし、原田大二郎は目を真っ赤にして最敬礼のポーズで見送った。

2007年7月17日、25年間交友のあった霊能者の稲川りよ子によれば、死後の丹波から、生前の約束通り霊界通信があり、「世のため、人のために尽くし明るい笑顔で人生を頑張ったのちには、それに見合った素晴らしい世界があります」との旨のメッセージが送られて来たという[4][5]

人物[編集]

人柄

出演作を多く手がけた中島貞夫は「義理堅い日本の男で、ワンシーンの友情出演だけなのに京都へ来てくれたこともあった。車代を渡そうとしたら『おれはそんなつもりで出たんじゃない』と泣いて怒られた」と語り[1]石井輝男はもっとも信頼出来る俳優のひとりとして、文句をいわず、ひたすら言われたことを黙々と演じる丹波をいつもほめていた[6]

家族

息子に俳優の丹波義隆と森正樹。哲郎の妻は北一輝のいとこの娘にあたる[7]。また、妻の兄の大蔵敏彦は弁護士で、四大死刑冤罪事件の一つ島田事件で被告人の無罪を勝ち取った人物である[8]杉並区西荻窪に永住したが、俳優として確固たる地位を築いた矢先、愛人と隠し子がいるとの騒動が勃発。しかし「こんなことはタクシーの運転手さんも知っているよ」とあっさり認めてしまった。葬儀が行われた際、愛人とその子供(元女優の江畑絢子と息子である森正樹)が弔問に訪れた。義隆は気遣って席を外し、二人に別れの一時を与えた。丹波が二つの家族を分け隔て無く愛したゆえの出来事と言える。

作品

1963年の映画『丹下左膳』(松竹京都)で隻眼隻腕の剣士、丹下左膳を演じる事になったが、殺陣がやりにくいとの理由から、設定上右手、右眼が無いところを左手、左眼がないことにして刀を右で持つ、という提案をし、世間を驚かせた[1]。歴代の丹下左膳の中でも右手なのは丹波の作品のみである。『仁義なき戦いシリーズ』では写真だけの出演(モデルは田岡一雄)もあった。『人間革命』でシリアスな宗教家を演じた時期に、石井輝男が監督をした『ポルノ時代劇 忘八武士道』にも主演していたと著書で述べている。同作の監督・石井輝男とは新東宝時代の僚友だが、お互いに東映に移ってから協業が増えて親しくなり、石井晩年の低予算自主制作作品にも付き合っている。

台詞

出演依頼は「二度断り三度目に応諾する。5ページ以上の台詞がある仕事は受けない」というスタイルを守っていた[いつ?]。マネージャーの条件は「仕事を取って来ないこと」で、仕事を取りすぎるという理由で解雇された者もいた。台詞を覚えてこないことは有名であり[6]、机の上や壁、共演者の背中あるいは小道具である手元の蜜柑にまでカンニングペーパーが準備された。「Gメン'75」等で共演した夏木陽介の著書によれば「丹波ちゃんとは、同じ警視役で対等に付き合っていた。丹波ちゃんは新東宝を辞めてお金に苦労していた頃、柳家金語楼さんの付き人をしており、この金語楼さんが全く台詞を覚えてこず、カンニングペーパーを使っていたので、それを真似るようになったんだと思う」とのことである。

様々な交友

ワンマン社長としてその名を知られた松竹の城戸四郎を、影でシロウちゃんと呼んでおり、不在の本社を訪ねては「シロウちゃん、いるかい」とふざけていたら、偶然本人がいたことで、城戸と言い争いになったこともある(キネマ旬報「大放言」より)。ただ、城戸を偏屈だが愛すべき人物として敬愛してもいた。

著書で「軍隊時代に上官だった川上哲治からリンチを受けていた。終戦後に川上が『あのときは仕方なかった』と頭を下げて廻り、巧みな処世術をするのを見たとき、川上の本性がわかった」と述べている。

丹波プロダクションに所属し、『キイハンター』『鬼平犯科帳』などで共演した野際陽子を妹のように可愛がっていた[6]佐野史郎はドラマ『ずっとあなたが好きだった』で野際と共演していた時に、丹波から「陽子をヨロシク!」と声をかけられている[6]

心霊研究など

心霊学と霊界に造詣を持ち、霊界の存在を確信していた[1]。多数の著作をものし、年間20回以上の講演を行っていた。本人もロンドンのホテルで中国人女性の複数の霊に遭遇しており、これが死後の確信に変わる出来事だったと話す。なお、本人の公式サイトも霊界についてまとめたサイトになっている。

その他、催眠術への造詣も深く、自ら催眠術を操れたという。新東宝時代、社長の大蔵貢と会食した際、彼の愛娘に対し催眠術を掛けてやると持ちかけ、慌てて大蔵に止められたことがある。これは、当時大蔵が自社の女優を手当たり次第物色していたとして物議を醸していた最中のことであり、この一件はこのような大蔵の姿勢に対し、丹波が催眠術を掛けて逆に娘を物色するぞと皮肉ったものだった。

ユーモア

丹波の乗った車が交通違反で停められた際、丹波が警察官に「Gメンの丹波だが」と対応。この時の違反はスピード違反と語られることが多いが、丹波は一方通行の逆走だったと語っている[9]

『人間革命』出演後、創価学会の大会に招待された際、創価学会の活動をさかんに顕揚する講演をした後で「南無阿弥陀仏」としめくくり、場内を騒然とさせた。丹波は著書に、自分のオッチョコチョイな性格を示す逸話として、この失敗談を載せている。

その他

オロナミンCの初代CMキャラクターは、当初大村崑ではなく丹波になるはずだった。事実、丹波が侍姿で製品を持った宣材ポスターが大村の資料館に残されている。嘉門達夫は丹波の発言やキャラクターをもとにした楽曲『タンバでルンバ』を発表し、それが機縁となりTBSドラマ『結婚してシマッタ!』で丹波の秘書役として共演した。

受賞[編集]

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

演劇・ゲーム[編集]

演劇
ゲーム

バラエティ[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

  • 「トップ屋」(作詞:白鳥朝詠、補作詞:五社英雄、作曲:沢田駿吾東芝レコード、1960年12月発売)
  • 「俺がやらなきゃ」(作詞:東逸平、作曲:植村亨、東芝レコード、1960年12月発売)

著書[編集]

  • 『丹波哲郎の死者の書』丹波哲郎、中央アート出版、1980年4月1日
  • 『丹波哲郎の霊界問答』丹波哲郎、中央アート出版、1981年12月、ISBN 4-88639-262-8
  • 『守護霊団 : この世とあの世を結ぶもの』丹波哲郎、広済堂出版、1982年10月(Kosaido books)(新書)ISBN 433100256X
  • 『丹波哲郎の死ぬ瞬間の書』丹波哲郎、広済堂出版、1983年1月(Kosaido books)(新書)ISBN 4331002934
  • 『死後の世界の証明 ― 霊界実存の書』丹波哲郎(広済堂ブックス)(新書)1983年1月、ISBN 4331003043
  • 『永遠なる霊の世界 - あなたは死んだらこうなる』丹波哲郎、徳間書店、1983年3月、ISBN 4-19-552697-3
  • 『霊人の証明 : 続々丹波哲郎の死者の書』丹波哲郎、中央アート出版、1983年4月、ISBN 4-88639-381-0
  • 『丹波哲郎の地獄の書』丹波哲郎、中央アート出版社、1983年9月、ISBN 4-88639-419-1
  • 『死後の世界の証明 : 霊界実存の書』丹波哲郎、広済堂出版、1984年3月(Kosaido books)
  • 『霊魂不滅の書』丹波哲郎、広済堂出版、1984年7月(Kosaido books)ISBN 4331003361
  • 『因果応報の法則』丹波哲郎、光文社、1984年2月(カッパ・ブックス)
  • 『稀代の霊能者三田光一 ― 丹波哲郎の霊人の証明 2』丹波哲郎、中央アート出版社、1984年7月、ISBN 488639468X
  • 『丹波哲郎の天界の書』丹波哲郎、中央アート出版社、1984年5月
  • 『死んだらどうなる』丹波哲郎、経済界、1984年3月(リュウブックス)
  • 『丹波哲郎の輪廻転生の旅』丹波哲郎、中央アート出版社、1984年10月、ISBN 4886394698
  • 『どう生きたらよいか ― 丹波哲郎の人生指南道場』丹波哲郎、経済界、1985年1月(リュウブックス)ISBN 4766700937
  • 『死後の世界 ― 私は霊界を生きてきた』ギャラップJr.(著)、丹波 哲郎(翻訳)、三笠書房、1985年3月、ISBN 483795412X
  • 『死は輝く世界の扉』丹波哲郎、かんき出版、1985年5月、ISBN 4761251603
  • 『「死にがい」の書 ―"生きがい"があれば"死にがい"もあっていい』丹波哲郎、広済堂出版、1985年5月、ISBN 4331003701
  • 『催眠術の世界 ― 誰にもできる催眠術入門』(カメブックス(8))(新書)丹波哲郎、土曜美術社、1985年7月、ISBN 488625120X
  • 『これが霊の世界だ』丹波哲郎、立風書房、1985年9月、ISBN 4651780164
  • 『丹波哲郎と四柱推命の世界 ― 運命をあやつる五つの星の神秘』丹波哲郎、かんき出版、1985年9月、ISBN 4761251697
  • 『丹波哲郎の死者の書』丹波哲郎、広済堂出版、1986年1月(広済堂文庫)ISBN 4331650049
  • 『大霊界を翔ぶ』丹波哲郎、広済堂、1986年7月、(Kosaido books) ISBN 4331003973
  • 『新・死者の書 ― 死後の世界は確実に存在する!』丹波哲郎、角川書店、1986年1月(Kadokawa books)ISBN 4047060119
  • 『丹波哲郎のツキをよぶ守護霊』丹波哲郎、現代出版、1986年2月、ISBN 4875975074
  • 『来世からの証言 ― 丹波哲郎の人生指南道場 II』丹波哲郎、経済界、1986年1月(リュウブックス)ISBN 4766701046
  • 『霊界からの忠告―霊人はあなたの全てを見ている!』丹波哲郎、角川書店、1986年11月(Kadokawa books)ISBN 4047060283
  • 『霊界探訪 ―「近死体験」で私はこう生まれ変わった!』ケネス リング(著)、丹波哲郎(翻訳)三笠書房、1986年11月、ISBN 4837954324
  • 『大霊界 ― 死んだらどうなる』(大型本)丹波哲郎(著)、近藤 薫(イラスト)、学習研究社、1987年4月、ISBN 4051025624
  • 『守護霊問答 ― 自分を高め幸せに導く』丹波哲郎、広済堂出版、1987年5月(Kosaido books)ISBN 4331004104
  • 『丹波哲郎の霊界問答』丹波哲郎、中央アート出版、(新装丁版)1987年8月、ISBN 4-88639-262-8
  • 『丹波哲郎の死者の書』丹波 哲郎、中央アート出版社、(普及版)1987年8月、ISBN 4886395155
  • 『来世はどうなる ― 天界行きの切符をあなたに』丹波哲郎、来世研究会、広済堂出版、1987年9月(Kosaido books)ISBN 4331004171
  • 『丹波哲郎の霊界旅行』丹波哲郎、中央アート出版、(普及版)1987年6月、ISBN 4886395120
  • 『驚異の「大霊界」― 宇宙に充満する霊魂の一人は、あなたです。』丹波哲郎、土屋書店、1988年2月(ムックスペシャル版)ISBN 4806900559
  • 『霊運問答』丹波哲郎、天山出版、1988年2月(天山ブックス) ISBN 4803313903
  • 『霊言の書 ― 霊界からの幸せメッセージ』丹波哲郎、広済堂出版、1988年4月(Kosaido books)ISBN 4331004333
  • 『霊界生活の実相 ― 今の生き方で来世の幸福がつかめるか?』(RAISE BOOKS)丹波 哲郎、土屋書店、1988年5月、ISBN 4806904449
  • 『丹波哲郎の漫画大霊界 ― 愛と真実への旅立ち』丹波哲郎(著)、かきざき和美(作画)、大洋図書、1988年6月、ISBN 4886720374
  • 『「霊」なんでも大百科』丹波哲郎、広済堂出版、1988年7月(豆たぬきの本)ISBN 433120118X
  • 『大霊界の真実 ― この真実を知ればもう死は恐くない!』丹波哲郎、角川書店、1988年10月(Kadokawa books)(新書)ISBN 4047060526
  • 『大霊界を見た ― 死後の世界の驚異』丹波哲郎(著)、近藤 薫(イラスト)、学習研究社、1988年12月、ISBN 405103111X
  • 『小説 大霊界』丹波哲郎、角川書店、1989年1月、ISBN 4048725238
  • 『霊界生活の実相』丹波哲郎、土屋書店、1989年4月、(Raise books)ISBN 4750806137
  • 『小説 大霊界.2 ― 死んだらおどろいた!!』丹波哲郎、角川書店、1989年11月、ISBN 4048725696
  • 『大霊界の深奥 ― 転生は人類に進歩をもたらす』丹波哲郎、角川書店、1990年1月(Kadokawa books)ISBN 4047060666
  • 『丹波哲郎の大霊界への招待』丹波哲郎、日刊スポーツ出版社、1990年5月、ISBN 4817201150
  • 『大霊界へのパスポート』丹波哲郎、角川書店、1990年12月(Kadokawa books)(新書) ISBN 4047060739
  • 『霊人の証明』丹波哲郎、角川書店、1991年3月(角川文庫)ISBN 4041790018
  • 『新・死者の書』丹波哲郎、角川書店、1991年9月(角川文庫)ISBN 4041790026
  • 『死後の世界 ― 人は死んだらどうなるか』(知的生き方文庫)
    ジョージ.Jr.ギャラップ(著)、丹波 哲郎(翻訳)、三笠書房,1992.3.(知的生きかた文庫)ISBN 4837905048
  • 『死よ、こんにちは。― この世とあの世は地続きだ』 / 丹波哲郎、青谷舎、1992.12.25(Seikokusha books)ISBN 4915822079
  • 『死は凱旋門』丹波哲郎(著)、朝日メディアインターナショナル、1993年5月、ISBN 4900696013
  • 『死はこんなに気楽なものか』丹波哲郎、中央アート出版社、1994年4月(丹波哲郎シリーズ9)ISBN 4886396933
    第14回日本文芸大賞 特別賞受賞作
  • 『守護霊と霊界の謎 ― 初めてわかった死後の世界の全貌と守護霊の真相』
    丹波哲郎、日本文芸社、1994年5月(Rakuda books)ISBN 4537024119
  • 『僕は霊界の宣伝使 ― 破格の人生』丹波哲郎、青谷舎、1995年4月、ISBN 4915822206
  • 『人が死ぬということ ― 大往生の極意』丹波哲郎、二見書房、1996年11月(サラ・ブック巣)ISBN 4576961497
  • 『本当にあった霊体験・臨死体験17人の証言 ― 有名人が初めて明かす異次元体験ファイル』
    丹波哲郎(著)、テレビ東京(編集)、日本文芸社、1997年4月、ISBN 4537025603
  • 『あの世で幸せになる話 ― 仏界と霊界の往復書簡』丹波哲郎、池口惠觀共著、青春出版社、1997年11月、ISBN 4413030877
  • 『幸せをつかむ7つの法則 ― 目の前の小さなことにこだわるな』丹波哲郎、日本文芸社、1999年4月、ISBN 4537026863
  • 『丹波哲郎の好きなヤツ嫌いなヤツ』丹波哲郎、キネマ旬報社、1999年5、ISBN 4873762294
  • 『改訂版.驚異の大霊界 スペシャル版―宇宙に充満する霊魂の一人は、あなたです。』
    丹波哲郎、土屋書店、2001年7月、ISBN 4750806129
  • 『エンサイクロペディア大霊界. 月の巻 ― 本当はもっともっと愉快な人生の延長線』
    丹波哲郎、徳間書店、2002年5月、ISBN 4198615047
  • 『大俳優 丹波哲郎』丹波哲郎、ダーティ工藤共著、ワイズ出版、2004年5月、ISBN 4898301703
  • 『あなたの死後の運命』丹波哲郎、文香社、2005年6月、ISBN 4938933632
  • 『オーラの運命(さだめ)― この世もあの世もバラ色にする黄金法則』丹波哲郎、双葉社、2005年10月、ISBN 4575298441
  • 『霊界から見たあなたの人生』丹波哲郎、文香社、2006年1月、ISBN 978-4938933647
  • 『霊界の書. 天 . 霊界の書. 地』丹波哲郎、中央アート出版、2006年10月、霊界研究全9作品完全収録,ISBN 978-4813603887

研究書[編集]

  • 『丹波哲郎の「霊界地図」の研究』アポカリプス21研究会(著)、シーエイチシー、2006年10月、ISBN 978-4860972165

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k “俳優丹波哲郎さん死去 国際的活躍、死後の世界にも関心”. Asahi.com. (2006年9月25日). http://www.asahi.com/culture/movie/TKY200609250336.html 2013年3月13日閲覧。 
  2. ^ 同社はその後、ラヴァンスと社名を代えた。
  3. ^ JJサニー千葉 『千葉流 サムライへの道』 ぶんか社2010年、20 - 29頁。ISBN 4821142694
  4. ^ 『稲川りよ子の霊界サロン』 2007/7/17
  5. ^ 『稲川りよ子の霊界サロン』 2007/10/27
  6. ^ a b c d 佐野史郎 (2006年9月27日). “丹波哲郎さん大霊界へ逝く”. 橘井堂. 2013年2月9日閲覧。
  7. ^ 古沢襄「北一輝の従妹・ムツ」
  8. ^ 丹波哲郎の幸せのメッセージ 人が死ぬということ―大往生の極意―[リンク切れ]
  9. ^ DVD『Gメン'75 FOREVER BOX』Vol.1 映像特典「TALK ALIVE」(東映ビデオ)

外部リンク[編集]