中野友加里
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| なかの ゆかり 中野 友加里 |
||
| 2008年世界選手権での中野友加里 | ||
| 基本情報 | ||
|---|---|---|
| 代表国: | ||
| 生年月日: | 1985年8月25日(23歳) | |
| 出生地: | 愛知県江南市[1] | |
| 身長: | 154 cm[2] | |
| コーチ: | 佐藤信夫[2] | |
| 元コーチ: | 山田満知子[3][2] 樋口美穂子[3] |
|
| 振付師: | マリーナ・ズエワ 佐藤久美子 |
|
| 元振付師: | デヴィッド・ウィルソン リー=アン・ミラー 樋口美穂子 |
|
| 所属クラブ: | プリンスホテル | |
| ISU パーソナルベストスコア | ||
| トータルスコア: | 177.40 | 2008 世界選手権 |
| ショートプログラム: | 62.08 | 2008 GPファイナル |
| フリースケーティング: | 116.30 | 2008 世界選手権 |
中野 友加里(なかの ゆかり、ラテン文字:Yukari Nakano、1985年8月25日[2] - )は、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)。2007年アジア冬季競技大会、2009年ユニバーシアード冬季競技大会優勝。2005年グランプリファイナル3位。2008年世界選手権4位。
目次 |
[編集] 人物
愛知県江南市出身。椙山女学園大学附属小学校、椙山女学園中学校、椙山女学園高等学校を経て、早稲田大学人間科学部卒業。2008年4月より同大学院人間科学研究科に進学[4]し、プリンスホテルに所属している。2009年4月現在、フジテレビの内々定を受けており、2010年4月より一般職として勤務する予定だと報じられている[5][6]。兄と6歳上の姉がいる[7]。
尊敬する伊藤みどりの影響でスケートを始める[要出典]。真面目で負けん気が強い性格[8]。佐藤信夫コーチは「友加里は国内で安藤美姫、浅田真央ら若い選手が活躍しているため、自らを過小評価している。自らをもっと評価しても良い」と語っている。自らを「努力と根性でここまできた」と語ってもいる[要出典]。
かつて衣装は母親の手作りのものを使っていたが、2005年頃からは専門業者が製作した衣装も着用している。[要出典]愛用しているリングは両親からもらった結婚指輪[9]。
[編集] 技術・演技
6種類の3回転ジャンプを跳ぶ数少ない女子選手の一人である。シニア移行時には極端に難しいジャンプ構成を組む選手として知られ、海外では「クレージーガール」と呼ばれることもあった[10]。3回転アクセルには2000年から取り組む。その後、怪我などで一度中断していたが、シニアに上がる際に自分の特徴を作るために再開した[11][12]。競技会で成功したのは2002年の中部ブロック大会。国際競技会では同年のスケートアメリカで成功した。同年の西日本選手権と全日本選手権では3回転アクセル-2回転トウループのコンビネーションジャンプも跳んでいる。一方で、ジャンプの際に踏みきった脚にもう一方の脚がからみつく「巻き足」になってしまう癖がある[1]。
スピンの評価は非常に高い。特に“ドーナッツスピン”のポジショニングや回転速度、回転軸の安定性には定評がある。小学生のころから、日本選手としてはいち早くビールマンスピンを取り入れていた。さらに、ビールマン姿勢から軸足を変えてキャッチフットレイバックスピンへ移行する高難度の足換えコンビネーションスピンを完成させた[要出典]。
後に体への負担を軽くするためにしばらくビールマンスピンを封印していたが、2006年から再び取り入れるようになった。久々にビールマンスピンを披露して驚かれたことに対して「私はビールマンできないと思われていたのか」と苦笑したという。2007年のドリーム・オン・アイスでは、フリーハンドを背に当てる形の独自の片手ビールマンスピンを披露している[要出典]。
[編集] 経歴
[編集] 幼少期 - ジュニアクラスでの活躍
6歳でスケートを始め[13][14]、高校卒業まで名古屋のグランプリ東海クラブに所属で山田満知子、樋口美穂子らの指導を受ける。1998-1999シーズン、全日本ノービス選手権Aクラスで優勝。自身初の国際大会となるトリグラフトロフィーノービスクラスでも優勝した。
1999-2000シーズンからジュニアクラスに上がり、ISUジュニアグランプリ (JGP)では初参戦ながらJGPファイナルに駒を進めた。JGPSBC杯のフリースケーティング(フリー)では6種類の3回転ジャンプに挑んだが、3回転アクセルが両足着氷となり、成功しなかった。3回転アクセルには世界ジュニア選手権半月前の練習中に回転不足ながら片足での着氷に成功し、同選手権の公式練習中に回りきって着氷した[15]。
2000-2001シーズンはJGPで2戦続けて優勝し、全日本ジュニア選手権でも初優勝を果たす。JGPファイナルと世界ジュニア選手権でもそれぞれ上位に食い込む活躍を見せた。翌2001-2002シーズンの世界ジュニア選手権では銀メダルを獲得した。
[編集] シニア参戦と3回転アクセル成功
2002-2003シーズンからISUグランプリシリーズに参戦するにあたり、ショートプログラム (SP) に3回転アクセルを、フリーには単独の3回転アクセル、3回転アクセル-2回転トウループ、3回転フリップ-3回転トウループ、3回転ルッツ-3回転ループを跳ぶ攻撃的なプログラム構成を予定して競技会に臨んだ[16]。シーズン初戦の中部ブロック大会で3回転アクセルに成功すると、続くスケートアメリカではISU公認記録としては伊藤みどり、トーニャ・ハーディングに次いで3人目となる3回転アクセルに成功[17][18][19]。さらに西日本選手権と全日本選手権では、3回転アクセル-2回転トウループにも成功した。冬季アジア大会と四大陸選手権ではそれぞれ3位となり、荒川静香、村主章枝とともに日本人選手で表彰台を独占した。
2003-2004シーズンは中野にとって辛いシーズンとなった。初めてISUジャッジングシステムのもとで行われたスケートアメリカでは3回転アクセルが回転不足と判定された。旧採点においては回転不足であっても大技に挑戦することで一定の評価を受けたが、ISUジャッジングシステムでは大きく減点されてしまうため、得点が伸び悩んだ。そのため、次の試合からは3回転アクセルを回避した[20]。2003年夏からジェイソン・ダンジェンにペア転向の誘いを受け、シーズンオフには本格的な検討がなされた。2004年3月には佐藤有香の紹介でジェレミー・アレンのトライアウトを受けた、アン・パトリス・マクドノーやナオミ・ナリ・ナムといった他の候補者を押しのける形でチーム結成を依頼された。しかし、迷いながらもシングルでの競技続行を決めた[21]。
[編集] トップスケーターへの道のり
2004-2005シーズン、早稲田大学の人間科学部eスクール(通信教育課程)に進学し、上京。練習拠点も横浜に移し、佐藤信夫に師事するようになる[1]。演技中の表情が硬いことを懸念した信夫コーチから、毎日のコンパルソリー練習を通じてスケーティング技術に対する不安を解消させるとともに、練習中から本番と同じように笑顔で滑ることを意識するよう指導を受けた[要出典]。
2005-2006シーズン、東京ブロック大会で、国内競技会では初となるISUジャッジングシステムのもとでの6種類の3回転ジャンプに成功。怪我の太田由希奈に替わって出場したNHK杯でGPシリーズ初優勝。GPファイナルでも初出場ながら3位に入る。しかし、全日本選手権で5位にとどまり、トリノオリンピック出場はかなわなかった。四大陸選手権では銀メダルを獲得し、世界選手権では3回転アクセルを回避して5位に入った。
2006-2007シーズン、GPシリーズでは獲得ポイント6位タイながら総得点差でGPファイナル進出を逃した。全日本選手権では初めて表彰台に上がる3位となった。日本学生氷上競技選手権大会で3連覇を達成し、冬季アジア大会では村主章枝を逆転して初優勝。東京開催の2007年世界選手権では開会式で選手宣誓を行い、競技でも2年連続の5位に入った。
2007-2008シーズン、東京ブロック大会で3回転サルコウ-3回転ループに挑み(回転不足)[22]、3回転アクセルにも成功し、4連覇を達成。その後もスケートカナダ、ロシア杯、GPファイナルと立て続けに3回転アクセルを決めた。世界選手権ではSP3位と好スタートを切り、最終滑走者として臨んだフリーでは、3回転アクセルが回転不足になったもののスタンディングオベーションを浴びる好演技を見せ[23][24][25]、4位となった。
2008-2009シーズン、GPシリーズスケートアメリカ、NHK杯では3回転アクセルを回避した。GPファイナルでは3回転アクセルに挑んだものの回転不足となり、その後もジャンプにミスがあって5位にとどまった。全日本選手権はSPで首位に立ったものの、フリーでジャンプのミスが続き5位に沈み、2009年四大陸選手権、2009年世界選手権いずれの代表にも選ばれなかった。その後、ユニバーシアードで優勝してシーズンを締めくくった。
[編集] 主な戦績
| 大会/年 | 98-99 | 99-00 | 00-01 | 01-02 | 02-03 | 03-04 | 04-05 | 05-06 | 06-07 | 07-08 | 08-09 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 世界選手権 | 5 | 5 | 4 | ||||||||
| 四大陸選手権 | 3 | 6 | 11 | 2 | |||||||
| 全日本選手権 | 8 | 5 | 6 | 7 | 6 | 5 | 3 | 3 | 5 | ||
| 冬季アジア大会 | 3 | 1 | |||||||||
| ユニバーシアード | 4 | 1 | |||||||||
| GPファイナル | 3 | 5 | 5 | ||||||||
| GPNHK杯 | 1 | 3 | 3 | ||||||||
| GPスケートアメリカ | 7 | 8 | 2 | ||||||||
| GPロシア杯 | 8 | 2 | |||||||||
| GPスケートカナダ | 11 | 3 | 2 | ||||||||
| GP中国杯 | 11 | 2 | |||||||||
| GPエリック杯 | 6 | ||||||||||
| 世界Jr.選手権 | 7 | 4 | 2 | ||||||||
| 全日本Jr.選手権 | 11 | 1 | 2 | ||||||||
| JGPファイナル | 5 | 3 | 5 | ||||||||
| JGP ソフィア杯 | 3 | ||||||||||
| JGP ハルビン | 1 | ||||||||||
| JGP メキシコ杯 | 1 | ||||||||||
| JGP SBC杯 | 2 | 2 | |||||||||
| JGP モントリオール杯 | 4 | ||||||||||
| トリグラフトロフィー | 1 N |
[編集] 詳細
| 2008-2009 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2009年2月18日-28日 | 第24回ユニバーシアード冬季競技大会(ハルビン) | 4 52.70 |
1 101.93 |
1 154.63 |
| 2008年12月25日-27日 | 第77回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | 1 67.26 |
6 105.34 |
5 172.60 |
| 2008年12月10日-14日 | 2008/2009 ISUグランプリファイナル(高陽) | 3 62.08 |
6 99.85 |
5 161.93 |
| 2008年11月27日-30日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(東京) | 5 54.82 |
3 112.60 |
3 167.42 |
| 2008年10月23日-26日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(エバレット) | 3 57.46 |
2 115.07 |
2 172.53 |
| 2007-2008 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2008年3月17日-23日 | 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) | 3 61.10 |
4 116.30 |
4 177.40 |
| 2007年12月26日-28日 | 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 4 61.16 |
3 123.15 |
3 184.31 |
| 2007年12月13日-16日 | 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ) | 4 59.78 |
5 113.18 |
5 172.96 |
| 2007年11月22日-25日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | 2 60.50 |
3 112.27 |
2 172.77 |
| 2007年11月1日-4日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ) | 4 55.94 |
2 113.49 |
2 169.43 |
| 2006-2007 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2007年3月20日-25日 | 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) | 7 60.62 |
6 108.30 |
5 168.92 |
| 2007年1月28日-2月4日 | 第6回アジア冬季競技大会(長春) | 2 57.36 |
1 105.02 |
1 162.38 |
| 2006年12月27日-29日 | 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) | 3 63.34 |
2 116.38 |
3 179.72 |
| 2006年11月30日-12月3日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) | 3 56.86 |
3 104.07 |
3 160.93 |
| 2006年11月9日-12日 | ISUグランプリシリーズ 中国杯(南京) | 2 54.90 |
2 96.37 |
2 151.27 |
| 2005-2006 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2006年3月19日-26日 | 2006年世界フィギュアスケート選手権(カルガリー) | 4 27.79 |
6 59.62 |
6 108.24 |
5 195.65 |
| 2006年1月23日-29日 | 2006年四大陸フィギュアスケート選手権(コロラド・スプリングス) | - | 3 53.53 |
1 107.96 |
2 161.49 |
| 2005年12月23日-25日 | 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) | - | 5 61.46 |
5 114.20 |
5 175.66 |
| 2005年12月16日-18日 | 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京) | - | 4 56.04 |
3 105.78 |
3 161.82 |
| 2005年12月1日-4日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪) | - | 2 56.22 |
2 102.44 |
1 158.66 |
| 2005年10月27日-30日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(セントジョンズ) | - | 4 49.84 |
3 99.70 |
3 149.54 |
| 2004-2005 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2005年2月14日-20日 | 2005年四大陸フィギュアスケート選手権(江陵) | 9 45.17 |
12 76.57 |
11 121.74 |
| 2005年1月12日-22日 | 第22回ユニバーシアード冬季競技大会(インスブルック) | 4 | 4 | 4 |
| 2004年12月24日-26日 | 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) | 7 49.08 |
6 98.40 |
6 147.48 |
| 2004年11月11日-14日 | ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京) | 11 38.76 |
9 78.18 |
11 116.94 |
| 2004年10月28日-31日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ハリファクス) | 11 37.58 |
10 76.10 |
11 113.68 |
| 2003-2004 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2004年1月19日-25日 | 2004年四大陸フィギュアスケート選手権(ハミルトン) | 5 | 6 | 6 |
| 2003年12月25日-27日 | 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | 8 | 7 | 7 |
| 2003年11月20日-23日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) | 7 44.68 |
8 83.00 |
8 127.68 |
| 2003年10月23日-26日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(レディング) | 10 44.20 |
7 87.90 |
8 132.10 |
| 2002-2003 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年2月10日-16日 | 2003年四大陸フィギュアスケート選手権(北京) | 3 | 3 | 3 |
| 2003年2月1日-8日 | 第5回アジア冬季競技大会(青森) | 3 | 3 | 3 |
| 2002年12月20日-22日 | 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) | 5 | 5 | 6 |
| 2002年11月14日-17日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | 8 | 6 | 6 |
| 2002年10月24日-27日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(スポケーン) | 8 | 6 | 7 |
| 2001-2002 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002年3月3日-10日 | 2002年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ハマール) | 2 | 3 | 2 | 2 |
| 2001年12月21日-23日 | 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | - | 4 | 5 | 5 |
| 2001年12月13日-16日 | 2001/2002 ISUジュニアグランプリファイナル(ブレッド) | - | 4 | 4 | 5 |
| 2001年11月23日-24日 | 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京) | - | 4 | 2 | 2 |
| 2001年11月15日-18日 | ISUジュニアグランプリ SBC杯(長野) | - | 2 | 2 | 2 |
| 2001年9月13日-16日 | ISUジュニアグランプリ ソフィア杯(ブルガリア) | - | 3 | 4 | 3 |
| 2000-2001 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年2月25日-3月4日 | 2001年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ソフィア) | 5 | 5 | 4 | 4 |
| 2000年12月14日-17日 | 2000/2001 ISUジュニアグランプリファイナル(イギリス) | - | 3 | 3 | 3 |
| 2000年11月25日-26日 | 第69回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2000年10月12日-15日 | ISUジュニアグランプリ 中国大会(長春) | - | 5 | 1 | 1 |
| 2000年9月14日-17日 | ISUジュニアグランプリ メキシコ大会 | - | 1 | 2 | 1 |
| 1999-2000 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年3月5日-12日 | 2000年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(オーベストドルフ) | 3 | 4 | 9 | 7 |
| 1999年12月24日-26日 | 第68回全日本フィギュアスケート選手権(福岡) | - | 10 | 7 | 8 |
| 1999年12月16日-19日 | 1999/2000 ISUジュニアグランプリファイナル(グダニスク) | - | 6 | 5 | 5 |
| 1999年11月18日-21日 | ISUジュニアグランプリ SBC杯(長野) | - | 5 | 2 | 2 |
| 1999年9月29日-10月3日 | ISUジュニアグランプリ カナダ大会(モントリオール) | - | 4 | 4 | 4 |
| 1998-1999 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 1998年10月30日-11月1日 | 第67回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(苫小牧) | 16 | 9 | 11 |
[編集] プログラム
| シーズン | SP | FS | EX |
|---|---|---|---|
| 2008-2009[26][27][28] | ロマンス 映画『馬あぶ』より 作曲:ドミートリイ・ショスタコーヴィチ 振付:マリーナ・ズエワ |
ジゼル 作曲:アドルフ・アダン 振付:マリーナ・ズエワ |
サムホエア 『ウエスト・サイド物語』より 作曲:レナード・バーンスタイン 振付:マリーナ・ズエワ 映画『ムーラン・ルージュ』より作曲:Steve Sharples |
| 2007-2008[29][30] | 幻想即興曲 作曲:フレデリック・ショパン、演奏:ユンディ・リ |
スペイン奇想曲 作曲:ニコライ・リムスキー=コルサコフ |
アリア (風) 「白鳥」より 作曲:カミーユ・サン=サーンス、ボーカル:Giorgia Fumanti[23] シルク・ドゥ・ソレイユ『コルテオ』より「リトルナーレ」 映画『SAYURI』より「芸者」 作曲:ジョン・ウィリアムズ |
| 2006-2007[29] | 映画『SAYURI』より「芸者」 作曲:ジョン・ウィリアムズ |
シンデレラ 作曲:セルゲイ・プロコフィエフ |
クロディーヌ 作曲:Tonci Huljic、演奏:Maksim 映画『SAYURI』より「芸者」 作曲:ジョン・ウィリアムズ |
| 2005-2006[2][29] | 映画『ムーラン・ルージュ』より 作曲:Steve Sharples 振付:マリーナ・ズエワ |
ドン・キホーテ 作曲:レオン・ミンクス 振付:マリーナ・ズエワ |
アメイジング・グレイス ボーカル:ヘイリー・ウェステンラ 振付:佐藤久美子 |
| 2004-2005[31][29] | 歌劇『ファウスト』より「バッカナリア」 作曲:シャルル・グノー 振付:マリーナ・ズエワ |
ビートルズメドレー 作曲:ジョン・レノン & ポール・マッカートニー 振付:マリーナ・ズエワ |
セル・ブロック・タンゴ 映画『シカゴ』より 作曲:ジョン・カンダー 振付:マリーナ・ズエワ |
| 2003-2004[32][29] | プレイヤー・フォー・テイラー 作曲:マイケル W. スミス 振付:デヴィッド・ウィルソン |
革命のエチュード 作曲:フレデリック・ショパン 振付:樋口美穂子 |
シークレット・ガーデン 作曲:ロルフ・ラヴランド 振付:樋口美穂子 |
| 2002-2003[32][33] | プレイヤー・フォー・テイラー 作曲:マイケル W. スミス振付:デヴィッド・ウィルソン |
歌劇『ミニョン』より「そうよ、今晩... 私はティターニア」 作曲:アンブロワーズ・トマ |
- |
| 2001-2002[32] | パーハップス・ラブ 作曲:ジョン・デンバー、演奏:ジェームズ・ゴールウェイ |
序曲「謝肉祭」 作曲:アントニン・ドヴォルザーク |
- |
| 2000-2001[32] | パーハップス・ラブ 作曲:ジョン・デンバー、演奏:ジェームズ・ゴールウェイ |
タイムズ・スクウェア | - |
[編集] 表彰歴
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰(2007年、2009年)
[編集] 関連項目
[編集] 出典
- ^ a b c 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック』実業之日本社、2004年11月、p.62
- ^ a b c d e 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.21
- ^ a b 『little wings 新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社、2003年12月、p.53
- ^ 『フィギュアスケート日本女子ファンブック2009』扶桑社、2008年12月、p.28
- ^ 「フィギュア中野がフジ内定、来季で引退か」『nikkansports.com』2009年4月1日更新、同年4月3日閲覧
- ^ [http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/winter/news/20090402-OHT1T00043.htm 「中野友加里が一般職でフジテレビ入りへ」『スポーツ報知』2009年4月2日更新、同年4月3日閲覧
- ^ 松岡修造著『Stay Gold フィギュアスケート編』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2003年4月、p.115
- ^ 山田満知子著『素直な心が才能を伸ばす!』青春出版社、2007年4月、p.63
- ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009女子シングル読本』ダイエックス出版出版、2008年9月、p.20
- ^ 『Stay Gold』p.121
- ^ 『Stay Gold』p.106
- ^ 『素直な心が才能を伸ばす!』p.68
- ^ 『素直な心が才能を伸ばす!』p.64
- ^ 『ファンブック2009』p.23
- ^ 八木沼純子著『氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.115
- ^ 『Stay Gold』p.131
- ^ 『little wings』p.52
- ^ 『little wings』p.58
- ^ 『Stay Gold』p.131, p.134、『素直な心が才能を伸ばす!』pp.65-66
- ^ 『応援ブック』p.61, p.64
- ^ 『応援ブック』pp.63-64
- ^ 2007 東京フィギュアスケート選手権大会 シニア女子フリースケーティングジャッジスコア
- ^ a b 『日本女子フィギュアスケートキャラクターブック 2008-2009』マガジンハウス、2008年10月、p.18
- ^ 『ファンブック2009』p.23, 94
- ^ 『キャラクターブック 2008-2009』p.18
- ^ 『キャラクターブック 2008-2009』p.17
- ^ 『2008-2009女子シングル読本』pp.20-23
- ^ 『ファンブック2009』p.89
- ^ a b c d e 『2008-2009女子シングル読本』p.23
- ^ 『キャラクターブック 2008-2009』p.19
- ^ 『応援ブック』p.93
- ^ a b c d 『little wings』pp.131-132
- ^ 『ファンブック2009』p.85
[編集] 外部リンク
- 中野友加里公式サイト - Yukari Nakano Official Website
- 国際スケート連盟によるバイオグラフィー
- 中野友加里インタビュー 自分流トレーニングの極意 (前編) - スポーツニッポン
- 中野友加里インタビュー 自分流トレーニングの極意 (後編) - スポーツニッポン
- 早稲田スポーツ

