濱錦竜郎

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本来の表記は「濵錦竜郎」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
濵錦竜郎 相撲力士
Hamanishiki 2011 Jan.JPG
基礎情報
四股名 濵錦 竜郎
本名 髙濵 竜郎
生年月日 1976年11月23日(37歳)
出身 熊本県熊本市
身長 179.0cm
体重 123.0kg
所属部屋 追手風部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 引退
最高位 東前頭11枚目
生涯戦歴 360勝365敗30休(77場所)
幕内戦歴 44勝61敗(7場所)
データ
初土俵 1999年3月場所
入幕 2001年5月場所
引退 2012年1月場所
引退後 年寄春日山
趣味 音楽鑑賞
備考
春日山部屋師匠
2012年2月27日現在

濵錦 竜郎(はまにしき たつろう、1976年昭和51年)11月23日 - )は、 熊本県熊本市出身で追手風部屋所属の元大相撲力士。本名は髙濵 竜郎(たかはま たつろう)。現役時代の体格は身長179.0cm、体重123.0kg。趣味は音楽鑑賞、血液型はO型。最高位は東前頭11枚目(2002年3月場所)。現在は年寄 春日山

人物[編集]

小学校時代から相撲を始め、熊本工大高等学校(現・文徳高等学校)時代から全国大会に出場し、日本大学では、田宮啓司(元大関・琴光喜)や加藤精彦(現・高見盛)らと共に活躍し、世界相撲選手権大会中量級3連覇など12個のタイトルを獲得した。「稽古したくない」という理由で教職課程を修めていたという一面もあり、免許も在学中に取得した。[1]卒業後は九州電力への入社が内定していたがそれを拒否して追手風部屋に入門し、1999年3月場所に幕下付出初土俵を踏んだ。

以降、順調に番付を上げて行き、2000年7月場所に十両に昇進し四股名を『濱錦』へ改名、2001年5月場所には新入幕を果たした。四つ相撲で一時は幕内に定着しかけたが、2002年7月場所を最後に十両に陥落。十両に下がっていた2003年7月場所には右膝を故障して幕下まで陥落した。

2004年1月22日の1月場所12日目に日本大学の先輩である増健との取組に叩き込みで敗れた取組が無気力相撲であったとして当時の九重審判部副部長と伊勢ノ海監察委員長から増健とともに厳重注意を受けた。2005年11月場所から四股名を本名の『高濱』に戻した。

2006年11月場所は東幕下28枚目で全休したため、2007年1月場所では、自身初の三段目(8枚目)に陥落、その場所も1番相撲の不戦敗の後全休し、3月場所では68枚目まで番付を落とした。その後は三段目での勝ち越しや負け越しの状態が続いたが、2008年1月場所は6勝1敗と久々に好成績を挙げ、3月場所において幕下に復帰した。

2009年7月場所に再び四股名を濱錦に戻した。2011年1月場所では東幕下15枚目で4勝3敗と、2005年3月場所以来となる幕下15枚目以内での勝ち越しを果たした。5月技量審査場所で再び勝ち越しを決め、大相撲八百長問題で多くの力士が引退した影響もあり、7月場所で十両に再昇進した。所要39場所での再十両は史上最長記録となった。しかしその後は2場所連続で負け越して11月場所では幕下に戻った。

2012年1月場所は東幕下20枚目で3勝4敗と負け越したが、2月22日の日本相撲協会理事会において、2月29日付で引退し年寄春日山を襲名することが承認された。これにより、協会理事に専念する雷親方(元春日富士)に代わり、春日山部屋の師匠となった。[2]

2012年3月場所から既に部屋の指導を行っており、3月12日大阪府立体育会館にて正式に引退記者会見を開いて13年の土俵生活への思いを述べ、今後は「我慢強い力士を育てて行きたい」と抱負を語っている。[3]断髪式は同年9月28日両国国技館の土俵上で行った。

『相撲』2013年6月号増刊 『大相撲 愛された男 高見盛伝説』では高見盛の爆笑エピソードの証言者を務めた。「礼儀作法を教えるのに四苦八苦」と話し、高見盛が風変わりな性格をしていたことを伝えた。これを例として、濱錦は高見盛について日大時代から現在に至るまでの時代の証言を担当するだけの親しい人物である。

ところが引退相撲を終えて約半年経過した2013年10月3日には間借りしている春日山部屋敷地の賃料未払い問題が発生してしまい、先代春日山が同月中に濱錦を提訴する方針を固めていたことが明らかとなった。先代春日山は未払いを続けている濱錦に対して部屋の看板を外すという抵抗も見せたという。[4]11月11日に第1回口頭弁論が予定されている。これに対して浜錦が先代春日山らに対し、年寄名跡・春日山の証書の引き渡しを求めて提訴することがわかった。[5][6]

主な成績[編集]

通算成績[編集]

  • 通算成績:360勝365敗30休(77場所)
  • 幕内成績:44勝61敗 勝率.419
  • 幕内在位:7場所

場所別成績[編集]

                                                                                                                                                                                                    

濵錦 竜郎
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1999年
(平成11年)
x 幕下付出 #60
4–3
 
東 幕下 #51
6–1
 
西 幕下 #24
6–1
 
東 幕下 #8
3–4
 
西 幕下 #14
4–3
 
2000年
(平成12年)
東 幕下 #11
4–3
 
東 幕下 #8
4–3
 
東 幕下 #5
5–2
 
東 十両 #13
10–5
 
西 十両 #4
5–10
 
東 十両 #8
7–8
 
2001年
(平成13年)
東 十両 #10
10–5
 
東 十両 #2
9–6
 
西 前頭 #12
4–11
 
東 十両 #3
9–6
 
西 前頭 #14
8–7
 
東 前頭 #12
7–8
 
2002年
(平成14年)
西 前頭 #13
8–7
 
東 前頭 #11
7–8
 
東 前頭 #12
6–9
 
前頭 #14
4–11
 
西 十両 #7
8–7
 
東 十両 #7
9–6
 
2003年
(平成15年)
西 十両 #5
5–10
 
東 十両 #9
10–5
 
東 十両 #4
6–9
 
東 十両 #7
2–3–10
 
西 幕下 #6
0–0–7
 
西 幕下 #6
4–3
 
2004年
(平成16年)
東 十両 #13
8–7
 
東 十両 #10
7–8
 
東 十両 #11
9–6
 
西 十両 #5
5–10
 
東 十両 #11
6–9
 
西 十両 #14
1–14
 
2005年
(平成17年)
西 幕下 #12
4–3
 
東 幕下 #11
5–2
 
西 幕下 #5
2–5
 
東 幕下 #15
3–4
 
東 幕下 #21
3–4
 
東 幕下 #27
2–5
 
2006年
(平成18年)
西 幕下 #41
5–2
 
東 幕下 #28
5–2
 
東 幕下 #19
4–3
 
西 幕下 #14
3–4
 
東 幕下 #19
3–4
 
東 幕下 #28
0–0–7
 
2007年
(平成19年)
西 三段目 #8
0–1–6
 
西 三段目 #68
4–3
 
東 三段目 #52
4–3
 
東 三段目 #36
4–3
 
西 三段目 #21
3–4
 
西 三段目 #38
4–3
 
2008年
(平成20年)
東 三段目 #23
6–1
 
東 幕下 #45
5–2
 
東 幕下 #30
4–3
 
東 幕下 #26
3–4
 
東 幕下 #34
5–2
 
西 幕下 #17
3–4
 
2009年
(平成21年)
東 幕下 #26
4–3
 
東 幕下 #19
3–4
 
東 幕下 #28
2–5
 
東 幕下 #46
5–2
 
東 幕下 #34
4–3
 
西 幕下 #28
2–5
 
2010年
(平成22年)
東 幕下 #44
4–3
 
東 幕下 #38
5–2
 
西 幕下 #23
3–4
 
西 幕下 #31
5–2
 
西 幕下 #15
3–4
 
西 幕下 #19
4–3
 
2011年
(平成23年)
東 幕下 #15
4–3
 
八百長問題
により中止
西 幕下 #10
6–1
 
東 十両 #9
5–10
 
東 十両 #14
2–13
 
東 幕下 #10
2–5
 
2012年
(平成24年)
東 幕下 #20
3–4
 
西 幕下 #26
引退
0–0–0
x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 髙濵 竜郎(たかはま たつろう)1999年3月場所 - 2000年5月場所
  • 濵錦 竜郎(はまにしき-)2000年7月場所 - 2005年9月場所
  • 髙濵 竜郎(たかはま-)2005年11月場所 - 2009年5月場所
  • 濵錦 竜郎(はまにしき-)2009年7月場所 - 2012年1月場所

年寄変遷[編集]

  • 春日山 嵩昌(かすがやま たかまさ)2012年2月 -

脚注[編集]

  1. ^ 『どすこいFM』2013年5月場所11日目放送
  2. ^ 「元前頭の浜錦が春日山部屋を継承」(毎日新聞)
  3. ^ 元幕内浜錦が引退会見「我慢強い力士を」 日刊スポーツ 2012年3月12日閲覧
  4. ^ 先代が春日山親方提訴へ「賃料払え」間借りの部屋代、未払い続く 2013年10月4日06時05分 スポーツ報知
  5. ^ 名義上は当代春日山を襲名している濱錦のものであるが、年寄株の本体である証書を先代春日山が濱錦の手に実際に引き渡そうとしていないという状況である。
  6. ^ [1] 情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]