清瀬海孝行
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2010年1月場所での清瀬海関
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| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 清瀬海 孝行 | |||
| 本名 | 市原 孝行 | |||
| 愛称 | イッチャン | |||
| 生年月日 | 1984年8月16日(28歳) | |||
| 出身 | 愛知県名古屋市中村区 | |||
| 身長 | 183cm | |||
| 体重 | 178kg | |||
| 所属部屋 | 木瀬部屋→北の湖部屋 | |||
| 得意技 | 突き、押し | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 引退 | |||
| 最高位 | 西前頭13枚目 | |||
| 生涯戦歴 | 157勝129敗33休(25場所) | |||
| 幕内戦歴 | 8勝9敗13休(2場所) | |||
| データ | ||||
| 初土俵 | 2007年1月場所 | |||
| 入幕 | 2008年1月場所 | |||
| 引退 | 2011年5月場所 | |||
| 趣味 | 散歩、掃除 | |||
| 備考 | ||||
| 現行制度史上初の幕下10枚目格付出 | ||||
| 2011年4月5日現在 | ||||
清瀬海 孝行(きよせうみ たかゆき、1984年8月16日 - )は、愛知県名古屋市中村区出身で北の湖部屋(入門時は木瀬部屋)に所属した大相撲力士。本名は市原孝行(いちはら たかゆき)、愛称はイッチャン。身長183cm、体重178kg、血液型はA型。2007年1月場所幕下付出(10枚目格)初土俵。得意手は突き、押し、左四つ、寄り。好きな食べ物は寿司、嫌いな食べ物はプチトマト、好きな色はローズ、趣味は掃除[1]。最高位は西前頭13枚目(2008年3月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分となり、引退した。
目次 |
来歴 [編集]
中学校2年生の時に「中京クラブ」で相撲を始め、1999年(平成11年)には御田中学校3年生で中学生横綱、2001年(平成13年)には埼玉栄高校2年生で高校横綱に輝き、2003年(平成15年)に日大相撲部へと進んだ。大学同期には森(大翔湖、追手風部屋)、山本(山本山、尾上部屋)、南(天鎧鵬、尾上部屋)などがおり、4年生の時には主将を務めた。
高校、大学での通算タイトル数は11冠と飛び抜けて多いわけではないが内容は濃く、2006年(平成18年)には国民体育大会の成年男子Aに加えて全日本相撲選手権大会(アマチュア横綱)も制し、2001年に現行の幕下付出制度になってから初めて幕下10枚目格付出の権利を得た。国際大会でも、相撲が正式競技となったワールドゲームズ2005で無差別級金メダルと115kg超級銀メダルを獲得した。周囲からの期待通りに大相撲に入門することになったが、入門したのは創設3年目の木瀬部屋(木瀬親方:前1・肥後ノ海、日大OB)であった。このため、清瀬海は入門していきなり部屋頭になった。
初土俵を踏んだ2007年(平成19年)1月場所では、5勝2敗と好成績を残し能力の高さを見せた。翌3月場所から7月場所まで3場所連続で勝ち越し、東幕下筆頭で迎えた同年9月場所でも6勝1敗と大きく勝ち越して、翌11月場所に新十両昇進を果たした。
新十両で迎えた2007年(平成19年)11月場所は、日大の1年先輩である境澤に決定戦で敗れ優勝は逃すが13勝2敗の好成績を残し、東十両11枚目の番付でありながら番付を一気に上げて2008年(平成20年)1月場所において新入幕を果たした。わずか1場所での十両通過は、大輝煌以来17年ぶり13人目の快挙となった。2008年1月場所の番付発表があった2007年12月に初めて髷姿で現れた。
新入幕の2008年(平成20年)1月場所は8勝7敗と勝ち越したものの、同年3月場所初日の豊真将との取り組みで右膝全治2週間の怪我を負い、2日目から入門以来初めて休場したために、同年5月場所では十両に陥落した。5月場所では膝にサポーターをして土俵に上がったが、7勝8敗と千秋楽に負け越しが決まった。初日のNHK解説によると実は靭帯を断裂しており、ほとんど稽古ができないまま本場所を迎えた。関取として初の御当地場所となった同年7月場所も膝の調子が悪く、大きなサポーターを付けての土俵となり初日から5日連続負けが続いたが、その後は持ち直し14日目に勝ち越した。しかし、千秋楽は右膝前十字靭帯の損傷の疑いのため休場した。
2008年(平成20年)3月場所での負傷後、小幅の負け越し・勝ち越しを繰り返して十両下位に甘んじたこともあり、「身を清める」との意味を込めて、2009年(平成21年)1月場所から四股名を本名の「市原」から「清瀬海」に改めた。
2010年に起きた大相撲野球賭博問題では野球賭博に関わったとされ、特別調査委員会から名古屋場所での謹慎休場を勧告され、相撲協会もそれを受け入れていた[2]。そのため同年7月場所は全休となり、西十両4枚目から一気に西幕下4枚目まで落ちてしまった。2011年3月3日に賭博開帳図利容疑で書類送検されたが[3]、同年3月17日に嫌疑不十分の理由で不起訴処分となった[3]。
2011年2月2日、警視庁の大相撲野球賭博問題の捜査において押収した携帯電話から、当時の春日錦に八百長の段取りを指示したメールが発見されたと報じられた[4]。メールは削除されていたが、復元した結果その文面が明らかになった[5]。2010年5月11日に行われた2010年5月場所3日目の取組は清瀬海が春日錦を破ったが、メールで打ち合わせた通りの取り口だったという[6]。2月22日、本人は否定しているが特別調査委員会が八百長に関与したと認定されたことで、二度と土俵に上がれないと引退を決意していると報道された。この時点では本人から引退届は提出されず[7]、また、特別調査委員会から任意での提出が求められている携帯電話や預金通帳を清瀬海は提出しなかった。聞き取り調査は1度受けたものの、携帯電話や預金通帳の提出要請に応じる意思は示さなかった[7]。特別調査委員会は24日からメールに名前が出た14人への再聴取をし、22日の相撲協会理事会で承認された「八百長への関与を認めた者は引退勧告、認めずに関与したと認定された者は除名」との新たな方針を示していたため、このまま清瀬海が八百長への否定を続ける場合、大相撲史上初の除名処分となることが濃厚とされた[8]。3月31日、2011年1月場所でも八百長を行ったと特別調査委員会は判定を下し[9]。4月1日の相撲協会臨時理事会の結果、引退勧告を受けた[10]。取材に対しては「この処分については納得がいっていない」[11]、「疑わしいメールがあったかもしれないが、土俵上ではやっていません」と語ったが[12]、4月5日に引退届を提出し受理された[13]。
引退後長らく次の職業が決まっていなかったが、2011年11月に墨田区錦糸町でスナックを開店した。[14]。相撲や出身地の愛知県にちなんだメニューも提供している[15]。開店後はテレビ出演も何度かしている。
エピソード [編集]
- 2007年1月の新弟子検査で合格した中に2006年アマチュア横綱の清瀬海、2006年高校横綱の栃乃若、2006年世界相撲選手権大会個人無差別級優勝の阿覧、大学の同期生で新弟子史上最重量の山本山が揃うという過去稀にみる豊作の世代と言われた(清瀬海以外は前相撲から。また2006年学生横綱の大翔湖や東京農業大学出身の土佐豊は1場所遅れで角界入り)。
- 好きな色は日大のイメージカラーでもあるピンク。外見のいかつさからは想像しにくいが、声のキーが高く、可愛らしい。また、十両時代の2007年11月場所12日目は、控えで右手親指をしゃぶっていた姿がNHK大相撲中継で映された。
- 日大から寄贈された化粧廻しは校章がデザインされた他の日大出身力士のものとは異なり、日大のロゴマーク「Nドット」がデザインされたものである(清瀬海新十両時からこのデザインに変更された可能性もあるが、清瀬海より後に十両に昇進した山本山、大翔湖には従来と同じものが贈られている)。
取り口 [編集]
大相撲解説者の北の富士は「180kgというアンコ型の大きな風体であるにもかかわらず器用な相撲をする」と評し、新入幕の場所では「新入幕なのに10年いるような外観だ」とも評した。みのもんたにもTBS『みのもんたの朝ズバッ!』において「この子本当に新入幕?」と評された。 一方で、廻しの締めがゆるい、もっと前に出る相撲をすべき、と花籠親方には苦言を呈された。膝の故障以降は本来の相撲を取ることができずに立ち合いでの変化が多くなり、解説陣からも厳しく批判されていた。
主な成績 [編集]
2011年1月場所終了現在
通算成績 [編集]
- 通算成績:157勝129敗33休(25場所)
- 幕内成績:8勝9敗13休(2場所)
- 十両成績:117勝103敗20休(16場所)
場所別成績 [編集]
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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| 2007年 (平成19年) |
幕下付出 #10 5–2 |
東 幕下 #4 5–2 |
西 幕下 #2 4–3 |
西 幕下 #1 4–3 |
東 幕下 #1 6–1 |
東 十両 #11 13–2 |
| 2008年 (平成20年) |
東 前頭 #16 8–7 |
西 前頭 #13 0–2–13 |
西 十両 #11 7–8 |
西 十両 #12 8–7 |
西 十両 #10 6–4–5 |
東 十両 #14 8–7 |
| 2009年 (平成21年) |
東 十両 #13 9–6 |
西 十両 #6 4–11 |
西 十両 #12 8–7 |
西 十両 #11 8–7 |
西 十両 #9 7–8 |
西 十両 #11 8–7 |
| 2010年 (平成22年) |
西 十両 #10 9–6 |
西 十両 #5 5–10 |
東 十両 #10 10–5 |
西 十両 #4 休場 0–0–15 |
西 幕下 #4 4–3 |
東 幕下 #1 4–3 |
| 2011年 (平成23年) |
東 十両 #11 7–8 |
八百長問題 により中止 |
西 十両 #11 引退 –– |
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| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
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引退時の番付は2月28日発表の順席による。
改名歴 [編集]
- 市原 孝行(いちはら たかゆき)2007年1月場所 - 2008年11月場所
- 清瀬海 孝行(きよせうみ -)2009年1月場所 - 2011年4月
脚注 [編集]
- ^ 市原のプロフィール SANSPO.COM
- ^ 朝日新聞 2010年6月29日
- ^ a b 『サンケイスポーツ』野球賭博 琴光喜ら27人書類送検 2011年3月4日
- ^ 『毎日新聞』大相撲:携帯に八百長メール記録 十両数人、勝ち星売買 2011年2月2日 3時0分 更新:2月2日 7時34分
- ^ 『時事通信社』 大相撲で八百長か=星売買打ち合わせ-十両力士メールに形跡・野球賭博捜査で判明 2011年2月2日
- ^ 『東京新聞』2011年2月3日号 メールと取り口 合致 昨年夏場所 清瀬海-春日錦戦
- ^ a b 『サンケイスポーツ』八百長認定の清瀬海は現役引退の意向 2011年2月22日
- ^ 『スポーツ報知』清瀬海、史上初の「除名処分」へ…八百長問題 2011年2月24日
- ^ 清瀬海、1月にも八百長か…特別調査委が判断 スポーツニッポン 2011年3月31日
- ^ 八百長関与23人に厳罰=理事3人も引責辞任-相撲協会 時事ドットコム 2011年4月1日
- ^ 「おかしすぎる」「納得できない」…処分の力士から不満続々 スポーツニッポン 2011年4月1日
- ^ FNNニュース 2011年4月5日
- ^ 19人が引退・退職届 谷川親方だけ提出せず MSN産経ニュース 2011年4月5日
- ^ 店名〔愛〕いっちゃん3 いっちゃんの一日日記 2011年9月14日
- ^ いっちゃん26いっちゃんの一日日記 2011年10月16日
- ^ “Kiyoseumi Takayuki Rikishi Information”. Sumo Reference. 2007年12月28日閲覧。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 清瀬海 孝行 - goo 大相撲
- 清瀬海 孝行 - 相撲レファレンス
- いっちゃんの一日日記 - 本人によるブログ