逆鉾伸重

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逆鉾 伸重 相撲力士
Sakahoko 09 Sep.JPG
2009年9月場所での審判役
基礎情報
四股名 福薗 好政→逆鉾 昭廣→逆鉾 信繁→逆鉾 伸重
本名 福薗 好昭
生年月日 1961年6月18日(52歳)
出身 鹿児島県姶良市(旧加治木町)
身長 182cm
体重 124kg
BMI 37.44
所属部屋 井筒部屋
得意技 左四つ、寄り、もろ差し、外掛け
成績
現在の番付 引退
最高位 関脇
生涯戦歴 551勝567敗29休(89場所)
幕内戦歴 392勝447敗16休 (57場所)
優勝 序ノ口優勝1回
殊勲賞5回
技能賞4回
データ
初土俵 1978年1月場所
入幕 1982年11月場所
引退 1992年9月場所
引退後 年寄井筒
備考
金星7個(隆の里3個、千代の富士2個、双羽黒2個)
2013年1月2日現在

逆鉾 伸重(さかほこ のぶしげ、1961年6月18日 - )は鹿児島県姶良市(旧加治木町)出身で井筒部屋所属の元大相撲力士。なお、実際の出身地は東京都墨田区である。本名は、福薗 好昭(ふくぞの よしあき)。最高位は東関脇。得意技は左四つ、寄り、もろ差し、外掛け。現役時代の体格は182cm、124kg。現在は年寄井筒を襲名し、井筒部屋で後進の指導に当たっている。好物はおでん。

来歴[編集]

1978年1月場所に福薗の名で初土俵を踏む。1981年7月場所に、兄の鶴嶺山と同時に新十両となる。1981年11月場所は2勝13敗と大きく負け越し、幕下に陥落したが、1982年5月場所に再十両、このとき井筒部屋伝統の四股名、逆鉾に改名した。同年11月場所に入幕。現役時代は父(鶴ヶ嶺)譲りの「相撲巧者」と言われ、立合いから相手のもろ差しに潜り込むのが速く、そこからのがぶり寄りを得意とし、技能賞、三役の常連であった。ちなみに本来は左四つだが、もろ差しに移行する際は右四つから巻き変えるのが特徴。このため、右四つが得意な力士とは相性がよかったが、左四つが得意な力士とは安易に左四つになり相手十分の相撲となってしまうことも多かった。

1984年7月場所に小結を飛び越して関脇昇進、当然次期大関候補の筆頭であったが、出世欲が乏しく、また部屋頭だったことからか、立合いで胸を出し、顎を上げる悪癖が治らず、8勝か9勝に終わることが多かった。反面、話題には事欠かず隆の里に勝って土俵上でガッツポーズを取って問題にされたり、弟の寺尾が取り組みに負けた際、思わず控えで立ち上がってしまうなどして話題になった。昭和60年代には寺尾ともに同時関脇、同時三賞受賞もしばしばあった。立合い正常化講習が行われた直後の場所である1984年9月場所では、その場所3日目の北天佑戦で勝った際の取組で一度際どい立合いを「手つき不十分」と指摘した九重を睨みつけたことやインタビュールームで憮然としながら 「アッタマにきたからね、もう」と口にした態度を取るなどの行動を見せて物議を醸した[1]若花田貴花田が台頭してきた平成初期には力衰えて体も一回り小さくなっており、得意のもろ差しになってもそのまま後退して負けるといった取組が増え、低迷した。加えてマスコミでも散々に書き立てられ悪役の役回りを割り振られたがそれでも人気は高く、十両に陥落し1992年9月場所で引退するまで人気力士として活躍した。横綱千代の富士と屋台で遭遇してから、千代の富士に心酔し、以後両者はしばしば熱戦を展開した。現役時代は板井とも仲が良く、幕下に陥落してから再十両を果たすまでの間に師匠の大鳴戸と不仲に陥った板井は普段のちゃんこも井筒部屋で逆鉾と共に食べる間柄になったという。

朝青龍が左手で手刀を切ることを、ある横綱審議委員が問題視したが、逆鉾も朝青龍と同じく左利きでずっと左手で手刀を切っていた。当時はこれを問題視するものはいなかった[2]

現役引退後は年寄春日山を襲名して井筒部屋付きとなり、師匠の停年(定年)退職後は井筒に名跡変更して部屋を継承した。現在は力士5人の小所帯ながら、直弟子である鶴竜横綱まで育て上げるなど手腕を発揮している。また、相撲協会では、役員就任前は、役員でない親方衆で構成される年寄会の会長を務め、2014年には役員選挙に立候補して副理事に就任した。2002年勝負審判に就任して以降は12年間の長きに亘ってその任務を果たし、2014年の副理事就任後も審判部に残留して副部長へと昇進した。

土俵下の勝負審判を務める親方はNHKの大相撲中継では原則として解説を務めないが、審判部所属になる前に解説を務めた際には、自分より年上の力士を語る際は「○○関」と呼称していた。

家系図[編集]

西ノ海(25代横綱)の曾孫(養女の養女の子供)、加賀錦(元幕下)の孫、鶴ヶ嶺(元関脇)の次男、薩摩錦(元幕下)の従兄の孫。井筒3兄弟と言われ、長兄が鶴嶺山(元十両)、次男が逆鉾、三男が寺尾(元関脇)。また、福薗洋一郎(元十両)は従弟に当たり、中日ドラゴンズ一軍打撃コーチの井上一樹は親戚に当たる。長女は元宝塚歌劇団花組娘役(92期生)の天咲千華(あまさき・ちはな)。

─:血縁 ━:養子縁組

 ┌──┐     ┌───┐
 ○   ○  女┰西ノ海 高千穂
 │   │    ┃
薩摩錦 ○    女┰加賀錦
  ┌─┴─┐  ┃
  ○  鶴ヶ嶺┬女
  │  ┌──┼──┐
 福薗 寺尾 逆鉾 鶴嶺山

主な成績[編集]

  • 通算成績:551勝567敗29休 勝率.493
  • 幕内成績:392勝447敗16休 勝率.467
  • 現役在位:89場所
  • 幕内在位:57場所
  • 三役在位:16場所(関脇12場所、小結4場所)
  • 三賞:9回
    • 殊勲賞:5回(1984年5月場所、1987年9月場所、1987年11月場所、1988年1月場所、1988年7月場所)
    • 技能賞:4回(1984年3月場所、1984年7月場所、1986年9月場所、1989年1月場所)
  • 金星:7個(隆の里3個、千代の富士2個、双羽黒2個)
  • 各段優勝
    • 序ノ口優勝:1回(1978年3月場所)

場所別成績[編集]

逆鉾 伸重
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1978年
(昭和53年)
(前相撲) 西 序ノ口 #14
優勝
6–1
東 序二段 #45
4–3
 
東 序二段 #29
6–1
 
東 三段目 #66
0–1–6
 
東 序二段 #24
休場
0–0–7
1979年
(昭和54年)
東 序二段 #24
4–3
 
西 序二段 #3
6–1
 
東 三段目 #43
4–3
 
東 三段目 #28
5–2
 
西 幕下 #60
2–5
 
東 三段目 #25
5–2
 
1980年
(昭和55年)
西 幕下 #59
5–2
 
東 幕下 #40
4–3
 
西 幕下 #31
3–4
 
東 幕下 #40
4–3
 
西 幕下 #31
4–3
 
西 幕下 #23
5–2
 
1981年
(昭和56年)
西 幕下 #10
5–2
 
東 幕下 #4
4–3
 
東 幕下 #1
4–3
 
西 十両 #11
9–6
 
西 十両 #9
8–7
 
東 十両 #7
2–13
 
1982年
(昭和57年)
西 幕下 #9
6–1
 
東 幕下 #3
6–1
 
西 十両 #12
10–5
 
東 十両 #2
8–7
 
東 十両 #1
10–5
 
西 前頭 #12
4–10–1[3]
 
1983年
(昭和58年)
西 十両 #4
9–6
 
西 前頭 #13
8–7
 
西 前頭 #5
7–8
 
西 前頭 #6
7–8
 
西 前頭 #8
7–8
 
東 前頭 #9
9–6
 
1984年
(昭和59年)
東 前頭 #3
4–11
西 前頭 #10
9–6
東 前頭 #3
8–7
西 関脇
8–7
東 関脇
5–10
 
東 前頭 #4
6–9
1985年
(昭和60年)
東 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #3
6–9
 
西 前頭 #6
8–7
 
東 前頭 #1
6–9
 
1986年
(昭和61年)
東 前頭 #4
8–7
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
10–5
 
西 小結
8–7
東 小結
5–10
 
1987年
(昭和62年)
西 前頭 #2
6–9
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #3
7–8
西 前頭 #4
8–7
西 関脇
8–7
1988年
(昭和63年)
東 関脇
9–6
東 関脇
8–7
 
東 関脇
8–7
 
東 関脇
8–7
東 関脇
9–6
 
東 関脇
9–6
 
1989年
(平成元年)
東 関脇
9–6
東 関脇
7–8
 
東 小結
8–7
 
西 関脇
2–13
 
東 前頭 #7
6–9
 
東 前頭 #12
10–5
 
1990年
(平成2年)
西 前頭 #2
4–11
 
西 前頭 #10
9–6
 
西 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #5
8–7
 
西 小結
5–10
 
1991年
(平成3年)
東 前頭 #4
6–9
 
西 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #8
10–5
 
西 前頭 #1
5–10[4]
 
西 前頭 #7
休場[5]
0–0–15
1992年
(平成4年)
西 前頭 #7
6–9
 
東 前頭 #10
5–10
 
西 前頭 #15
4–11
 
東 十両 #5
5–10
 
東 十両 #11
引退
4–11–0
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 福薗 好政(ふくぞの よしまさ)1978年1月場所-1982年3月場所
  • 逆鉾 昭廣(さかほこ あきひろ)1982年5月場所-1989年7月場所
  • 逆鉾 信繁(- のぶしげ)1989年9月場所
  • 逆鉾 伸重(- のぶしげ)1989年11月場所-1992年9月場所

年寄変遷[編集]

  • 春日山 好昭(かすがやま よしあき)1992年9月-1994年4月
  • 井筒 好昭(いづつ -)1994年4月-

脚注[編集]

  1. ^ NHK大相撲中継 1984年9月場所3日目
  2. ^ 大相撲情報局 コラム「発気用意丼」 力士の所作
  3. ^ 左膝内側側副靱帯損傷により10日目から途中休場、12日目から再出場
  4. ^ 右大腿屈頭筋挫傷・右膝内側側副靱帯損傷により千秋楽不戦敗
  5. ^ 公傷

関連項目[編集]