国技
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国技(こくぎ)とは、その国を代表する武術・スポーツ競技を指す。明瞭な定義はない。
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[編集] 基準
人によってさまざまな意味で使われるが、おおむね次の二つのどちらかの意味で使われることが多い(国花・国鳥と類似する)。
- 国家機関によって特別の地位・待遇を与えられているもの
- 国民に深く親しまれ、その国の文化にとって特に重要な位置を占めるという考えが国民に広く支持されているもの
後者の場合は、歴史が古く、その国の伝統文化と深く結びついていれば国技であるとする考えもあれば、今現在国民の間に人気が高く、競技者人口や観戦者人口が多ければいいとする考えもあって、定まった説はない。
また、国技の条件として、その国で生まれたものでなければならないと考える者もいる。しかし国民から深く愛されているスポーツが、外国に起源を持っていることが判明するというケースも珍しいものではない。その結果、スポーツの起源に関する説が捏造されることもある。20世紀初頭のアメリカ合衆国において「ベースボールの発祥の地はアメリカである」という説が捏造され、それが国民に広く支持されるに至ったのは、このような心理が背後にあったものと考えられている(野球の起源の項を参照のこと)。
[編集] 世界各国の国技(広義)
- アイスランド - グリマ
- アイルランド - ゲーリックフットボール
- アフガニスタン - ブズカシ
- アメリカ - アメリカンフットボール、ベースボール、バスケットボール、アイスホッケー、ストックカー
- アルゼンチン - サッカー、パト
- イスラエル - クラブ・マガ
- イタリア - 自転車競技、カルチョ、バレーボール、フォーミュラカー
- イングランド - サッカー、ラグビー、クリケット、ネットボール、テニス
- インド - カラリーパイト、コシュティ、クリケット
- イラン - ズールハーネ
- インドネシア - バドミントン、シラット
- ウェールズ - ラグビー
- ウズベキスタン - クラシ
- エジプト - スピードボール
- エチオピア - マラソン
- オーストラリア - オージーフットボール、ラグビーリーグ、サーフィン
- オランダ - サッカー、自転車競技、キックボクシング
- ガイアナ - クリケット
- カナダ - ラクロス、アイスホッケー、カナディアンフットボール
- 韓国 - テコンドー、シルム、(コムドは日本流剣道の派生である)
- キューバ - 野球、バレーボール
- ギリシャ - ウエイトリフティング、レスリング
- クロアチア - 水球
- コスタリカ - サッカー
- コロンビア - ローラースケート
- サウジアラビア - サッカー
- ジンバブエ - クリケット
- スイス - 小銃射撃、シュヴィンゲン
- スウェーデン - テニス、ハンドボール
- スコットランド - カーリング
- スペイン - 闘牛、トリアルシン
- セネガル - ラン・ジ
- セルビア - 水球
- タイ - ムエタイ、セパタクロー
- チェコ - アイスホッケー
- 中国 - 卓球、中国武術
- チリ - ロデオ
- ドイツ - シュラークバル、ハンドボール、サッカー、卓球
- ドミニカ共和国 - 野球
- トリニダード・トバゴ - クリケット
- トルコ - ヤールギュレシ
- 日本 - 柔道、剣道、相撲(但し文部科学省は相撲を国技と認めていない)
- ニュージーランド - ラグビー、カヌー
- ノルウェー - スキー
- パキスタン - ホッケー
- パナマ - 野球
- ハンガリー - 水球
- バングラデシュ - カバディ
- フィリピン - カリ、エスクリマ、バスケットボール、ビリヤード
- フィンランド - ペサパッロ、ラリー
- プエルトリコ - バスケットボール
- ブータン - アーチェリー
- ブラジル - サッカー、バレーボール、グレイシー柔術、カポエイラ
- フランス - 自転車競技、フェンシング、ペタンク、サバット
- ベネズエラ - ボクシング、ボウリング
- ペルー - サッカー
- ベルギー - モトクロス、自転車競技
- ポルトガル - サッカー
- 南アフリカ共和国 - クリケット
- ミャンマー - ラウェイ
- メキシコ - ルチャ・リブレ
- モンゴル国 - ブフ
- ラトビア - バスケットボール
- リトアニア - バスケットボール
- ロシア - サンボ、ドラッカ、アイスホッケー
- ソビエト連邦 - サンボ(※1991年に解体)
- 満州国 - サッカー[1](※1945年に解体)
[編集] 日本の国技
日本では国技と言えば相撲のことを指す。しかしその意味するものは極めてあいまいである。
国技が相撲であるという考えが広まることになった起源は、1909年(明治42年)に両国に初めて相撲常設館が完成した際、それが「国技館」と命名されたことであるとされている。これは3代尾車親方(大関:大戸平廣吉)が命名委員会(会長:板垣退助)に提案し、了承されたものであるが、それは6月2日に行なわれた開館式で作家の江見水蔭が執筆した披露文に「相撲節は国技である」という内容が書かれていたことにヒントを得たということに過ぎない。
その後、国技=相撲という考えは国民の間に浸透していくことになるが、国の機関によって正式に国技と認められたことはないが、日本独自の文化・歴史・宗教に深く関わっているものであり、国技と考えるのが一般的である。
[編集] 関連書
- 風見明『相撲、国技となる』大修館書店 ISBN 4-469-26502-0

