天皇杯

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第60回国民体育大会総合閉会式で天皇杯を受け取る岡山県

天皇杯(てんのうはい)とは、日本において、様々な競技で優勝したものに対して贈られる賜杯トロフィーなど)のこと。また、その賜杯が送られる大会名。

目次

[編集] 概要

本来は天皇賜杯(天皇から賜った記念杯)という名称が正しいが、大相撲軟式野球などを除き天皇杯と呼ぶのが一般的である(大相撲の場合は賜杯と呼ばれることがほとんどである。又大相撲ではかつて菊花大銀盃と言う事もあった)。

戦後すぐの頃までは、直接トロフィーや盾を下賜されるケースのほか、御下賜金を元に作成されたトロフィーも同様に呼ばれていたが、現在はトロフィーや盾を下賜されたもののみを天皇杯と呼ぶことになっている。

ここでいう競技とはスポーツ競技のみではなく、農林技術などの競技も含まれる。天皇杯の下賜が行われていた頃は原則としてアマチュア競技のみが対象となっていたが、現在ではプロ・アマは関係無くなっている。

これらは全て宮内庁を通じて競技大会を運営する団体に対して下賜されており、原則として一競技につき一つとなっている。そのため、原則として各競技の日本一決定戦で採用され、一般的にはその競技の日本一のチームに下賜されている場合が多い。但し、硬式野球の場合は、競技の普及過程における歴史的な経緯の関係で、東京六大学野球の優勝チームという対象が極めて狭い範囲となっている。またバレーボールのように賜杯を授与する大会が変わるケースもある。

男女別に行われる競技では、男子に天皇杯が下賜されている場合、女子に対して皇后杯を下賜しているケースも存在する。しかし必ずしも男女ともに贈られるわけではなく、サッカーのように女子競技が遅れて普及したケースでは男子のみの下賜となっている。

近代スポーツ史において天皇杯の下賜を受けた最初の事例は競馬にあり、1880年6月9日に横浜居留外国人で組織された横浜レース倶楽部が主催し、明治天皇から銀製の花瓶が下賜された「Mikado's Vase」競走を嚆矢とする[1]。馬事一般に興味が深かった明治天皇は横浜競馬に対して酒杯や花器などの賞品をたびたび下賜し、これらが争われた競走はいずれも英語で「The Emperor's Cup」や「The Emperor's Gift」などと呼ばれた[2]。競馬の天皇賞はこれらの競走の流れを受け継いだものであり、直接的な起源は1906年に東京競馬会が御紋付銀鉢の下賜を受けて開催した帝室御賞典である。

[編集] 下賜されている所持団体

カッコ内は賜杯(盃)が授与される対象

[編集] 天皇杯(盃)・皇后杯(盃)

[編集] 天皇杯(盃)のみ

日本相撲協会の賜杯

[編集] 皇后盃のみ

[編集] 注意点(勘違いしやすい点)

スポーツ界においては天皇杯全日本サッカー選手権大会の印象が強いために「天皇杯」を冠した競技大会をプロ・アマ合同の大会だと勘違いする向きがある。前述でもわかるように「天皇杯」と「プロ・アマ合同の大会」とは直接的な関連性は全くない。サッカーの例は競技界としてオープン参加で日本一を決定する日本選手権を開催してその優勝チームに「天皇杯」を贈っており、それが天皇杯を贈る原則論にのっとっているというだけのことになる。

[編集] 関連項目

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  1. ^ 早坂(1987)、23頁。
  2. ^ 早坂(1987)、24頁。

[編集] 参考文献

  • 早坂昇治『競馬異外史 - Sports of Kingsヨコハマに上陸』(中央競馬ピーアール・センター、1987年)ISBN 978-4924426207
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