境町
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[編集] 概要
かつては関宿藩に属し、対岸の城下町と一体と看做され、水運を活かして発展した。慶長年間に河岸が設置され、安永3年(1774年)には河岸問屋2軒が公認された。その翌年の統計によれば、奥州から江戸に向かう荷物が年間3万駄、その反対の荷物が7千駄であり、高瀬舟や艀舟などが計129隻あったと記録されている。
廃藩置県後は猿島郡役所及び西葛飾郡役所が置かれたが、東北本線が古河市を通ったことにより発展が遅れた。
境町を鉄道が通らなかった理由は諸説あり、水運維持のための鉄道忌避伝説による鉄道不要論や江戸川と当時は利根川の本流であった権現堂川への架橋コストにより古河を通したとの説がある。若年層は鉄道敷設を望んでいるが、明治以降、鉄道敷設の計画は幾度かあり、具体的なものとしては土浦-飯能間の土飯線の計画が存在していたことがあった。東武鉄道も実際に鉄道敷設のための測量を行ったことがあるとのことであるがいずれも実現には至らなかった。
現在の境町は昭和の大合併で、旧境町、長田村、静村、森戸村、猿島村との合併により誕生した。平成になって、岩井市、猿島町との合併が検討されたが、住民投票の反対多数により単独町政となった。
なお、群馬県にも境町が存在していたが、2005年1月1日に市町村合併により消滅した。現在は伊勢崎市。
[編集] 地理
利根川が町の南端を東西に流れる。東京都心から約50~60km。旧境町を中心に公共施設、商店街、大型店、住宅地が集中する一方、郊外はのどかな田園風景となっている。
[編集] 歴史
- 行政
- 1878年 境町に猿島郡役所が置かれる
- 1889年
- 境町が単独で町制施行し猿島郡境町が成立
- 塚崎村・横塚村・稲尾村・志鳥村が合併し村制施行して猿島郡静村が成立
- 長井戸村・猿山村・蛇池村・下砂井村・栗山村・西泉田村・上小橋村が合併し村制施行して猿島郡長田村が成立
- 下小橋村・染谷村・浦向村・金岡村・大歩村・山崎村・内門村が合併し村制施行して猿島郡猿島村が成立
- 伏木村・一ノ谷村・百戸村・若林村が合併し村制施行して猿島郡森戸村が成立
- 1899年 森戸村が千葉県東葛飾郡二川村の利根川北側(新田戸の一部・桐ケ作の一部)を編入し大字新田戸・桐ケ作を設置
- 1955年 境町・静村・長田村・猿島村・森戸村が合併して境町が成立
[編集] 人口
| 境町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 境町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は境町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 主な恒例行事
1月(成人の日)には「境だるま市」、7月には「境ふるさと祭り」が行われ、大変賑わう。特に「境ふるさと祭り」では、近郊だけでなく遠くからも多くの人々が訪れ、近郊の夏祭りと比べても非常に規模が大きく有名である。その他にも「菜の花フェスティバル」などが行われている。
[編集] 交通
[編集] 道路
- 高速道路
- 首都圏中央連絡自動車道(圏央道) - 境IC(事業中)
- 国道
- 県道
- 道の駅
[編集] 公共交通機関
町内を鉄道は通っていないが、路線バスが市街地と町外の鉄道駅(東武動物公園駅、川間駅、古河駅)を結んでいる。また、距離の上では南栗橋駅からも近い。
なお、朝日自動車のバス事業の事実上の前身である東武バスのバス事業の華やかなりし時代には、境町ターミナルは一大拠点であり、野田市駅、幸手駅、間々田駅、下館駅、結城駅、栗橋駅、新古河駅、下妻、岩井、さらには東京駅や浅草などへ向かうバス路線も存在していた。
[編集] 教育
[編集] 著名人
[編集] その他
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